日米貿易摩擦時代の米国映画

[203]外国映画の中の“日本食文化”(4)

昨今の米中貿易戦争は当事国同士にとどまらず世界経済全体に影響を及ぼしつつあるが、20世紀後期には日米間の貿易摩擦が問題とされ、ジャパンバッシングが起きるなど、アメリカの憎悪の標的は日本に向かっていた。

 なかでも1980年代後半から1990年代初期にかけてのバブル経済を背景とした日本企業のアメリカ進出や企業買収を彼の国の人々は相当脅威に感じたらしく、そうした動きを題材とした映画が数多く作られている。

 今回はそれらの作品を通して日本とアメリカの食文化について考察する。

「ガン・ホー」のカップラーメンとミートローフもどき

 1986年製作のマイケル・キートン主演、ロン・ハワード監督作品「ガン・ホー」は、長引く不況によって下着工場と自動車工場が相次いで閉鎖に追い込まれたアメリカの田舎町ハドレービルが舞台。

 自動車工場の職長だったハント・スティーヴンソン(キートン)は、仲間たちの雇用確保のため来日し、横浜の自動車メーカー「アッサン自動車」の役員たちに廃工場の設備を利用した現地生産を提案する。

 ハントの努力は実を結んで誘致に成功するが、アッサンから送り込まれた高原カズヒロ(ゲディ・ワタナベ)をはじめとする日本人の管理職たちは日本式のやり方を現地の労働者に強制しようとし、労使交渉担当に抜擢されたハントは今までのやり方を変えようとしないアメリカ人労働者との板挟みになって苦労する。

 日本人を演じる日系人俳優たちの不自然な日本語、「圧惨」(アッサン)いう当て字のセンス(外圧が惨事をもたらすという意味か?)、日本のアッサン本社道場での自己啓発的な管理職の研修、ハドレービルの川に浸かっての精神修養などなど、これが日本文化かと首をひねる描写も多々あるが、サービス残業等プライベートを犠牲にしても会社の仕事を優先し、「エコノミック・アニマル」と称された日本人像は当たっている面もある。

 仕事のためには食事の時間も惜しんでカップラーメンをすする日本人社員、その箸を使う仕草をアメリカ人労働者が真似て揶揄する場面、高原家で開かれたハントらを招いた夕食会で、高原の妻(パティ・ヤスタケ)がアメリカの家庭料理を真似て作った“ミートローフもどき”、仕事の話が始まると高原の家族は退出するが、ハントの恋人オードリー(ミミ・ロジャース)は残る場面等、食にまつわるシーンもカルチャー・ギャップを象徴するものとなっている。

「ダイ・ハード」のトゥインキー

 1988年製作のブルース・ウィリス主演、ジョン・マクティアナン監督作品「ダイ・ハード」は、ニューヨーク市警のはみ出し刑事、ジョン・マクレーン(ウィリス)が、ビルを占拠した武装グループにたった一人で立ち向かっていくアクション映画である。

 マクレーンは別居中の妻ホリー(ボニー・ベデリア)に会うためにロサンゼルスにある彼女の職場、34階建てのナカトミ・ビルを訪れたところ、ドイツ人の元テロリスト、ハンス・グルーバー(アラン・リックマン)率いる武装グループの襲撃に偶然居合わせてしまう。ジョンはビルの設備を利用したゲリラ戦を仕掛けながら、ハンス一味を追い詰めていく。

 実は、ロデリック・ソープの原作小説では舞台はアメリカの石油会社になっているのだが、映画では日本のナカトミ商事に置き換えられている。これは、前述のように本作が製作された当時盛んに行われていた日本企業によるアメリカ企業買収という世相と無縁ではないだろう。本作公開後の1989年にはソニーがコロンビア映画を、1990年には松下電器(現パナソニック)がユニバーサルを傘下に持つMCAを買収する等、映画界においても日本の家電メーカーのハリウッド進出が目立った。

 ちなみにナカトミ・ビルのモデルはロサンゼルスに実在する20世紀フォックスの本社ビル、フォックス・プラザである。

「ダイ・ハード」より。クリスマス・イブの夜にコンビニでトゥインキーをうれしそうに大人買いするアル・パウエル巡査部長。
「ダイ・ハード」より。クリスマス・イブの夜にコンビニでトゥインキーをうれしそうに大人買いするアル・パウエル巡査部長。

 本作のキーフードは日本食ではなく、アメリカの大手食品メーカー、ホステス社(※)の「トゥインキー」。一口サイズのスポンジケーキの中にクリームのフィリングが入った高カロリー、高糖質の、ヘルシーとは程遠い代物。米国では代表的な“ジャンクフード”の一つとみなされているというが、甘党が多いアメリカ人には受けがよくロングセラーの定番商品となっている。

 本作で最初にトゥインキーが登場するのは夜中のコンビニのシーンだ。街中にご馳走があふれているクリスマス・イブだというのに、いかにもうれしそうにトゥインキーを大人買いしているのは、まだ事件を知らないロス市警のアル・パウエル巡査部長(レジナルド・ヴェルジョンソン)。警官ならドーナツかと思ってたという店員に、妊娠中の妻の分だと言い訳するが、自分用に買ったことは明白である。パウエル巡査部長は続編の「ダイ・ハード2」(1990)でも、今回の事件で親友になったマクレーンと電話で話しながらトゥインキーを頬張るシーンがある。

 次にトゥインキーが登場するのは、マクレーンがいる修羅場だ。ようやくロス市警がナカトミ・ビルを包囲するまでの間、マクレーンは縦横無尽にビル内を移動しながらハンス一味を一人ずつ倒していくが、さすがにスタミナが保たず、エネルギー補給のために無人のオフィスの誰かの机にあったトゥインキーに手を付ける。この描写で、ナカトミは日系企業ではあるものの、働いているのはトゥインキー好きの生粋のアメリカ人だと示唆される。

 しかしマクレーンにとっては、よほどトゥインキーが口に合わなかったのか、彼は悲鳴をあげる。その声を無線で聞いたパウエル巡査部長の心配に、マクレーンが返したセリフが洒落ている。

“Just trying to fire down a 1000-year-old Twinkie.”
(1000年もののトゥインキーをやっつけているところさ)

 このセリフは「保存料がたっぷり入っているので腐らない」というトゥインキーの都市伝説に基づいているが、何が入っているのかを尋ねるマクレーンに、「砂糖に小麦粉、不飽和の植物油、乳化剤……」と、パッケージに記載の成分表示を暗唱し、「子供の成長に必要な栄養ばかりだ」と暗に都市伝説を否定してみせるパウエル巡査部長のトゥインキー・オタクぶりも相当なものだ。

 クリスマスケーキ代わりに格闘したトゥインキーの味は、マクレーンにとってはある意味ハンス一味より手強い相手として、生涯最悪の夜の記憶の1ページとして残ったことだろう。

 トゥインキーにはまだ面白い話がたくさんあるので、回を改めて取り上げてみたい。

※2012年に破産したがブランドは買収されて存続。

「ライジング・サン」のすし

「ライジング・サン」は、「ジュラシック・パーク」(1990)のマイケル・クライトンの小説を原作とした、1993年製作のサスペンス映画で、主演はショーン・コネリー、監督はフィリップ・カウフマンである。

 日本の大企業ナカモト・コーポレーションがロサンゼルスに建設した45階建てのビルの落成式の最中に発生したコールガールのシェリル・オースティン(タチアナ・パティッツ)殺人事件を、ロス市警渉外担当の黒人刑事、ウェッブ・スミス警部補(ウェズリー・スナイプス)と、知日家のジョン・コナー警部(コネリー)のコンビが捜査にあたる。彼らは、アメリカの半導体メーカー、マイクロコン買収を巡るナカモトの裏工作や日本のライバル企業との争い、反社会的勢力(ヤクザ)との関係が事件の背後にあることを突き止めていく。

「ガン・ホー」のアメリカ人たちは、アッサンの朝の体操を拒否するシーンに代表されるように、日本のやり方を決して認めなかった。ところが、本作のアメリカ人たちは日本式のお辞儀を返したり、スミスがナカモト・ビルに向かう車の中で日本語会話を丸暗記したりという行動を見せる。とくに、日本を荒唐無稽に描いた「007は二度死ぬ」(1967)にジェームズ・ボンド役で出演した“前科”があるコネリー演じるコナーが、日本人との交渉術や先輩・後輩の関係、“別宅”“系列”“ゴルフ接待”等、日本についてのうんちくをスミスに教示したりと、日本文化を理解しようという立場に転じているのが興味深い。

 しかしそれは「或る夜の出来事」(1934)等の名匠フランク・キャプラ監督が第二次世界大戦中に撮った反日プロパガンダ映画「汝の敵日本を知れ」(1945)に似て、日本を敵視する姿勢からきているように思える。

 そうした日本に対する反感は食のシーンにも表れている。ロス市警の反日派の急先鋒、トム・グレアム刑事(ハーヴェイ・カイテル)がシェリルの死体をすしにたとえたり、勧められたすしを水俣病を想定したものか「水銀入りの魚を食うくらいなら体温計を食ってやる」と断ったり、殺人事件の容疑者に浮上したナカモトのライバル企業ダイマツの重役の息子、エディ坂村(ケイリー・ヒロユキ・タガワ)が自宅ですしの女体盛りを楽しむ等、世界に浸透した日本食の象徴であるすしを“ネタ”にした“いじり”が目立つ。

おわりに

 バブル経済の崩壊後、日米貿易摩擦は多少の波風を立てながらも小康状態を保っているが、日本に代わるチャレンジャーとして名乗りを上げたのが中国である。経済面だけでなく政治的・軍事的にもアメリカと対峙する中国は、米国にとってより手強い相手となることだろう。今後はハリウッドもチャイナ・バッシング映画を作るのだろうか。


【ガン・ホー】

「ガン・ホー」(1986)

作品基本データ
原題:GUNG HO
製作国:アメリカ
製作年:1986年
公開年月日:日本未公開(ビデオ発売のみ)日
上映時間:111分
製作会社:パラマウント・ピクチャーズ
配給:パラマウント ホーム エンタテインメント ジャパン
カラー/サイズ:カラー/アメリカンビスタ(1:1.85)
スタッフ
監督・製作総指揮:ロン・ハワード
脚本:ロウエル・ガンツ、ババルー・マンデル
製作:トニー・ガンツ・デボラ・ブラム
キャスト
ハント・スティーヴンソン:マイケル・キートン
高原カズヒロ:ゲディ・ワタナベ
オードリー:ミミ・ロジャース
坂本:山村聡
斉藤:サブ・シモノ
バスター:ジョージ・ウェント
ウィリー:ジョン・タトゥーロ
ヘザー:ミシェル・ジョンソン
伊藤:ロドニー・カゲヤマ
高原の妻:パティ・ヤスタケ
グーグルマン:リック・オーバートン
ポール:クリント・ハワード
ジュニア:ジミー・ケネディ
市長:ランス・ハワード

(参考文献:KINENOTE)


【ダイ・ハード】

「ダイ・ハード」(1988)

作品基本データ
原題:Die Hard
製作国:アメリカ
製作年:1988年
公開年月日:1989年2月4日
上映時間:131分
製作会社:ゴードン・カンパニー、シルバー・ピクチャーズ
配給:20世紀フォックス
カラー/サイズ:カラー/シネマ・スコープ(1:2.35)
スタッフ
監督:ジョン・マクティアナン
脚本:ジェブ・スチュアート、スティーヴン・E・デ・スーザ
原作:ロデリック・ソープ
製作総指揮:チャールズ・ゴードン
製作:ローレンス・ゴードン、ジョエル・シルヴァー
撮影:ヤン・デ・ボン
美術:ジャクソン・デ・ゴヴィア
音楽:マイケル・ケイメン
編集:フランク・J・ユリオステ、ジョン・F・リンク
特殊効果:リチャード・エドランド
キャスト
ジョン・マクレーン:ブルース・ウィリス
ホリー・マクレーン(旧姓ジェネロ):ボニー・ベデリア
アル・パウエル巡査部長:レジナルド・ヴェルジョンソン
ドウェイン・ロビンソン警視:ポール・グリーソン
アーガイル:デヴロー・ホワイト
リチャード・ソーンバーグ:ウィリアム・アザートン
ハリー・エリス:ハート・ボックナー
ジョセフ・ヨシノブ・タカギ:ジェームズ・繁田
ハンス・グルーバー:アラン・リックマン
カール:アレクサンダー・ゴドノフ
フランコ:ブルーノ・ドヨン
トニー:アンドレアス・ウィスニュースキー

(参考文献:KINENOTE)


【ライジング・サン】

「ライジング・サン」(1993)

作品基本データ
原題:Rising Sun
製作国:アメリカ
製作年:1993年
公開年月日:1993年11月6日
上映時間:125分
製作会社:20世紀フォックス
配給:20世紀フォックス
カラー/サイズ:カラー/アメリカンビスタ(1:1.85)
スタッフ
監督:フィリップ・カウフマン
脚本:フィリップ・カウフマン、マイケル・バックス、マイケル・クライトン
原作:マイケル・クライトン
製作総指揮:ショーン・コネリー
製作:ピーター・カウフマン
撮影:マイケル・チャップマン
美術:ディーン・タブラリス
音楽:武満徹
編集:スティーヴン・A・ロッター、ウィリアム・S・シャーフ
衣装デザイン:ジャクリーン・ウェスト
キャスト
ジョン・コナー:ショーン・コネリー
ウェッブ・スミス:ウェズリー・スナイプス
トム・グレアム:ハーヴェイ・カイテル
エディ・坂村:ケイリー・ヒロユキ・タガワ
ボブ・リッチモンド:ケヴィン・アンダーソン
ヨシダ:マコ岩松
モートン上院議員:レイ・ワイズ
イシハラ:スタン・エギ
タナカ:クライド・クサツ
ジュンコ:ティア・カレル
シェリル・オースティン:タチアナ・パティッツ

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。