値下げするとお客が減るのはなぜか?(3)アンダーマイニング――金を渡すと人はやる気を失う

前回は戦術的低価格化とは異なる戦略的低価格化の例として外食産業とくにファミリーレストランの歴史を振り返りました。今回からが、「値下げするとお客が減る」という話の本題となります。まず最初に、値下げ・値引き的なことは、得意客を店から遠ざけるというお話から始めます。次いで、値下げ・値引き的なことが、逆に店にとっては好ましくないお客を増やすというお話を、回を追ってお伝えしていきます。

知恵あるホームレスの防衛作戦

 ある街に暮らしていたあるホームレスは、近隣の少年たちによる暴力に悩まされていました。毎日、彼らがやって来ては、彼を殴っていくのです。

 あるとき、彼は、普通の人がなかなか思い付かないことを考えて実行することにしました。自分を殴ったら、彼が少年一人ひとりに25セントずつ支払うと宣言したのです。少年たちはもちろん、大喜びで思う存分彼を痛めつけて、25セントずつもらって帰って行きました。

 次の日、ホームレスは今日は50セント払うと言います。少年たちはまた彼を殴って、50セントずつもらって帰って行きました。彼はその次の日は75セント、さらに次の日は1ドルと、“報酬”の金額をつり上げていきました。

 その何日目か、少年たちはホームレスのところへやって来ましたが、素通りして行こうとします。彼が今日はオレを殴って行かないのかと聞くと、少年たちは首を振ります。こんなつまらないことはもうたくさんだと言い、それきり、彼らがホームレスのところへ暴力を振るいに来ることはなくなったということです。

 この話は、心理学の勉強をしている人が、そのとき読んでいた本に書いてあった面白い話として教えてくれたものです。書名をメモし忘れたので出典を記すことができず申し訳ないのですが、わかり次第、このページに追記することにします。

動機を外部化し定量化する愚

 誰かに何かをやめさせるには、それをやると損をするように考えるのが普通です。いわゆる罰則というものです。逆に、それをやると得をするように考えるのは、誰かに何かをさせるためというのが普通です。いわゆる報奨というものです。

 その“常識”から考えると、このエピソードはいかにも奇妙です。誰かの暴力に対抗するには、まず反撃でしょうが、もし金銭を使った対策を考えるとすれば、殴るなら1発1ドルよこせなどと、むしろ少年たちからお金を取ることを考える人のほうが多いでしょう。それを、このホームレスは逆をやって成功したのです。

 勉強しない子供に、勉強したら、あるいは次のテストの成績がよかったら、お小遣いをあげるとか何かを買ってあげるとかというのは、その子に勉強への関心を持たせるには効果があるかもしれません。ところが、ひとに言われなくてもせっせと勉強する子供に、テストの成績がよかったから、お小遣いをあげるとか何かを買ってあげるとかというのは、やめておいたほうがいいようです。その子は、てきめんに勉強する意欲を失っていく可能性があるからです。

 人が何かをする、あるいは何かをする習慣を身に付けるには動機が必要です。その動機は、大きく2つに分けて考えることができます。

 一つは、その人が自分で思い付いて、自分で価値を感じている場合です。損も得も関係なく、ただ好きだからする、そういう動機があります。

 たとえば、スポーツ、楽器の演奏、釣り、ガーデニング、ドライブなど、人はいろいろな趣味を持っていますが、そうした趣味を続ける理由を論理立てて説明できる人というのはいるものでしょうか。もちろん、それぞれに自分の趣味の魅力は話してくれるでしょうが、生涯に費やす膨大な時間と費用の正当性を合理的に説明できる人は少ないのではないでしょうか。

 数年前ですが、ハーレーダビッドソンのステッカーに面白い言葉があるのを見つけました。

If I Have To Explain, You Wouldn’t Understand.

ハーレーダビッドソンのステッカー
ハーレーダビッドソンのステッカー。Manufactured by Global Products, Inc. under license from Harley-davidson Motor Co. (C) Harley-davidson All Rights Reserved

 つまり、「説明しなくちゃいけないなら、あんたにはわからんよ」というわけです。誰にとっても、本当に大事なものとは、こういうものでしょう。

 人が何かをする動機のもう一つの種類は、報酬を得ることが動機となる場合です。働けばお金がもらえる、何かを見つければ賞金がもらえる、そういう動機があります。

 一般に、誰かが何かをしているとき、上記の2種類の動機のうちどちらか一つだけということはないでしょう。オフィスや店で働くのは給料をもらうためとは言っても、自分が好きと思えないことをお金のためだけに続けるのは難しいものです。何かを継続的に行うというとき、多くの人が、多くの場合、程度の差はあるにせよ、金銭などで支払われる報酬以外の動機を持っているものです。

 今回紹介したお話では、少年たちは最初、自分たちで勝手に面白いと感じて、損も得も関係なく、ホームレスに暴行を加えていたのです(やれやれ、なんたること)。心に内発的に生まれ、心の中で満足されるものが、彼らの悪行に力を与えていたのです。

 ところが、このホームレスは、彼らの行動に値段をつけたのです。これによって2つのことが起こります。一つは、内発的であったはずの動機が外部化されます。自分の心から生まれた動機ではなく、外から与えられた動機に置き換えられてしまうのです。しかも、その成果が可視化、定量化されます。人を殴ることによる爽快感(ひどい話です)という目に見えず大きさも測れなかった報酬が、てのひらに収まるちっぽけな金属の塊という目に見える報酬に置き換えられ、しかもそれには1枚ずつに「25セント」と刻印があって、値がわかるようになっているのです。

 しかも、彼が巧妙なところは、毎日小刻みに報酬額を上げていったのです。これにより、目で見ることができ値がわかる報酬のほうを強調し、注目させ、彼らの心の中にあるはずの動機に注意が向かないようにしていったと言えるでしょう。

 人は、このように自分の心に自分で発生させた動機を、外部から与える可視的で定量的な動機に置き換えられると、意欲を殺がれ、やる気を失うのです。心理学では、こうした現象をアンダーマイニング(undermining=相手の足元の地面の下を掘るように、気づかれないように相手の力を殺ぐ意味)と呼んでいるということです。

 繁盛について考える本題からはずれますが、人事・給与制度で成果主義的な仕組みを取り入れてもなかなか効果が現れない、ないしはむしろ逆効果になるというときは、社員に対してアンダーマイニングを行っているのではないかと疑ってみるといいでしょう。また、経験、スキルアップ、忠誠度を評価してパート・アルバイトの時給を上げるという際にも、本人に対して上昇分の金額を強調しないようにし、一方で彼らの自尊心を満足させるような演出をうまく取り入れなければ、せっかくの昇給が仕事への意欲を減衰させることになりかねません。

 さて、以上のことを、店がある行動を起こしたときにお客がどう反応するかに当てはめてみましょう。次回はそのことについて考えていきます。

齋藤訓之
About 齋藤訓之 305 Articles
Food Watch Japan編集長 さいとう・さとし 1988年中央大学卒業。柴田書店「月刊食堂」編集者、日経BP社「日経レストラン」記者、農業技術通信社取締役「農業経営者」副編集長兼出版部長等を経て独立。2010年10月株式会社香雪社を設立。公益財団法人流通経済研究所客員研究員。昭和女子大学現代ビジネス研究所研究員。日本フードサービス学会会員。戸板女子短期大学食物栄養科非常勤講師。東京栄養食糧専門学校非常勤講師。亜細亜大学経営学部ホスピタリティ・マネジメント学科非常勤講師。著書に「有機野菜はウソをつく」(SBクリエイティブ)、「食品業界のしくみ」「外食業界のしくみ」(ともにナツメ社)、「農業成功マニュアル―『農家になる!』夢を現実に」(翔泳社)、共著・監修に「創発する営業」(上原征彦編著ほか、丸善出版)、「創発するマーケティング」(井関利明・上原征彦著ほか、日経BPコンサルティング)、「農業をはじめたい人の本―作物別にわかる就農完全ガイド」(監修、成美堂出版)など。※amazon著者ページ →