筆者が社長在任中のハーレーダビッドソンジャパンの成功は、ハーレーというブランドが先に出来ていたからと考える向きもあるが、現実には日本国内でハーレーダビッドソンのブランドはずたずただった。
日本のハーレーにブランド価値はなかった
当時のハーレーダビッドソンは、どこで買えるのか、いくらで買えるのか、どこで修理できるのかはわからず、実際に乗っているのはオートバイ文化とは一線を画す中高年男性のみであり、あこがれの的とは言いにくいものであった。しかも、ハーレーダビッドソンは、国内の販売を全くコントロールできていなかったどころか、国内の登録台数すら把握できていなかったのだ。販売店との信頼関係が全く出来ていなかったからだ。
実のところ、筆者も当初は逃げ出したい思いがあった。しかし、やりようはあったのである。まず、巨象と真っ向から対決することはやめ、全く異なるブランドの世界を作り、商品の展開および販売店の組織化も含めて、その世界観を共有し、極める形でマーケティングを再構築したのである。
そしてこの体験は、オートバイという業界や、ハーレーダビッドソンだけで有効というものではない。他産業の商品、レギュラー・チェーンやフランチャイズイズ・チェーンといった販売網においても、いやむしろほとんどすべてのビジネスにおいても、有効に機能し得る普遍性のあるブランディングであると確信している。
“コト売り”成功の12カ条
コト売り成功のためには、何よりもまず「すべてを楽しく」の視点で考えることが重要である。その上で、以下の12カ条を着実に実現していくことだ。
1. 製造し、販売する商品と企業自体の社会的な存在意義=レゾン・デートルをマーケティングの検討に先だって確認すること。
2. その確認の上に立って、取り扱う商品=モノや自社の歴史、文化、伝統、ブランド等、“コト売り”を展開するに当たっての基本的な“コトの原点”を、顧客に理解してもらえるように具体化すること。
3. 次いで顧客に提供すべき体験や経験を、上記の2.で確認したコトの原点に照らし合わせて検討し、顧客が見て体験して解かるように明確化する。
4. その後、上記1.~3.をトータルにプロデュースしたシナリオを以ってストーリー化し、プログラムとして提供する。なお、このストーリーやプログラムは随時PDCAサイクルによって修正改良する。
5. 次いで、ストーリーやプログラムを実際に提供し、その中に入ることによって体験が交流され、コミュティが形成できるような場=イベントの機会を設定する。
6. コミュニティ形成の場=イベントでは、人間の五感を刺激する、楽しい、祝祭性のある、非日常を演出することが非常に重要である。既存メディアではこの点において大きく制約があるが、イベントは極めて自由な演出が可能である。
7. イベントにおいて顧客価値を高め、楽しさを実感してもらうためには、顧客から見て心理的な価値の高さを実感できるように、センスのある美意識に応えられる“コト”とイベント自体のクオリティの高さがなければならない。
8. また、すべての事柄に優先して、イベントではとくに設営開始から撤収までの全期間において安全・安心・信頼を確保できるように、細部にわたって十分に検討・計画し、実践しなければばらない。
9. イベントの柱として、またコミュニケーション醸成のベースとして、イベントを中心に活動する顧客らによるクラブ組織を、メーカーがブランドの筋を通しながら別途運営する必要がある。各顧客接点企業(販売店。ハーレーダビッドソンの場合はディーラー)が活動の支部・細胞となるクラブ組織を運営しておくことも、この点から有効である。
10. 上記したようなコト売りのプランは、一貫せずバラバラに展開されていてはブランドの価値は高まらない。あくまでトータルにプロデュースされたものが、トータルな価値をもって統合され、総合化され、しかも一貫・継続して価値訴求されること(トータルバリュープロポジション)が、ブランドの強化、超過収益力を生み出すために必要である。この点にこそ、「凡事の非凡な徹底」(当たり前のことを、当たり前と言えないほどに徹底する)が強く求められる。
11. イベント・マーケティングは、商談会のように純粋にサービスを提供し、販売するために行う即物的なものではない。最終的には、自社の商品の販売を実現するのに留まらず、そこからさらに本格的なブランドの世界で遊んでもらうことを目指した、顧客との長期にわたる関係の構築を図ることを目指したマーケティングである。
12. 上記のすべては、コンピューターシステムによってサポートする。このことが、さらなる顧客価値を高める材料を提供する。