百聞は一見にしかず――遺伝子組換え作物展示栽培の意義

 テレビなどを見ていると、「天然ですから、安心ですね」などというセリフが当たり前のように繰り返されている。そして「もちろん、遺伝子組換えなどは使っていません」と続く。これを毎日刷り込まれていれば、農薬も遺伝子組換えも避けたいと思うのが当然だろう。私たちは、身近に実物がなければそれがどんなものか確かめられないから、このような発言や表示から想像してそれを恐れるようになるのかもしれない。遺伝子組換え作物のように、食用油、コーンスターチ、飼料として、多く輸入され消費されていても、実物を見たことがなければ、大多数が気味が悪いと思うのである。

 今年も国内のいくつかのほ場で、遺伝子組換え作物の試験栽培が行われた。文末に示すように、安全性審査中のものもあれば、すでに承認された作物の展示栽培もある。ほ場の多くは茨城県であるが、外資系企業のほ場はいくつかの自治体に散在している。害虫抵抗性トウモロコシ、除草剤耐性ダイズ、それらの形質を複数付与されたトウモロコシやダイズ、それに色変わりのバラやカーネーションが栽培されている。今年度は3月から、日本の商業栽培第1号として青いバラの栽培も始まっている。

 野外の栽培では地元の了解を得るのが困難で、これも研究が進まない一因だという大学の研究者も少なくない。実際、大学で栽培試験を行っているのは、唯一筑波大学である。

 一方、下記に示したほ場では、それぞれにホームページでの情報提供、栽培計画の説明会、田植えの見学会などが行われている。農業生物資源研究所では2006年、遺伝子組換え研究推進室が設置され、見学の希望を受け入れている(年間およそ1000人)。これに加えて3年前から、参加者と研究者が一緒に除草作業を行うイベントを行っている。田部井豊推進室長が、いろいろな場所の説明会の経験から、協働作業を通じて育種について理解を深めてもらいたいと考えて始めたそうだ。

 日本モンサントも03年より見学を受け入れており、年間400人ほどの人が見学にやってくる。「同試験場は住宅街にあるが、地元とも交流会などを行い、栽培に対する理解は得られている」と山根精一郎社長は語っている。

 筆者の所属するくらしとバイオプラザ21では7年前から、筑波のほ場見学会を行っている。参加者の約3分の1が、遺伝子組換え作物、栽培状況、関連施設を実際に見てみたいと希望を参加理由として挙げており、帰りのバスでは「実物を見られてよかった」「研究者と言葉を交わすことができてよかった」という声が多く聞かれる。

 09年7月に農業環境技術研究所に訪れた高等学校の生徒たちは、遺伝子組換え作物のほ場見学、講義、意見交換会を行った中で興味や関心がわいたものとして、一番に害虫抵抗性トウモロコシの見学だと回答している(参加者のうち36人中29人)。このように、実施例は少ないものの、実物が見られることの意義は大きく、まさに「百分は一見にしかず」だと思う。

 今年は、農業生物試験研究所の見学会において、害虫抵抗性の甘いトウモロコシの収穫と試食が行われ、アンケート調査が実施された。どんな結果が出てくるのか、とても興味深い。農業生物資源研究所では、26人のうち23人が食べたといい、もとからトウモロコシが嫌いだという理由を除くと、不安で食べなかったと回答した人は1人だった(くらしとバイオプラザ21ホームページ参照)。

 同じトウモロコシをシンジェンタジャパン中央研究所神座試験サイト(静岡県)のオープンデイ(8月8日)でも試食会が開催され、50人中48人が食べた(中日新聞09年8月9日、静岡新聞09年8月12日)。

 筆者は両方のイベントに参加したが、決して強要されることなく、希望した人だけが試食していた。皮が厚いといった声もあったが、みんなすっと手を伸ばしておいしいといいながら食べていた。ほ場で見た非組換えトウモロコシに見られたような虫食いもなく、甘くてきれいに粒のそろったトウモロコシだった。

 現在、日本で栽培が許可されている遺伝子組換え作物は、ほとんどが外国の企業で開発されたものである。このような展示栽培を行うと、海外の企業の製品の宣伝をしているのかとか、日本発の作物ができるまでは展示栽培は不要だという人がいる。もちろん、日本の大学や国の機関で開発された作物の栽培はぜひ、見てみたいものだ。しかし、植物バイオテクノロジーを研究している大学ならば、やがては畑で実際に栽培する作物の開発を行っているはずなのに、野外の試験栽培がネックになっているという声もある。

 これは、研究機関が実施する遺伝子組換え作物の説明会というものに、主催する側も参加する側も慣れていないためではないだろうか。遺伝子組換え作物の試験栽培実施のための手続きには、On The Job Trainingで学ぶ部分が強い。日の丸遺伝子組換え作物ができてから、初めて説明会を開こうとしても、地元の理解が得られず、播種や栽培の適切な時期を逸し、1年という長い期間をこの国際競争の中で棒に振ってしまうだろう。それを見越してサイエンスコミュニケーターを採用し始めている研究機関もあるようだ。

 私たちは、遺伝子組換え作物の実物を見学する機会も少ないまま、「遺伝子組換えではありません」という表示ばかりを見せつけられている。一方、遺伝子組換えダイズが試験的に栽培されている畑を破壊する行為が日本で起こったことも事実であり、そういう方法で意思表示をする人がいたこと、暴力からほ場を守るために見学会ができないほ場があることは、とても残念で恥ずかしいことだと思う。実物を見ることは、視聴覚教育の第一歩である。その機会を提供しなかったり、提供できないようにすることは、市民の学び考える権利を奪い、選ぶ力の育成を阻害するものである。多くの人が実物を見る機会が増えることを願っている。(NPO法人くらしとバイオプラザ21主席研究員 佐々義子)

◎試験栽培

○筑波大学
遺伝子実験センターにて、塩害耐性ユーカリ

○森林総合研究所
森林総合研究所にて、高セルロース含量ポプラ

○農業・食品産業技術総合研究機構 農業生物資源研究所(茨城県つくば市)
同研究所にて、除草剤耐性ダイズ、害虫抵抗性・除草剤耐性トウモロコシ

○農業・食品産業技術総合研究機構 作物研究所
同研究所高機能隔離ほ場にて、高トリプトファン含量イネ

○畜産草地研究所(受託研究)(ダウ・ケミカル日本)
畜産草地研究所にて、除草剤耐性トウモロコシ

○シンジェンタシード
中央研究所神座試験サイトにて、害虫抵抗性トウモロコシ

○ダウ・ケミカル日本
ダウ・ケミカル日本小郡開発センター(福岡県)にて、除草剤耐性ダイズ

○サントリー
日本植生・津山美咲ほ場にて、フラボノイド生合成経路を改変したバラ、青紫色カーネーション

○デュポン
害虫抵抗性及び除草剤(グリホサートとグリホシネート)耐性トウモロコシ

○日本モンサント
河内研究農場にて、除草剤グリホサート耐性ダイズ、害虫抵抗性トウモロコシ、低飽和脂肪酸・高オレイン酸除草剤グリホサート耐性ダイズ

◎商業栽培

○サントリー
フラボノイド生合成経路を改変したバラ(青いバラ)

※このコラムは「FoodScience」(日経BP社)で発表され、同サイト閉鎖後に筆者の了解を得て「FoodWatchJapan」で無償公開しているものです。

佐々義子
About 佐々義子 37 Articles
くらしとバイオプラザ21常務理事 さっさ・よしこ 1978年立教大学理学部物理学科卒業。1997年東京農工大学工学部物質生物工学科卒業、1998年同修士課程修了。2008年筑波大学大学院博士課程修了。博士(生物科学)。1997年からバイオインダストリー協会で「バイオテクノロジーの安全性」「市民とのコミュニケーション」の事業を担当。2002年NPO法人くらしとバイオプラザ21主席研究員、2011年同常務理事。科学技術ジャーナリスト会議理事。食の安全安心財団評議員。