市販農産物による健康被害の可能性は低い

また、残留農薬の基準を超えていると聞くと、あたかも農薬がベットリと付着しているイメージを抱くかもしれないが、そのイメージは修正する必要があるだろう。ポジティブリストに入っていない農薬の残留基準は一律に0.01ppmである。1ppmというのは100万分の1ということだから、0.01ppmとは1億分の1ということだ。

 100gの農産物から100万分の1gの農薬が検出されると、残留農薬の基準を超えているということになる。上記の厚労省のWebページ(http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/iyaku/syoku-anzen/zanryu2/081224-1.html)で細かく見てみると、残留農薬基準を上回った農産物でも、大部分は基準値の2~3倍程度である。「2~3倍」と聞けば、これも多いイメージがあるが、つまり100gの農産物から100万分の2~3g程度が検出されたということになる。決して農薬がベットリと付着していたわけではない。

当たる確率は低く当たっても微量

 では、ベットリではないとしても、240万件のうち65件から残留基準値の2~3倍の農薬等の残留のある農産物が見つかったというのは、多いのだろうか、少ないのだろうか。「基準を超えたものがあったのだから多いのだ」と言う人もいるだろうし、「その程度だったら心配するほどでもない」と考える人もいるだろう。

 これをもって「安全だ」と言い切ることはできないが、少なくとも残留農薬を含む農産物を口にする確率はかなり低そうであるし、もし口にしたとしても、その絶対量はごくわずかであると考えることは差し支えないだろう。

 残念ながら、各種の農薬が厳密な意味で安全かどうかは正確にはわからない。と言うのは、人体実験ができないからだ。だから、残留基準を定める手順はこのようになる――動物実験の結果から影響が見られない最大量(NOAEL=無毒性量と言う)を調べる。この数字について、実験動物とヒトとの違いを考慮して10分の1、さらに個人差を考慮して10分の1、つまり100分の1を求める(ADIと言う)。さらに、ヒトに影響を与える他のファクターを考慮して、このADIの80%を超えない値を残留農薬基準とする。

 筆者は、これは相当に慎重に、大きなマージンを取って設定していると受け止めており、仮に、このように設定された残留農薬基準の2~3倍といったレベルで検出されることがあったとしても、問題が起こる可能性はほとんどない程度だろうと考えている。そのため筆者の場合は、市販の農産物で残留農薬による害を心配をしたことはない。

 ただ、「それでも危険だ」と考える人もいるだろう。筆者も、そう言う人に対して「そんなことはありません」と言い張るつもりはない。重要なことは、慎重に設けられた基準があり、検査が行われ、データが公表されているということだ。それを手にして、危険か安全かの判断は個々の消費者自らが下すべきだろう。

農家は農薬を減らしたいと考える傾向がある

 ところで、これまで説明してきたように農薬の使用が厳密に管理されている中で、なぜ未だに残留基準を超える農薬が検出されるケースがあるのだろうか。おそらく、その大部分は使用の際のミスによるものだと考えられる。というのは、農業生産者は、なるべく農薬の使用量は減らしたいと考えるものだからだ。

 理由は2つある。一つは、農薬の使用には、薬剤の購入費、動力に使う燃料費、人件費などのコストがかかる。

 いま一つは、作業者の安全のためだ。消費者は農薬というと、農産物に残留しているかもしれないものと考えるだろうが、農業生産者にとっては自分で薬剤を調合・希釈してタンクに詰め、自分で噴霧器などを抱えるなり、作業機に乗って自分で撒くものである。

 その場合、100万分の1の世界で農薬を気にする消費者にくらべ、農業生産者がさらされる農薬の量は膨大であるということは容易に想像がつくだろう。農薬散布時に噴霧したものを一呼吸吸入しただけで、農産物の残留基準よりもはるかに高い農薬を体に取り込んでしまうことになる。農業生産者のほうが、はるかに農薬の危険にさらされているのだ。農家の中には、日常的に農薬を使用している中で慣れっこになっている人も多く、マスクすらつけずに散布を行なっている人もいる。

 そうではあっても、いやだからこそ、わざわざ大量に、何度も撒こうとは考えないものだ。

 では、残留農薬を検出する農産物を減らすには、生産現場での農薬使用方法を間違わないようにすることだ。それには、使用方法の指導やトレーニングをするということが考えられるが、それでもミスを完全にゼロにすることはできないだろう。

 使用方法のミスというのは、希釈倍率を間違えるとか、間違った農薬を取り違えて使用するとかといった単純なミスである。しかし、作業者が人間である限り、残念ながらそういった間違いを完全に防ぐことは不可能だ。その意味では、ある確率で残留基準を超える農薬を検出する農産物が出てしまうことは避けられないだろう。

 それでも、やはり「ベットリ」というレベルで基準を超えた農薬が出るということはあり得ない。前述したように、0.01ppm未満であるべきところ0.02~0.03ppmといったところだ。このレベルである限り、これが即健康被害につながる可能性は低いだろうと考えている。

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About 岡本信一 41 Articles
農業コンサルタント おかもと・しんいち 1961年生まれ。日本大学文理学部心理学科卒業後、埼玉県、北海道の農家にて研修。派米農業研修生として2年間アメリカにて農業研修。種苗メーカー勤務後、1995年農業コンサルタントとして独立。1998年有限会社アグセスを設立し、代表取締役に就任。農業法人、農業関連メーカー、農産物流通業、商社などのコンサルティングを国内外で行っている。「農業経営者」(農業技術通信社)で「科学する農業」を連載中。ブログ:【あなたも農業コンサルタントになれるわけではない】