私たちの限界――食品安全委員会人事から

日食。真実が見えないのは、月のせい? 雲のせい?
日食。真実が見えないのは、月のせい? 雲のせい?
日食。真実が見えないのは、月のせい? 雲のせい?
日食。真実が見えないのは、月のせい? 雲のせい?

ある代議士の秘書を務めていた経験のある友人が漏らしていたことがある。彼の見るところ、ほとんどの国会議員には勉強の時間がないと言う。公務のほかに、党の会議や他の代議士との調整などのいわゆる“政治”に要する時間、地元や支持団体等へのケアや活動資金を集めるなど立場を守るための時間といったものが多く、直接かかわっているテーマについてさえ、自分で勉強する時間を作るのが非常に難しい。

 代議士の全員がそうとは限らない。しかし、彼の説明から推し量れば、自分の時間がたっぷり確保できる代議士が党内で十分な発言力があるとは考えにくく、また再選が期待しにくい人かもしれない。

 彼の報告が正しいとすれば、多くの代議士は党利党略や民意を反映することはできても、真理に基づいて行動することは難しい。吉川泰弘氏の食品安全委員会委員への起用が参議院で不同意となった問題も、そうした状況の中で起こったミスなのだと理解している。

 農林水産省や厚生労働省などから切り離してリスク評価機関を置くというアイデアは素晴らしいものだったし、その理想に従って内閣府に食品安全委員会を設けることができたのは、一つの成功だったと言える。

 しかし、やはり国の機能の一つには違いないのだから、国のほかの機能と同じく、国としての誤りは発生し得る。省庁の都合や思惑による影響は受けにくくなったにせよ、代議士や政党の都合や思惑、あるいは無知、無理解の影響は受け得ることが、今回のことでよく分かったということではないだろうか。ならば、私たちは前進しつつあると考えることもできる。もちろん、教訓をどう生かすかによるが。

 私たちの議会も、政府も、司法も、どれも完全無欠なものではない。内政や外交や裁判で、これまでもたくさんの失敗をしてきたし、この場に合わない話題なので詳しく書かないが、近く起こし得ると心配される失敗や誤りは、食品安全委員会人事以外にもたくさんある。

 特に、ほとんどあらゆる議論が政局化し、政治上の判断が政争の具とされていく状況にある今と今後しばらくの間、この心配はさらに増す。食糧食品は外交の影響も大きくなるだろうから、さらに問題だ。

 そうした時期に必要なのは、政治を監視し、伝え、誤りを指摘する力を民間で高めることだ。それは、これまでは新聞など報道の仕事だった。しかし、既存マスコミもまた、なかなかに失敗、誤り、無知、無理解が多い(私自身の反省もこめて)。真偽はともかく、新聞やテレビについていろいろな都合や思惑を指摘される場合もある。

 政治のしくみ、議員の選び方と働かせ方、そしてマスコミのありよう――これらのことは、解決していかなければならない。

 それには「直す」という手もあるが、「別に作る」という手もある。政府や議会を別に作るという話だと穏やかではないが(全く賛成しない)、行政で持っている機能を、民間でさらに優れた形で作り直す。その信頼性を行政のそれよりも高めるということは、できないことではない。

 食品のリスク評価などは、農水省や厚労省から切り離すだけでなく、政府自体から切り離して考えることもできたはずだ。たまたま、政府への答申で出てきた話だから、食品安全委員会が内閣府に置かれることになったのだろうが、別途同様の機能を民間で用意してもいいのではないか。

 公益法人などで考えるかもしれないが、これも行政の影響を受けやすい形になるかもしれない。いっそのこと株式会社で考えるのがいいのではないか。科学的に考えること、判断すること、その態度と方法を普及すること、そうした思考を備えた人たちが発起人となり、役員を選ぶ。

 株は学者・研究者や大学・研究機関を中心に持ってもらう。公立の組織で株式を持ちにくければ、別組織を作るなど技術的な解決を考えればいい。ただ、それだけでは足りないだろうから、企業には単元株制度を使って議決権なしの株主になってもらうなども考える。

 事業は、リスク評価の報告、独自の認証の発行、教育、出版など。顧客は、生産者、製造メーカーもあるが、むしろそれらを利用する企業、流通業などに重点を置くべきかもしれない。国も顧客となり得る。ビジネスモデルについては、ISO、GLOBALGAP、有機農業に関するさまざまな企業や団体など、ベンチマークできる先行組織はいろいろある。 産学連携や大学発ベンチャーなど言って、風変わりなものを売ることを考えるのも悪くないが、こういうビジネスも考えられるはずだ。

「果たして先生方に金勘定ができるのか」「日ごろケンカの絶えない先生方に大同団結は可能か」などなど、不安材料はたくさんある。退官・退職後に企業に机をもらってのんびり暮らすならまだしも、こんなたいへんなことのために、今の職を捨てるなどは到底考えられるものではないかもしれない。

 そう。誰も、こんなことは考えたくないだろう。政治家にも、記者にも、真実のために命をかけるような人がなかなか見当たらない昨今、学者にそれを求めるのもどうかしていると、私も思う。今の私たちの国の本当の限界は、たぶんそこのところにあるのだと思う。

※このコラムは「FoodScience」(日経BP社)で発表され、同サイト閉鎖後に筆者の了解を得て「FoodWatchJapan」で無償公開しているものです。

About 齋藤訓之 307 Articles
Food Watch Japan編集長 さいとう・さとし 1988年中央大学卒業。柴田書店「月刊食堂」編集者、日経BP社「日経レストラン」記者、農業技術通信社取締役「農業経営者」副編集長兼出版部長等を経て独立。2010年10月株式会社香雪社を設立。公益財団法人流通経済研究所客員研究員。昭和女子大学現代ビジネス研究所研究員。日本フードサービス学会会員。戸板女子短期大学食物栄養科非常勤講師。東京栄養食糧専門学校非常勤講師。亜細亜大学経営学部ホスピタリティ・マネジメント学科非常勤講師。著書に「有機野菜はウソをつく」(SBクリエイティブ)、「食品業界のしくみ」「外食業界のしくみ」(ともにナツメ社)、「農業成功マニュアル―『農家になる!』夢を現実に」(翔泳社)、共著・監修に「創発する営業」(上原征彦編著ほか、丸善出版)、「創発するマーケティング」(井関利明・上原征彦著ほか、日経BPコンサルティング)、「農業をはじめたい人の本―作物別にわかる就農完全ガイド」(監修、成美堂出版)など。※amazon著者ページ →