中国の食品表示と食の安全事情

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どの国においても、毎日食べている食品には一定のリスクが存在する。ただ、今日の日本では食品が原因で健康を損なうことは少ない。しかし、中国の場合、油断すると大変なことになる。中国の人々はこのことをしっかりと認識している。

日本における食の“嫌われ者三兄弟”と好感表示

 日本の食の安全確保に関する重要な法律として、食品衛生法と食品安全基本法がある。これらは的確に機能している。近年、日本で食品を原因として発生する死者数は年間数名〜十数名となっている(食中毒による死者数。年間数千名が死亡している窒息死は除く)。

 日本で一般の消費者を対象にした食に関するアンケートでは、避けたいとする回答が集中する項目がある。食品添加物、農薬、遺伝子組換え食品で、俗に食の“嫌われ者三兄弟”と呼ばれている。このため、その逆、すなわち「無農薬」「無添加」「遺伝子組換えでない」といった表示が消費者に歓迎されてきた。

 また、上記以外に好ましいとされるものに「天然」「自然」「手作り」などがある。原料原産地の表示に関しては「国産」に強い支持が存在する。

 これら好感につながる表示に関しては、法令や業界ごとの公正競争規約でルールが定められていることが多い。

 日本の食品表示は見直しが進められている。そのなかで、食品添加物について「無添加」「不使用」といった表示にはガイドラインが必要となり、今後見直されていく予定である。

 遺伝子組換え表示制度も変更された。従来は、「分別生産流通管理(IPハンドリングという)をして、意図せざる混入を5%以下に抑えている大豆及びとうもろこし並びにそれらを原材料とする加工食品」については、「遺伝子組換えでない」等の任意表示が可能であった。しかし、2023年4月施行の新しい制度では、「分別生産流通管理をして、遺伝子組換えの混入がないと認められる大豆及びとうもろこし並びにそれらを原材料とする加工食品」でなければ、「遺伝子組換えでない」等の表示ができないことになる。つまり、5%以下なら目をつぶることはなく、0%が保証されない限り「でない」表示はできなくなる。

 これは好ましい方向の変更であり、これらの検討・決定に関わった関係者の方々のご努力に敬意を表したい。今後は、一般の食品表示基準の対象から外されている飲食店等についても、よい変化が起きることを願っている。

 上記に関して、社会全体の理解を深めるために重要なのがリスクコミュニケーション(リスコミ)である。これについて日本で主管しているのは消費者庁であり、情報発信に努めている。食品安全委員会なども積極的に取り組んでいるが、残念ながら成果はイマイチである。今日の生活者は多忙であり、関心の低い情報に耳を傾ける時間はないためである。

中国の状況はどうか

無添加や手作りをアピールする看板(青島空港のレストランで)。
無添加や手作りをアピールする看板(青島空港のレストランで)。

 中国における状況も日本と大差ないと言える。「無添加」という表示はよく見かけるし、「有機」を訴求する商品も数多い。遺伝子組換え作物やこれを用いた加工品は表示義務があるのだが、実際にはその表示は見たことがない。「天然」「自然」「手作り」(手工)はしばしば見かける。また、切り口が異なるが、日本同様に「酵素」を訴求する食品もかなり存在する。

 中国にも食の安全確保の法律として、食品衛生法が存在する。ただし、隙があれば不正を行って儲けようとする業者が存在することも確かである。2008年、牛乳などへのメラミン混入事件が起こり、多くの被害が発生した。これを契機に、2009年に食品安全法が施行された。ただし、その後も下水道の汚水から抽出した地溝油事件(都市伝説ではない)などの違反事例は枚挙にいとまがない。業者は短期的に利益が出ても、発覚すれば自滅という事実をしっかり自覚してほしい。

「酵素」を訴求しているベーカリー。
「酵素」を訴求しているベーカリー。

 有機について。近年、中国では有機作物の栽培面積が拡大している。現在はオーストラリア、アルゼンチンに次ぐ3位のポジションを占める。中国内の市場も拡大しており、アメリカ、ドイツ、フランスに続く4位(2017年)である。

 ただし日本は、中国の有機認証について日本の有機JASとの同等性を認めていない。したがって、中国産の有機農産物は、有機JAS認証か、有機JASとの同等性がある他の認証を取らない限り、日本国内で「有機」の表示をして販売することはできない。

 遺伝子組換え作物について。遺伝子組換え技術に関しては、中国は先進的な国である。研究は進んでおり、数多くの遺伝子組換え品種が誕生している。ただし、商業目的での栽培が許可されている遺伝子組換え作物はワタとパパイヤの2品目とされている。やはり中国でも遺伝子組換えに対しては消費者の不支持があり、政府は研究は推進しながら栽培には制限をかけている。

 ただし、実態は異なるようだ。グリーンピース・チャイナは未許可の遺伝子組換えイネ種子の販売と大規模な栽培が中国各地で行われていると発表し、メディアでも取り上げられた。グリーンピースは、トウモロコシやダイズでも同様の違反を指摘している。

 また、懸念はこれに留まらない。これらの調査はPCR検査によるが、それを実施するには、その品種のDNA配列を把握する必要がある。つまり、秘かに開発した遺伝子組換え作物であれば、調査することができないのだ。

 こららのことから、不幸なことだが、中国国民は自国生産の作物・食品に不信感を抱いている。日本を含む外国からの輸入品が好感される所以である。ただし、それを購入できるのは裕福な家庭に限られる。

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About 横山勉 99 Articles
横山技術士事務所 所長 よこやま・つとむ 元ヒゲタ醤油品質保証室長。2010年、横山技術士事務所(https://yokoyama-food-enngineer.jimdosite.com/)を開設し、独立。食品技術士センター会員・元副会長(http://jafpec.com/)。休刊中の日経BP社「FoodScience」に食品技術士Yとして執筆。ブログ「食品技術士Yちょいワク『食ノート』」を執筆中(https://ameblo.jp/yk206)。