III 幻の「大日本基準コクテール・ブック」(3)

洋酒文化の歴史的考察
洋酒文化の歴史的考察

好事魔多し――よいことを考えて丁寧に事を進めても、突然現れる何かですべてが瓦解することはよくある。「大日本基準コクテール・ブック」の原典を見たいと思えば思うほど、ご破算でふりだしに戻る恐怖の虜になる。その思い出話を2つ。

計画頓挫の苦い思い出

「大日本基準コクテール・ブック」の幻の1冊が、神戸にある――この思いがけない発見を銀座の重鎮バーテンダー氏に伝えたときも、どうしたらそれを円滑に見せてもらえるか、さらにはコピーを取らせてもらえるか、その策は見つからないままだった。

 何かがあって、結局見せてもらえないのではないか――筆者はそう心配しながら、過去の苦い経験を思い出していた。

 学生時代に、手すさびでサークルの後輩を登場人物にした小説を書いたことがある。もともとは、当時まだアメリカと覇を競っていたソ連を筆頭とする社会主義国と資本主義国の違いを、ミッション系でその方面には疎い後輩が集まる英語でのディベートやディスカッションの場で説明できるように、その材料として、半ばは筆者の趣味で書いたものだった。ところが、書き足していくうちに結構なボリュームになり、せっかくだからと作中に登場する彼ら自身に登場してもらって写真を撮ることにした。

 こういう作業はどうして夢中になれるのだろう。小説の設定で“国際玩具見本市の会場レポーター役”として登場する後輩は、晴海の何かの見本市会場に連れて行って、そこに立っていた着ぐるみに近付かせ、周囲が気付かぬうちに「PRESS」(報道)の腕章とタグを付け、隠し持っていたマイクを持って一瞬だけポーズをとってもらった。

 社会主義国の要人役の後輩には、当時いちばん時代がかって見えた三菱「デボネア」という高級車を3時間だけ借りて後席に座ってもらった。運転手役には新聞専売所の同僚に中国人民解放軍の制服と制帽をかぶってもらって、なんとかそれらしくした。

 報道陣を制止するミリツィア(民警)役の二人の後輩の制服は、東京衣装という映画専門の貸衣装屋まで足を運んで借りた軍服調の上衣に、社会主義国特有のやたらに大きな肩賞を女の子に縫い付けてもらってカメラに収めた。

順風満帆なれど港に着けず

 今のようにネットどころか携帯もない時代に、一介の新聞配達奨学生がどうやって自分とは無縁なハイヤーやら貸衣装屋、見本市までの段取りを詰めていったか、もう20年以上前の話なので覚えていない。今から考えると不思議な気がするが、後輩は女子も含めてサイズが合わない衣装にも苦情一つ言うことなく、筆者の求めに応じて協力してくれた。

 豪華客船のシーンを撮りたい……とダメモトで東海汽船に連絡したところ、「停泊中の清掃時間だけなら」という思いがけない許可を広報の方からいただき、つてを頼りにカメラ機材を持つ大学生をわずかな日当でお願いし、後輩を集めるところまでは信じられないほど順調だった。

 作中、主人公の女の子と社会主義国要人役の女子学生が、客船の一等船室でサモワール(ロシアのお茶に欠かせない湯沸し)とロシア紅茶を前に、夜ふけまで語るシーンがあった。銀色に光る大きなサモワールはこのシーンに欠かせない。筆者は、1日だけ借り出す許可を得ていた、銀座のロシア関連商品を揃える店に撮影当日に足を運んだ。

 許可を得ていたはずの店員の口から出てきたのは思いがけない一言だった。

「上司に話したところ、貸出はできなくなった。必要なら買ってもらいたい」という。四畳半の新聞専売所の寮の一室に小型ストーブほどもあるサモワールが置かれるだけなら笑い話で済んだだろうが、問題は資金だった。後輩は無料で出てくれたが、カメラマンには日当を出さねばならず、サモワールを借り出すために予定していた金額以上は、新聞奨学生の懐ではどうしても捻出できない。冗談でもなんでもなく、その場に土下座してお願いしようかとそのときは思ったものだった。

はらはらし通しだった「ウイスキー・ライブ2002」

 そんな“トラウマ”を抱えていたから、10年前にウィスク・イーが主催する日本最大のウイスキー・イベント「ウイスキー・ライブ2002」で、到底実現不可能だと思われたある企画が実現したときも、イベント当日まで落ち着かなかった。

 企画とは、ドリンクス・メディア・ジャパン社長でウィスク・イー社長の角田紀子さんと初めてお会いした時の雑談がきっかけとなって動き始めたもので、国産ウイスキー4社(サントリー、ニッカ、キリン、メルシャン)に6種類のモルトウイスキーと2種類のグレーンウイスキーを割り振って出してもらい、それを4社のブレンダーに託してブレンドによる4つの味の違いを実感してもらおうというものだった。

 あの日、最後の最後、青山ダイヤモンドホールに4社のブレンダーが集まるまで、筆者の頭の隅には嫌な想像が引っかかっていた。たった一社の重役が「なんでウチのウイスキーが他社のものと同列に並ばされなければならないのか」と、一言口を開いただけで、プロジェクトが瓦解する瞬間が来る……。

 文字通り薄氷を踏むようなプロジェクトだったことをいまさらながらに思い出す。

 しかし、各社で窓口を務めてくださった社員の方々と角田さんの努力でウィスク・イーのプロジェクトは成功し、「同じ原酒を使ってもブレンダーによってこれだけ味が違うのか」と当日来てくださった方々に感じてもらえた。

 今回もそんなにうまくことが運ぶとは思えない。どうやって神戸の方にアプローチしようか……そう悶々と思い悩み始めたとき、前日の銀座のバーテンダーから着信が入った。

神戸へ

「あ~石倉さん」――80歳近い年齢とは無縁の彼の力強い声が耳に入った。「あの『大日本基準』だけどね、向こうに話を通しておいたから……複写したいんでしょう?」

 海の前に追い詰められたモーゼの十戒ばりに道が開けた。あまりの急展開に、仲介してくださった彼とそのあと何を話したか覚えていない。次に来たのは、「大日本基準コクテール・ブック」らしきものが見つかったところから逐一メールで経過を伝えていたFoodWatchJapan編集部からのメールだった。

「複写できるようになったとのメール、見ました。神戸までの旅費が必要ですよね」

 ワープロで写した抄録を見せてくれた高田馬場に始まり、銀座、神戸と3人のバーテンダーと、最初に抄録を作った方を含めたさまざまな人々の善意のリレーに支えられて、筆者はそぼ降る雨の中、深夜の高速バスで神戸に向かうこととなった。

About 石倉一雄 129 Articles
Absinthe 研究/洋酒ライター いしくら・かずお 1961年北海道生まれ。周囲の誰も興味を持たないものを丹念に調べる楽しさに魅入られ、学生時代はロシアの文物にのめり込む。その後、幻に包まれた戦前の洋酒文化の調査に没頭し、大正、明治、さらに江戸時代と史料をあたり、行動は図書館にバーにと神出鬼没。これまでにダイナースクラブ会員誌「Signature」、「男の隠れ家」(朝日新聞出版)に誰も知らない洋酒の話を連載。研究は幻の酒アブサン(Absinthe)にも及び、「日経MJ」に寄稿したほか、J-WAVE、FM静岡にも出演。こよなく愛する酒は「Moskovskaya」。