樹木希林と昭和・平成の食事

今回は、先日亡くなった樹木希林さん追悼として、今年公開された彼女の出演作2本を取り上げる。

「モリのいる場所」ジュリーとアジの干物

 1本目の「モリのいる場所」は、“画壇の仙人”モリこと熊谷守一(山崎努)とその妻・秀子(樹木)と、夫婦を取り巻く人々を描いたコメディドラマである。監督は「南極料理人」(2009、本連載第38回参照)の沖田修一。

 モリは晩年の30年間は東京の豊島区千早にある自宅から一歩も出ずに、庭に住む生き物たちを観察し独自の作品を生み出していった。そのモリ94歳、秀子76歳、結婚52年目の昭和49(1974)年の夏を舞台にしており、映像からは作り手が昭和の風物を映し出すことに腐心した様子がうかがえる。もちろん、それは食べ物にも表れている。

 朝、秀子とお手伝いさんの美恵(池谷のぶえ)が七輪でアジの干物を焼きながら朝食の支度をしている。美恵が口ずさむ鼻唄は当時のヒット曲、沢田研二の「危険なふたり」。50歳以上の人ならこの設定に既視感を覚えるに違いない。お婆ちゃんとお手伝いさんという組み合わせは1974年に放映されたテレビドラマ「寺内貫太郎一家」の悠木千帆(当時)と浅田美代子のコンビを彷彿とさせることは言うまでもない。そして、悠木千帆時代の老け役からリアル婆を演じる年齢になった樹木さんが、我々の期待を裏切らないアドリブを見せるくだりは感動ものである。

 朝食のシーン、歯が全部抜けてしまっているモリは、絵のキャンパスを張る時に使うプライヤーで食べ物をつぶしてスプーンで食べるのだが、つぶすたびに汁が飛ぶので他の二人はそれを避けるのに忙しい。それでもモリのしたいままにさせている秀子の様子からは、子供がそのまま大人になったような夫を、庭で放し飼いにしているような妻上位の夫婦関係が見て取れる。

ドリフと文化勲章とカレーうどん

「モリのいる場所」より。カレーうどんを食べる秀子(樹木希林)
「モリのいる場所」より。カレーうどんを食べる秀子(樹木希林)

 自宅を出ずに河童か仙人のような暮らしをしているモリだが、世間では画壇の重鎮と見られていて、自宅には画商の荒木(きたろう)、カメラマンの藤田(加瀬亮)と助手の鹿島(吉村界人)、信州からモリに看板の揮毫を頼みに来た旅館経営者の朝比奈(光石研)など、客がひっきりなしにやって来る。彼らが持参する手土産も、牛肉の佃煮やマスクメロンといった昭和らしいものが多い。朝比奈が持ってきた温泉饅頭の経木のふたは、モリが書くたびに盗まれる熊谷家の表札として使われ、また盗まれる運命をたどる。

 昭和らしいと言えば、ご近所のおすそ分けもある。秀子と美恵が昼食のうどんをゆでているところへ、ご近所さんが作り過ぎたカレー鍋を持ってきて、その日のうどんはカレーうどんに化けることに。藤田と鹿島ら来客を交えて大勢での昼食の話題は、ハゲ注こと荒井注のザ・ドリフターズ脱退と新加入の志村けんについて。カレーうどんが食べにくそうなモリの前で皆が「8時だョ!全員集合」などでおなじみのドリフネタで盛り上がる中、居間の黒電話が鳴り、秀子が取るとそれは文化勲章授与の内示であった。ところが秀子がモリにそれを伝えると、

モリ「いらん、これ以上人が来ては困る」

秀子「そうですか……。(電話口に)いらないそうです。ガチャ(電話を切る音)」

一同唖然とする中、モリが一言。

モリ「カレーとうどんを一緒にするな!」

 文化勲章よりも目先のうどんを食べることが大事なモリに、それを当然のごとく受け入れる秀子。そしてその直後に発生する“超常現象”とその違和感のなさが見物である。

「万引き家族」 肉のないすき焼きと塩

 2本目は第71回カンヌ国際映画祭で今村昌平監督の「うなぎ」(1997、本連載第24回参照)以来、日本映画としては通算5回目のパルムドール受賞も記憶に新しい是枝裕和監督の「万引き家族」。

「モリのいる場所」の時代設定が昭和40年代後半だったのに対し、こちらは平成の現代が舞台。親の死後も年金を不正受給していた事件をモデルに、非正規労働者の労災かくし、ワークシェア、リストラ、JK風俗、児童虐待、ネグレクト、子供の車内放置といった、現代社会のネガティブな面の縮図の中で、貧しさから万引きや置き引きといった犯罪に手を染める血のつながりのない家族を描いた残酷なホームドラマである。

 日雇い労働者の治(リリー・フランキー)と実の親を知らない祥太(城桧吏)の偽父子は、スーパーでの万引きの帰りに、親に虐待され屋外に放置された幼女、ゆり(佐々木みゆ)を見かねて、肉屋で買ったコロッケを与え家に連れ帰る。

 家族はクリーニング工場で働く治の妻、信代(安藤サクラ)と、JK風俗で働く妹役の亜紀(松岡茉優)、そして祖母役の初枝(樹木)を加えた5人で、狭く乱雑な部屋にひしめき合って暮らしている。

 晩飯は肉があまり入っていないすき焼き風の鍋をつつきながら、ご飯替わりにカップラーメンをすするといった粗末なものだが、ゆりが鍋に入っている麩が好物だと知った祥太は、翌日の万引きのターゲットに定める。また、おねしょをしてしまったゆりに、初枝が、塩をなめればおねしょをしないという迷信を教えたりと、次第にゆりが家族の一員として受け入れられていく様子が描かれていく。しかし、ゆりの存在は、後日、家族の崩壊の引き金となってしまうのである……。

 本作での樹木さんの顔つきは、今までの作品とはだいぶ異なっている。未見の方は是非下記公式サイト等で「モリのいる場所」の“若い”樹木さんの表情と見比べてみて欲しい。筆者も最初は別人ではないかと思ったほどだ。パンフレット掲載のインタビューによると、樹木さん本人の提案で入れ歯を外したり髪を伸ばしたりしているという。

 とくに海水浴場のシーン、砂浜に座って海岸ではしゃぐ家族たちを見ている樹木さんの眼からは光が消え、焦点が定まらず、どこかもっと遠くの、この世ならざる世界を見ているように映る。これが次のシーンに大きな意味を持ってくるのだが、網膜剝離で失明している左目を晒してまで役になりきる姿は、キキ迫る、伝説の霊獣キリンのように人並み外れて秀でた演技であった。

おわりに

 今月の13日には、樹木さんが茶道の先生を演じた「日々是好日」が公開される(10月6・7・8日先行公開)。再び“若い”樹木さんに再会できるのが楽しみである。樹木さんの来世が「日々是好日」であるように、ご冥福をお祈りしたい。

「日々是好日」公式サイト
http://www.nichinichimovie.jp/


【モリのいる場所】

「モリのいる場所」(2018)
公式サイト
http://mori-movie.com/
作品基本データ
製作国:日本
製作年:2018年
公開年月日:2018年5月19日
上映時間:99分
製作会社:2018「モリのいる場所」製作委員会
配給:日活
カラー/サイズ:カラー/ビスタ
スタッフ
監督・脚本:沖田修一
エグゼクティブプロデューサー:永山雅也
製作:新井重人、川城和実。片岡尚、鷲見貴彦、宮崎伸夫、佐竹一美
プロデューサー:吉田憲一、宇田川寧
撮影:月永雄太
美術:安宅紀史
装飾:山本直輝
音楽:牛尾憲輔
録音:山本タカアキ
音響効果:勝亦さくら
照明:藤井勇
編集:佐藤崇
衣裳:岩崎文男
ヘアメイク:宮内三千代
キャスティング:南谷夢
ラインプロデューサー:濱松洋一
制作担当:大田康一
助監督:安達耕平
スクリプター:押田智子
VFXスーパーバイザー:小坂一順
特殊メイク:百武朋
キャスト
熊谷守一:山﨑努
秀子:樹木希林
藤田武:加瀬亮
鹿島公平:吉村界人
朝比奈:光石研
岩谷:青木崇高
水島:吹越満
美恵ちゃん:池谷のぶえ
荒木:きたろう
昭和天皇:林与一
知らない男:三上博史

(参考文献:KINENOTE)


【万引き家族】

公式サイト
http://gaga.ne.jp/manbiki-kazoku/
作品基本データ
製作国:日本
製作年:2018年
公開年月日:2018年6月8日
上映時間:120分
製作会社:フジテレビ、ギャガ、AOI Pro.(制作プロダクション:AOI Pro.)
配給:ギャガ
カラー/サイズ:カラー/ビスタ
スタッフ
監督・脚本:是枝裕和
製作:石原隆、依田巽、中江康人
プロデューサー:松崎薫、代情明彦、田口聖
撮影:近藤龍人
美術:三ツ松けいこ
装飾:松葉明子
音楽:細野晴臣
録音:冨田和彦
音響効果:岡瀬晶彦
照明:藤井勇
編集:是枝裕和
衣装:黒澤和子
ヘアメイク:酒井夢月
キャスティング:田端利江
アソシエイトプロデューサー:大澤恵、小竹里美
ラインプロデューサー:熊谷悠
制作担当:後藤一郎
助監督:森本晶一
キャスト
柴田治:リリー・フランキー
柴田信代:安藤サクラ
柴田亜紀:松岡茉優
4番さん:池松壮亮
柴田祥太:城桧吏
ゆり:佐々木みゆ
柴田譲:緒形直人
柴田葉子:森口瑤子
北条保:山田裕貴
北条希:片山萌美
川戸頼次:柄本明
前園巧:高良健吾
宮部希衣:池脇千鶴
柴田初枝:樹木希林

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。