ヒットを生むわがままな心(1)

ハーレーダビッドソンの1台。ショップにあったあるステッカーにはこう書いてあった。“If I have to explain, you wouldn't understand.”(説明しろって言うんじゃあ、君にはわかんないね)
ハーレーダビッドソンの1台。ショップにあったあるステッカーにはこう書いてあった。“If I have to explain, you wouldn't understand.”(説明しろって言うんじゃあ、君にはわかんないね)

ハーレーダビッドソンの1台。ショップにあったあるステッカーにはこう書いてあった。“If I have to explain, you wouldn't understand.”(説明しろって言うんじゃあ、君にはわかんないね)
ハーレーダビッドソンの1台。ショップにあったあるステッカーにはこう書いてあった。“If I have to explain, you wouldn’t understand.”(説明しろって言うんじゃあ、君にはわかんないね)

テレビの話から。5月21日のNHK「クローズアップ現代」のテーマは「節約志向の客をつかめ/外食“激安”バトル」。これに西武文理大学教授の松坂健さんが出演された。松坂さんは元「ホテル旅館」(柴田書店)編集長で、私にとっては「月刊食堂」(同)編集部の大先輩だ。知っている人がテレビに出るのはわくわくするもの。楽しみに拝見した。

 番組で松坂さんは、今の外食産業にとって大切な視点をいくつも指摘してくれたが、その中で「外食は、お腹いっぱいになるだけでなく、これからは胸いっぱいになるお店に」という話をされたのがとくに印象に残った。

 曰く、今はコンビニの弁当そうざいがよく売れている。外食業はそれに対してお客をとられたと騒ぐのではなく、自分たちもさらに消費者の役に立てるものを提供することを考えましょう、というお話だったと記憶している(なにぶん観ているそばから消えていくテレビのことゆえ、言葉の不正確はご容赦願いたい)。うなずきながら、また外食産業の市場規模縮小の原因をあれこれと考えた。

 少し食の話からそれるが、そこでその3日前のテレビ東京「カンブリア宮殿」のゲスト、工業デザイナーの川崎和男さんの言葉を思い出した。「バブル崩壊後は、不況でも、企業はデザイン部門をリストラしなかった」。しかし、今は世の経営者たちのデザインへの理解がはっきり減退しているのだという。

 また、デザイナーはわがままで、我を通せなければいけないとも。それがデザイナーの役割だというお話だった。その数週間前、ハーレーダビッドソン ジャパン最高顧問兼HDJファミリー総合トレーニングセンター長の奥井俊史さんへのインタビューの中で、それに符合するお話をうかがっていた。

 奥井さんはトヨタ自動車出身で、ハーレーダビッドソンジャパンの社長として活躍された。マーケティング上のデータから考えれば、通常は「日本では売れない」と一蹴される大型バイク、しかもリッターカーの倍ほどの価格の輸入バイクの販売台数を拡大し続け、大型バイクの登録台数ではトップのシェアを獲得した。

 その奥井さんが、現在の自動車業界はじめ製造業を見る目は厳しい。「今のメーカーの多くは、ヒットする商品は生まれないものだと覚悟して販売に取り組まなければならない」という。

 なぜか。――その一。今、多くのメーカーは消費者調査の結果を踏まえて製品を企画する。その調査に用いる統計の精度は、非常に高い。従って、消費者のニーズをA社が調べても、B社が調べても、得られるデータはほぼ同じになる。

 その二。今、多くのメーカーはCAD(Computer Aided Design)を使って設計する。このソフトは、主要メーカーが世界に10社あるかないか。従って、A社とB社で同じソフトで設計をしているということは、かなりの確率で考えられる。

 するとどうなるか。各社とも、同じデータに基づいて、同じソフトで設計をすることになる。そこに、デザイナー個人の感性、主張が入り込む余地は、ほとんどないと考えられる。従って、どの会社からも似たような製品が出て来る。

 奥井さんと川崎さんは、同じ心配をしているはずだ。理論、理屈で説明できることだけで通し、わがままなデザイナーを抑え込んでしまえば、各社の商品は均質化し、人の心を揺さぶる商品は作れないと。

 外食に話を戻す。例えば、バブル崩壊直後にすかいらーくが開発した「ガスト」のプロトタイプ。私は当時何度か足を運んだのだけれども、あの「ガスト」には感動があった。

 外食産業ではタブーと思い込まれていたもの(例えば呼び出しベルの採用やお客を座席まで案内することの廃止など)も含めて、ファミリーレストランにとっては全く新しいしくみで、「すかいらーく」では不可能だった価格(当時客単価が1000円を超えるファミリーレストランが現れる中、客単価800円前後)を実現した。あれは単に「安くなった」のではなく、「すかいらーくってすごい」と、人を興奮させる力のある店だった。

 ところが、その後他のファミリーレストラン各社がなだれを打って「ガスト」に追随した。従来のオペレーションを削り込み、コストダウンをはかって、「ガスト」と同程度の客単価としたチェーンが次々に現れた。「日経レストラン」編集部名付けるところの「ガスト化現象」だ。

 その前にも、外食産業では他社に倣うとか、まねるとかいうことはあった。しかし、「ガスト化現象」以来、外食産業ではベンチマーキング(他の優良事例に学び、自社の改善に生かす手法。転じてものまね)が開発手法として定着してしまったのではないか。

 その過程で、自社だけが出そうと考えるような商品を考える“デザイナー”の活躍を抑えてしまう傾向が、身に付いてしまったのではないか。《つづく》

※このコラムは「FoodScience」(日経BP社)で発表され、同サイト閉鎖後に筆者の了解を得て「FoodWatchJapan」で無償公開しているものです。

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About 齋藤訓之 398 Articles
Food Watch Japan編集長 さいとう・さとし 1988年中央大学卒業。柴田書店「月刊食堂」編集者、日経BP社「日経レストラン」記者、農業技術通信社取締役「農業経営者」副編集長兼出版部長等を経て独立。2010年10月株式会社香雪社を設立。公益財団法人流通経済研究所特任研究員。戸板女子短期大学食物栄養科非常勤講師。亜細亜大学経営学部ホスピタリティ・マネジメント学科非常勤講師。日本フードサービス学会、日本マーケティング学会会員。著書に「有機野菜はウソをつく」(SBクリエイティブ)、「食品業界のしくみ」「外食業界のしくみ」(ともにナツメ社)、「農業成功マニュアル―『農家になる!』夢を現実に」(翔泳社)、共著・監修に「創発する営業」(上原征彦編著ほか、丸善出版)、「創発するマーケティング」(井関利明・上原征彦著ほか、日経BPコンサルティング)、「農業をはじめたい人の本―作物別にわかる就農完全ガイド」(監修、成美堂出版)など。※amazon著者ページ →