モガと職業婦人のたばこと酒

[177]映画の中の女性と酒とたばこ/クラシック邦画編

今回は、戦前・戦後の日本映画における女性の飲酒・喫煙の描写を通じて、女性の生き方の変化について見ていこうと思う。

 今でこそ女性の飲酒は当たり前だが、昔はあまり一般的ではなく、1954年に国税庁が実施した「酒類に関する世論調査」によると、女性の飲酒者は13%に過ぎなかったという(※1)。一方、たばこについては、女性の喫煙率はピークが1966年18.0%から漸減していて、2017年には9.0%となっている。なお、男性の喫煙率は50年間のうちに8割程度から3割程度まで落ちている(※2)。

 しかし、夢を売るビジネスである映画においては個性的な人物像や時代の先端を追うことが常に求められ、その結果、現実以上に飲酒や喫煙をする女性が目立つ傾向にある。

モダン・ガールのウイスキーとたばこ

 石倉一雄氏が本サイトの連載「洋酒文化の歴史的考察」のシリーズ「モダン・ガールは何を飲んでいたのか」で書かれたような「イット」を題とする映画「あれ」(原題:It、1927、クラレンス・G・バッジャー監督)の“It girl”クララ・ボウや、「パンドラの箱」(1929、G・W・パプスト監督)の“ルル”ルイーズ・ブルックスといったボブ・カットの“フラッパー”のファッションを模倣し、大正末期から昭和初期にかけて銀座に現れたモダン・ガール(モガ)は、映画的には見栄えのする格好の題材であり、サイレントからトーキーへの移行期の都会を舞台とした作品で多く描かれた。

「マダムと女房」のスチール写真より。マダム(左)と新作(中央)が持っているのはリキュールグラスに見えるが、実際の映画で使われたのはウイスキーの入ったタンブラーである。
「マダムと女房」のスチール写真より。マダム(左)と新作(中央)が持っているのはリキュールグラスに見えるが、実際の映画で使われたのはウイスキーの入ったタンブラーである。

 モガを演じた代表的女優である伊達里子は、日本初の本格的トーキー映画となった1931年製作の五所平之助監督作品「マダムと女房」で、主人公で作家の芝野新作(渡辺篤)の隣家に住むマダムでジャズバンドの歌手に扮している。

 彼女は演奏がうるさくて執筆が進まず苦情を言いに来た新作をたばこをふかしながら迎え、ジャズ仲間たちと飲んでいたウイスキーを勧め、グラスを傾けながら1929年製作のMGMミュージカルの第1作で、第2回アカデミー賞でトーキーとして初めて作品賞を受賞した「ブロードウェイ・メロディー」の劇中歌を披露する。田中絹代が演じる、酒もたばこもやらない古風な新作の女房とは対照的なマダムの超モダンなライフスタイルに、新作はすっかり煙に巻かれてしまう。

 伊達は同年製作の小津安二郎監督のサイレント作品「淑女と髯」でも、不良のモガに扮してくわえたばこをふかしている。

祇園の芸妓とたばこ

 また、芸妓や娼妓といった花柳界の女性たちを描いた作品では、当然のことながら女性の飲酒・喫煙が多くなっている。1936年製作の溝口健二監督作品「祇園の姉妹」では、当時19歳の山田五十鈴が京都祇園の芸妓、おもちゃを演じている。

 おもちゃは、男に尽くすタイプの姉の芸妓・梅吉(梅村蓉子)とは正反対の性格で、男中心の社会を恨み、男を手玉に取ることで復讐を遂げようとする気の強い芸妓として描かれている。梅吉の着物をあつらえるため、呉服屋の番頭・木村(深見泰三)を手練手管でたらし込んでいちばん高い反物をくすねるシーンでは、木村の吸っていたたばこを取り上げて自分で吸い、また木村の口に戻すという仕草で男の気を引いている。

 また、落ち目の旦那・古沢(志賀廼家弁慶)から梅吉を引き離すため、骨董屋の聚楽堂(大倉文男)をたきつけて新しい旦那にしようと画策するシーンでは、たばこの煙を顔に吹きかけて酔いつぶれた聚楽堂を起こす等、たばこを小道具としてうまく利用している。

職業婦人のたばことビール

 ここまでは、世間一般の女性とはややかけ離れた例だが、昭和の時代が進むにつれて、職業婦人と呼ばれた働く女性たちが同僚の男性たちと同様に飲酒や喫煙を楽しむシーンも次第に描かれるようになっていく。その先駆けと言えるのが、1939年製作の伏水修監督作品「東京の女性」。当時19歳の原節子が自動車ディーラーのセールスパーソンを演じ、カフェでたばこを吸うシーンもある。第二次世界大戦がヨーロッパで始まり、日中戦争も泥沼化していた暗い世相にあって、女性の自立を描いた異色作であった。

 そして終戦後の1951年、小津安二郎監督と原節子のコンビによる「紀子3部作」の2作目「麦秋」(本連載第3回参照)では、紀子(原)が康一(笠智衆)と史子(三宅邦子)の兄夫婦と大和から上京してくる叔父を迎えに行く前に銀座の料理屋「多き川」に立ち寄ってシャコの天ぷらと一緒にビールを飲むシーンがある。「随分飲めるのね、紀子さん」という史子に、「だっておいしいんですもの」と答える紀子。ここで康一が史子にビールを勧めなかったことで、ちょっとしたエチケット論争が勃発する。

康一「終戦後、女がエチケットを悪用して、ますます図々しくなってきたのは確かだね」

紀子「そんなことない。これでやっと普通になってきたの。今まで男が図々し過ぎたのよ」

康一「お前、そんな風に思っているから、いつまでたってもお嫁に行けないんだ」

紀子「行けないんじゃない、行かないの。行こうと思えばいつでも行けます」

 昨今のセクハラ騒動等を見ていると、男の女に対する認識は、この時代からたいして進歩していないように思えるのだが、いかがだろうか。

 後に紀子はこの時言ったことを実行に移すのだが、それはまた別の話になる。

こぼれ話

 原節子が実生活でもビール好きだったのは有名な話で、晩酌に1本や2本は平気で平らげたという(※3)。そのことは小津も承知していて、原が母親役を演じた1960年作品「秋日和」(1960、本連載第57回参照)では、娘役の司葉子ととんかつ屋「若松」で食事をするシーンで、残っているビールを「もったいない、飲んじゃおうか」と注ごうとするが空で、「もうないか……」と残念そうに呟きながらコップに残っていたビールを飲み干すという芝居をつけている。

参考文献
※1 女性の飲酒と健康 | e-ヘルスネット(厚生労働省)
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/alcohol/a-04-003.html
※2 最新たばこ情報|統計情報|成人喫煙率(JT全国喫煙者率調査)
http://www.health-net.or.jp/tobacco/product/pd090000.html
※3「原節子 あるがままに生きて」(貴田庄・著 朝日文庫)

【マダムと女房】

「マダムと女房」(1931)

作品基本データ
製作国:日本
製作年:1931年
公開年月日:1931年8月1日
上映時間:56分
製作会社:松竹キネマ(蒲田撮影所)
カラー/サイズ:モノクロ/スタンダード(1:1.37)
スタッフ
監督:五所平之助
原作・脚本:北村小松
撮影:水谷文二
音響監督・録音:土橋武夫
総指揮:城戸四郎
ギャグマン:伏見晃
ミキサー:狩谷太郎
キャスト
芝野新作:渡辺篤
その女房(絹代):田中絹代
隣のマダム(山川滝子):伊達里子
隣の少女:井上雪子
音楽家:小林十九二
音楽家:関時男
新作の友人:月田一郎
画家:横尾泥海男

(参考文献:KINENOTE)


【祇園の姉妹】

「祇園の姉妹」(1936)

作品基本データ
製作国:日本
製作年:1936年
公開年月日:1936年10月15日
上映時間:69分
製作会社:第一映画社
配給:松竹キネマ
カラー/サイズ:モノクロ/スタンダード(1:1.37)
スタッフ
監督・原作:溝口健二
脚本:依田義賢
製作:永田雅一
撮影:三木稔
録音:加瀬久
キャスト
おもちゃ:山田五十鈴
梅吉:梅村蓉子
古沢新兵衛:志賀廼家弁慶
おえみ:久野和子
聚楽堂:大倉文男
木村保:深見泰三
工藤三五郎:進藤英太郎
おまさ:いわま櫻子
定吉:林家染之助
梅龍:葵令子
立花:橘光造
おはん:三枡源女

(参考文献:KINENOTE)


【東京の女性】

作品基本データ
製作国:日本
製作年:1939年
公開年月日:1939年10月31日
上映時間:83分
製作会社:東宝映画(東京撮影所)
カラー/サイズ:モノクロ/スタンダード(1:1.37)
スタッフ
監督:伏水修
原作:丹羽文雄
脚本:松崎与志人
製作:竹井諒
撮影:唐沢弘光
音楽:服部良一
キャスト
君塚節子:原節子
君塚水代:江波和子
木幡好之:立松晃

(参考文献:KINENOTE)


【麦秋】

「麦秋」(1951)

作品基本データ
製作国:日本
製作年:1951年
公開年月日:1951年10月3日
上映時間:124分
製作会社:松竹大船
配給:松竹
カラー/サイズ:モノクロ/スタンダ-ド(1:1.37)
スタッフ
監督:小津安二郎
脚本:野田高梧、小津安二郎
製作:山本武
撮影:厚田雄春
美術:浜田辰雄
音楽:伊藤宣二
録音:妹尾芳三郎
照明:高下逸男
編集:濱村義康
衣裳:齋藤耐三
監督助手:山本浩三
撮影助手:川又昂
キャスト
間宮周吉:菅井一郎
間宮しげ:東山千栄子
間宮康一:笠智衆
間宮史子:三宅邦子
間宮紀子:原節子
間宮實:村瀬禪
間宮勇:城澤勇夫
間宮茂吉:高堂国典
田村アヤ:淡島千景
田村のぶ:高橋豊子
佐竹宗太郎:佐野周二
矢部謙吉:二本柳寛
矢部たみ:杉村春子
西脇宏三:宮内精二
安田高子:井川邦子
高梨マリ:志賀真津子
矢部光子:伊藤和代
西脇富子:山本多美
「多喜川」の女中:谷よしの
看護婦:寺田佳世子
病院の助手:長谷部朋香
會社事務員:山田英子
「田むら」の女中:田代芳子
冩眞屋:谷崎純

(参考文献:KINENOTE)


【秋日和】

「秋日和」(1960)

作品基本データ
製作国:日本
製作年:1960年
公開年月日:1960年11月13日
上映時間:128分
製作会社:松竹大船
配給:松竹
カラー/サイズ:カラー/スタンダード
スタッフ
監督:小津安二郎
脚色:野田高梧、小津安二郎
原作:里見弴
製作:山内静夫
撮影:厚田雄春
美術:浜田辰雄
音楽:斎藤高順
録音:妹尾芳三郎
照明:石渡健蔵
編集:浜村義康
キャスト
三輪秋子:原節子
三輪アヤ子:司葉子
三輪周吉:笠智衆
後藤庄太郎:佐田啓二
間宮宗一:佐分利信
間宮文子:沢村貞子
間宮路子:桑野みゆき
間宮忠雄:島津雅彦
田口秀三:中村伸郎
田口のぶ子:三宅邦子
田口洋子:田代百合子
田口和男:設楽幸嗣
平山精一郎:北竜二
平山幸一:三上真一郎
佐々木百合子:岡田茉莉子
佐々木芳太郎:竹田法一
佐々木ひさ:桜むつ子
桑田栄:南美江
桑田種吉:十朱久雄
杉山常男:渡辺文雄
女将とよ:高橋とよ
服部進:長谷部朋香
高松重子:千之赫子
旧部下の社員:須賀不二男
すし屋の職人:川村禾門
すし屋の客:菅原通済
受付の女の子:岩下志麻
家政婦:山本多美

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。