バイオ燃料は「食糧か燃料か」の争いの元になるのか

Indianapolis 500。パワー、スピード、勝利に多くの人々が注目し、賞賛、あこがれを生む
Indianapolis 500。パワー、スピード、勝利に多くの人々が注目し、賞賛、あこがれを生む
Indianapolis 500。パワー、スピード、勝利に多くの人々が注目し、賞賛、あこがれを生む
Indianapolis 500。パワー、スピード、勝利に多くの人々が注目し、賞賛、あこがれを生む

前回触れた米国でBIO Internationalに出席した後、インディアナ州に移動し、世界3大レースの一つと言われるIndianapolis 500(日本では通常「インディ500」と呼ばれる)の真っ最中のIndianapolis Motor Speedway(IMS)に行って来た。今年から、Indianapolis 500を含むThe IndyCar Seriesでの使用燃料が、従来のメタノールからエタノール100%に変更になった。地下資源由来燃料からバイオ燃料へのシフトが、モータースポーツでも起こっている。その話を聞いてきた。

 IMSで説明と案内をしてくれた、米国エタノール産業のプロモーションを担当している人物は言う。「我々の仕事は、米国市場にエタノールを普及させることと、消費者にエタノールのベネフィットを教育すること。ベネフィットとはつまり、エタノールは車にとって良い(エンジンをきれいに保つと言われている。ただし、金属部品などの腐食の問題も指摘されている)、環境にも良い、そして経済にも良いということの3つだ」。

 そして、その活動のために、彼らはモータースポーツを重視している。「モータースポーツは、エタノールのパフォーマンスを証拠立てるのに大きな効果がある。しかも、レースにはたくさんの人々が来る」。

 ビジネスとして、彼らのプロモーションの方法は正しいだろう。モータースポーツには、パワー、スピード、勝利、賞賛、あこがれ――そのような、人々が求めるものがたくさんある。そこでの主役がエタノールで走っているとなれば、人々はそれを使いたいと思うに違いない。日本の環境教育や環境活動が、お説教から始まって、しみったれた節約、汚くわずらわしいゴミの分別とリサイクル(念のために言うが、筆者はどれも熱心に励行しているつもりだ)が実践であるというのとは、かなり様子が違うように見える。

 ところで、競技用の自動車がエタノールで走るというのは、今に始まったことではない。1927年のThe IndyCar Seriesでも、エタノールは使われていたという。昔からある技術なのに、なぜ20年前とか10年前とかではなく、今、エタノールなのか?

「それは、政府や政治家の考えが変わったからだ。彼らは、安全保障上、エネルギー源についてさらにいくつかの選択肢を持つことが重要だと気付いた。これが第一。加えて環境や経済の問題もあるが。それから、中西部の農家にとっては需要が伸びるのでいいことだ」

 そう。確かにバイオ燃料が話題になる背景には、いわゆる米国の国家戦略がある。そして、その方針と具体的な施策に乗って、産業界が動いている。農家、エタノール製造メーカーはもちろん、エタノール燃料に対応するために自動車業界にも仕事ができた(ちなみに、IndyCar Seriesで使用するエタノール対応エンジンは、今のところホンダのワン・メイクとなっている)。

 ただ、元が国家戦略によるものであろうと、実際の動きは、そのようにあくまでもマーケットにどのように対応するかで進んでいる点に注意しなければならない。わざわざ指摘するのもばかばかしいが、人々は「ブッシュが言ったから」動くのではない。「ブッシュがビジネスチャンスを作ったから」動くのだ。もし、これが「ビジネスとして合わない」となれば、人々はバイオ燃料にまつわるビジネスからさっさと撤退するだろう。

 バイオ燃料が話題になったことも影響して、昨今は世界的に穀物価格が高騰している。これで儲けた向きもあり、損をした向きもある。このために、いくつかの国や地域で飢餓が加速したことは残念と言うほかない。しかし、さらに残念なことは、この状況に対して「食糧か燃料か」といったキャッチフレーズを掲げて、「人間と自動車が穀物を奪い合う時代に突入した」と喧伝する人や団体が出始めたことだ。

 なるほど、穀物、例えばトウモロコシは食べ物だというのは一般の人の常識に違いない。それを使って燃料を作り始めれば、その分の食糧が減る――これはとても単純で飲み込みやすい。その上、この陣営には論客、レスター・R・ブラウンというスターもいるから、新聞やテレビも扱いやすい。かくして、エタノールを始めバイオ燃料の生産や流通に反対する運動が目立ち始めた。

 だが実際のところ、どうなのか。筆者には、この複雑な現代の世界で、こんなに単純な話が通用するとは思えない。

 まず、トウモロコシはすべてが食糧として流通しているのではない。世界では毎年約7億tのトウモロコシが生産されているが、その7割以上は家畜の飼料となっている。残りの3割も、すべてが人の口に入るわけではない。例えば日本では、輸入したトウモロコシのほとんどはコーンスターチ(澱粉)となる。これは異性化糖やビールの原料となるが、一方無視できない量が、すでに製紙、糊、樹脂などの原料となっている。このことを知っていれば、今さら「食糧か燃料か」と言うのは、なんともぎこちない話に聞こえるはずだ。

 飼料もやがて人の口に入るもののうちとは言える。では、その価格が上昇したらどうなるか。肉や乳製品の価格が上昇して消費が鈍ると考えられるが、これで未来を予測したことになるだろうか。耳をふさぎたくなる人も多いと思うが、肉や乳製品の消費はすでに鈍っている。この動向が続く、あるいは加速すれば、その分穀物や野菜、水産物の需要が伸びるはずだ。そうなれば、食糧用のトウモロコシの作付けは増えるかも知れない。この場合の方が、より多くの人々にカロリーを供給得るとも考えられる。

 また、米国で見学したトウモロコシからエタノールを作る工場では、大量の搾りかすを飼料原料として出荷していた。また、トウモロコシなど作物の茎葉をエタノールの原料にする研究や、バイオ燃料の原料に特化したエネルギー作物の研究も進められている。畑でエネルギー資源を生産する時代を予測するなら、これらのことも十分考慮しなければならない。

 こう考えると、穀物とバイオ燃料を考える上では非常に変数が多く、計算する人と方法によって予測は大きく異なり、相当に多様な将来像が提出されるはずだと、容易に想像できる。

 ちなみに、米国National Corn Growers Association(NCGA、全米トウモロコシ生産者協会)は、「15×15×15」というビジョンを打ち出している。「2015年までに、トウモロコシを150億ブッシェル(38億1000万t)生産し、150億ガロンのエタノールを供給する」というもので、「食糧、飼料、輸出、燃料のすべての市場に十分なトウモロコシを供給できることを確信している」としている。

 あらゆる技術が日進月歩で進歩し、多様な国や人々が多様にかかわり合う今日、地球規模の予測を正確に立てることは難しい。これを単純化して語ることは、明らかに間違いだ。

 単純化して語ることがふさわしいのは、「どうなるか」という予測ではなく、「どうするか」という意志のはずだ。エネルギーについて、今、多くの国で支持されるている意志はこう表現できるだろう――産出地が限られる地下資源への依存度を減らすこと。そして、地下に埋まっている炭素を掘り起こして地表にばらまく量を減らし、太陽エネルギーという持続可能なエネルギーの利用(もちろん農業はその筆頭となる)を増やすこと。

 この意志の元に生まれる市場に向かって、人々はそれぞれのリソースを集中する。「失敗しないように気をつけろ」と注意したり助言したりすることはいいが、「失敗するからやめろ」と言うのには賛成できない。世界を変えず、今まで通りやっていれば破局を避けられるというなら別だが。

※このコラムは「FoodScience」(日経BP社)で発表され、同サイト閉鎖後に筆者の了解を得て「FoodWatchJapan」で無償公開しているものです。

About 齋藤訓之 307 Articles
Food Watch Japan編集長 さいとう・さとし 1988年中央大学卒業。柴田書店「月刊食堂」編集者、日経BP社「日経レストラン」記者、農業技術通信社取締役「農業経営者」副編集長兼出版部長等を経て独立。2010年10月株式会社香雪社を設立。公益財団法人流通経済研究所客員研究員。昭和女子大学現代ビジネス研究所研究員。日本フードサービス学会会員。戸板女子短期大学食物栄養科非常勤講師。東京栄養食糧専門学校非常勤講師。亜細亜大学経営学部ホスピタリティ・マネジメント学科非常勤講師。著書に「有機野菜はウソをつく」(SBクリエイティブ)、「食品業界のしくみ」「外食業界のしくみ」(ともにナツメ社)、「農業成功マニュアル―『農家になる!』夢を現実に」(翔泳社)、共著・監修に「創発する営業」(上原征彦編著ほか、丸善出版)、「創発するマーケティング」(井関利明・上原征彦著ほか、日経BPコンサルティング)、「農業をはじめたい人の本―作物別にわかる就農完全ガイド」(監修、成美堂出版)など。※amazon著者ページ →