不祥事前夜。批判されない危険

トヨタ自動車社長が米国議会下院の公聴会に出席する半日前、元ハーレーダビッドソンジャパン社長の奥井俊史氏にお会いしていた。奥井氏はトヨタ出身でトヨタのことをよく知っている人だ。その日は、今回の一件をどう見ているかという奥井氏から私への質問で話が始まった。

 自動車は私の専門外なので、その答えのほとんどはテレビが伝える新橋駅前の街頭インタビューで出てくる論点とさほど変わらないと理解されたい。ただ、最後に付け足しのように話した事柄に、奥井氏は興味を示した。というのは、日本のマスコミと米国のマスコミについてのことだ。

 一般論に過ぎないが、日本のマスコミはトヨタについて厳しいことを伝えることが、概して少なかった。こまごまとあげつらうネタがないからかもしれないが、私の身の回りの記者と話していると、トヨタに関してはえも言われぬ独特の抑制が働いていると感じさせられたことはままあった。

 そういう空気が米国のマスコミにはないはずで、日米のその違いがマスコミ対応のなかでしっかり意識されていなかったということもあるのではないか。そんな話をした。

 奥井氏は、トヨタは決してものごとを隠そうと動いたり、そのためにマスコミに圧力をかけようと考えるタイプの会社ではないはずだがと話された。もちろん。トヨタはよくないところを見つけてカイゼンする会社だ。私も、トヨタが隠蔽やマスコミ操作をしてきたとは思わない。これはむしろ伝える側のほうの問題なのだ。

 私がそういう記者に感じてきたのは、トヨタに関して見聞したこと、そこから考察してさらに調べたことを、十二分に記事に反映させるということをせず、賞賛する内容以外ならできれば話題として避けたいという気分だ。もちろん、積極的、多面的に取材して執筆している記者もいるが、そうしていない人たちがいる。

 そしてそれは、トヨタから具体的に頼まれたり強いられたりしてそうなっているのではないのだ。勝手に自己規制し、中にはトヨタの話題になると「あわわ」とか「あぶ、あぶ」(危ない、危ない)とか「まあまあ」など言って止めに入る人さえかつていた。「お前さん、本当に記者なのかい」と問いたくなる場面だ。

 記者の全員ではないが、ある人たちにとっては、トヨタに関する話題は、皇室に関する話題にも似たデリケートさを持っていて、書いたことで何か問題を生じさせたくないという気持ちが働いている。それには、広告がたくさん出ていることに対する遠慮もあるらしい。心ある広告営業担当者は、「そんなばかなこと気にすることないですよ」と言ってくれるはずなのに。この裏返しとして、「最近広告が減ってるから気にしなくてもいいか」と、また勝手に考えて勢い付いた記者もいたかもしれない。

 また、常々トヨタを優良企業として扱い、トヨタに学べという方向で記事を書いているために、批判的なことを書けば編集方針に楯突くことになるのではないかと心配するということもあり得る。そのように小さな世界で上を向いていることが、大きな問題の温床になる。心ある編集長やデスクは「かまわねえから書け」と言ってくれるはずなのに。

 もう一つ、トヨタに限らず、取材先企業の広報担当者に対する遠慮というものもあるものだ。急な取材の申し込みでも熱心に対応してくれて、親切にインタビューを設定し、丁寧に資料を作ってくれる人がいると、彼・彼女をがっかりさせたくないという抑制が働く。広報担当者はマスコミ操作の作戦としてそうしているのだろうというのはちょっとうがった見方で、たいていの場合、その人たちは自分たちの会社を信じ、愛しているから、外に向かって自然に積極的になっているだけなのだ。

 加えて、“KY”(空気読めない)になることを恐れる記者も増えていると感じる。会社の中で、同業者の中で、「浮く」こと、「変なヤツ」だと思われること、それを避けたい気分の人が記者職に普通に見られるようになった。これは時代のせいなのかもしれないが、ひとと違うことができなくても記者として成り立つというのは、媒体設計にも問題が隠れているかもしれない。 私は伝えるほうの立場にいるので、できるだけそういう気分や態度を自分に起こさないように注意するだけでなく、微力ながら仲間にもそうならないように働きかけていきたい。

 一方で、伝えられる側の企業の方々も、用心されたい。この10年ほどの間にいわゆる不祥事が取り沙汰された会社の中にも、仮に批判されるべきところがあっても、事件以前には以上のような形でこれといった批判がされることなく、ほめられる方向でしか紹介されてこなかった企業があると疑ってみていただきたい。

 さらに、今現在、そのような形でよい方向でしか紹介されていない企業も、少なくないと考えられたい。頼んでもいないのに批判から守られている会社は食品関連にもある。それらの会社にも、マスコミにも、悪気はないというところが、余計にタチが悪い。

 残念ながら、マスコミ全体の発見力と批判力は低下していると言わざるを得ないだろう。そうした中、問題点を自社内で発見できる体制作りが、ますます重要になっている。練習として、本稿の「トヨタ」を自社の社名に置き換えて読んでみるといいかもしれない。

※このコラムは「FoodScience」(日経BP社)で発表され、同サイト閉鎖後に筆者の了解を得て「FoodWatchJapan」で無償公開しているものです。

齋藤訓之
About 齋藤訓之 302 Articles
Food Watch Japan編集長 さいとう・さとし 1988年中央大学卒業。柴田書店「月刊食堂」編集者、日経BP社「日経レストラン」記者、農業技術通信社取締役「農業経営者」副編集長兼出版部長等を経て独立。2010年10月株式会社香雪社を設立。公益財団法人流通経済研究所客員研究員。昭和女子大学現代ビジネス研究所研究員。日本フードサービス学会会員。戸板女子短期大学食物栄養科非常勤講師。東京栄養食糧専門学校非常勤講師。亜細亜大学経営学部ホスピタリティ・マネジメント学科非常勤講師。著書に「有機野菜はウソをつく」(SBクリエイティブ)、「食品業界のしくみ」「外食業界のしくみ」(ともにナツメ社)、「農業成功マニュアル―『農家になる!』夢を現実に」(翔泳社)、共著・監修に「創発する営業」(上原征彦編著ほか、丸善出版)、「創発するマーケティング」(井関利明・上原征彦著ほか、日経BPコンサルティング)、「農業をはじめたい人の本―作物別にわかる就農完全ガイド」(監修、成美堂出版)など。※amazon著者ページ →