プライドは“やり方”ではなく“やること”に

整備場の日航機。社員が「高い士気を維持」はいいが、“高いプライド”のありかはいったん疑ってみてはどうか
整備場の日航機。社員が「高い士気を維持」はいいが、“高いプライド”のありかはいったん疑ってみてはどうか
整備場の日航機。社員が「高い士気を維持」はいいが、“高いプライド”のありかはいったん疑ってみてはどうか
整備場の日航機。社員が「高い士気を維持」はいいが、“高いプライド”のありかはいったん疑ってみてはどうか

私の郷里と東京をつなぐ定期便は長らく全日空だけだったので、初めて日航機に乗ったのは就職してからだった。20年ほど前、金沢に出張したときだったと記憶している。飛んだと思えばもう降りるという距離だ。その客室に金モールの制服をまとった男性が現れたときには、ちょっと驚いた。何か不測の事態でもあって、パイロットが出て来たのかと思ったのだ。

 しかし、その男性が女性の客室乗務員に指示を出しながらドリンクのサービスを始めたので、その人がチーフパーサーなのだと分かった。しかし、彼の制服は女性乗務員のそれに比べるといかにも大仰で、普段着の人が大半を占める客室ではどちらかというと滑稽に映った。

 それよりもずっと後、日航の管理職乗務員だった人とあれこれ話したとき、あのぎこちなさをなるほどと思えるような話を聞くことができた。

 曰く、その人が日航に入社した頃は、飛行機で移動する人というのはいわゆる“偉い人”かお金持ち、今風に言えばセレブだった。客室乗務員が行う接遇は、そのセレブたちに合うものであることを基準に格調高く定められ、訓練された。

 ところが、その後飛行機の利用は大衆化し、いろいろな所得水準の人、いろいろな生活習慣の人が飛行機に乗るようになった。口のきき方を知らない人、行儀の悪い人の比率も、下界並みに増えてくる。客室乗務員をあごでしゃくる人、「こっちは客だい」と偉そうにする人が現れる。高学歴な才媛揃いで、しかも競争を勝ち抜いてきた誇り高き客室乗務員たちにとっては、そういうお客にもなお笑顔で接しなければならないというのは非常な苦痛であり、不満を募らせる場面が多くなっていったという。そんな彼女たちのご機嫌をとるのには苦労した、そういう話だった。

 これを聞いて、客単価数万円の料理店が稼働率を上げようと価格を大幅に下げた場合を想像してみた。経営者が期待した通り、客席は私のような“一般ピープル”で埋まったとしよう。しかし相変わらず手の込んだ料理を出して、接客する人もセレブを相手に修業してきた達者ぞろいで、格式を守ったとしたら。彼らは「無粋な客が増えて困る」と不平を言うに違いない。そして売上高は上がっても、利益は出ないはずだ。

 外食産業の感覚からすれば、あり得ない話なのだ。客単価が変わり、お客のプロフィールが変わり、利用シーンも変わったのだから、提供する商品もサービスもそれに合わせて変えるのが当然だ。新しく選択した業態に合わせて、スタッフの採用基準、トレーニング内容、給与も変えるのが正しい。

 こんなことからも、日航が時代に対応しなかったことがしのばれる。いや、時代というよりも、自社で選択したビジネスに対応していなかったのに違いない。

 もちろん、日航破綻の原因をこんな単純な話で説明しようというのではない。ただ、人や企業は自らを変えることには鈍感で消極的なものらしいという例として、もって他山の石となすことはできるだろう。

 かつてすかいらーくが「ガスト」を開発したとき、外食産業界で最も関心を持たれたことの一つは、テーブルに呼び出しボタンを置いたことだった。「ガスト」以前は、あれを使うのはよほどいりくんだ構造の店舗や、客席は広いが従業員を雇うことには乗り出せない零細なパパママ店など、限られた場合のことと信じられていた。実際、同業者には業界のリーダー企業が呼び出しボタンを採用したことに眉をひそめたり、あざ笑ったりする人もいた。「プライドを捨てたのだ」とまで言う人もいた。

 しかし、呼び出しボタンはお客に歓迎され、他社も陸続と追随することになった。すかいらーくのプライドは、食事をするお客の一人ひとりにホテルマン並みの注意を払い続けることとは関係のないところにあったのだ。つまり、お客を待たせず、いらいらさせず、便利に感じてもらう、しかも同時にコストダウンにもつなげて狙い通りの低い客単価を実現する、それをやってみせることが、彼らのミッションだったと言えるだろう。

 多くの人は、最初に教わった事柄、苦労して学び身に付けた技術や仕事のやり方は、たとえ時代が変わり要求が変わっても、そう簡単に手放そうとしない。むしろ、強く抗い、新しい要求は本当はないと信じようとしたり、無視しようとしたり、新しい要求に応え得る新しい技術や方法を目の当たりにしても、よくないやり方だとケチを付けたりする。プライドやアイデンティティにかかわることだと思い込んでしまっているからだ。

 しかし、特定の技術や方法ではなく、仕事や事業の目的にフォーカスしている人は、そうではない。周囲がいぶかり、反対するような大きな変化を当然のこととして持ち込む。以前『農業経営者』の昆吉則編集長に教わった話では、農村で、新しく開発されたばかりのトラクタを誰よりも早く買ったのは、村一番の馬を飼っていた最も馬を大切にしていた農家だったという。

 飛行機を愛し、またとてつもなく大きなトラクタを駆り、「国家という顧客のために安価で高品質の農産物を生産するのが私の使命」とおっしゃる宮井能雅さんに申し上げます。宮井さんがGM作物に積極的なことで“ヒール”(悪役)扱いされたり演じたりは、もう終わりにしましょう。ビジネス界に悪役は不要ですし、もし今後不幸にして農業界で日航のように迷惑な話題が出てくるにしても、それは宮井さんとは全く違う人たちの話になるはずです。「ガスト」のような大ピンポンを期待しています。

※このコラムは「FoodScience」(日経BP社)で発表され、同サイト閉鎖後に筆者の了解を得て「FoodWatchJapan」で無償公開しているものです。

齋藤訓之
About 齋藤訓之 302 Articles
Food Watch Japan編集長 さいとう・さとし 1988年中央大学卒業。柴田書店「月刊食堂」編集者、日経BP社「日経レストラン」記者、農業技術通信社取締役「農業経営者」副編集長兼出版部長等を経て独立。2010年10月株式会社香雪社を設立。公益財団法人流通経済研究所客員研究員。昭和女子大学現代ビジネス研究所研究員。日本フードサービス学会会員。戸板女子短期大学食物栄養科非常勤講師。東京栄養食糧専門学校非常勤講師。亜細亜大学経営学部ホスピタリティ・マネジメント学科非常勤講師。著書に「有機野菜はウソをつく」(SBクリエイティブ)、「食品業界のしくみ」「外食業界のしくみ」(ともにナツメ社)、「農業成功マニュアル―『農家になる!』夢を現実に」(翔泳社)、共著・監修に「創発する営業」(上原征彦編著ほか、丸善出版)、「創発するマーケティング」(井関利明・上原征彦著ほか、日経BPコンサルティング)、「農業をはじめたい人の本―作物別にわかる就農完全ガイド」(監修、成美堂出版)など。※amazon著者ページ →