顧客を守り店を守る顧客教育

ある小売業で、食品を製造・販売している別の事業者の商品を仕入れて販売する際に、その小売業のバイヤーと製造者との間で、期限表示をどうするかについての議論があったという話を聞きました。

 製造者は、出来たてを食べてほしいことから、製造当日の賞味期限表示をしたいと主張しました。一方、販売者は、当該商品が生鮮的なものであることから安全のために消費期限の表示が妥当と考え、製造日翌日にそれを設定することを主張しました。

 個別の案件なので、このケースでどのように落ち着いたかは伏せますが、私の考えとしては、やはり消費期限表示とし、販売時点のプロモーションの表現として「今日食べるのがおいしい」などの言葉を使うのがよいのではないかと思います。

消費者に判断をさせて結果の責任は店が負う?

いつまでに食べきるべきか。誰が判断すべきか(写真はイメージです)。
いつまでに食べきるべきか。誰が判断すべきか(写真はイメージです)。

 それにしても、このような議論に事業者たちが時間を取られてしまうというのは、期限表示についてのルールにあいまいさがあるため、あるいは矛盾の放置があるためと思われます。とくに賞味期限についてはルールの形をなしていないように見えます。

 消費者庁の「加工食品の表示に関する共通Q&A(第2集:消費期限又は賞味期限について)」(https://www.maff.go.jp/j/jas/hyoji/pdf/qa_i.pdf)によれば、まず「すべての加工食品には、商品の特性に応じて、消費期限又は賞味期限のどちらかを表示しなければなりません」となっているので、賞味期限表示にもルールがあるわけです。ところが、このQ&Aの「1. 基本的事項(一般消費者向け)について」には、「『賞味期限』を過ぎた食品であっても、必ずしもすぐに食べられなくなるわけではありませんので、それぞれの食品が食べられるかどうかについては、消費者が個別に判断する必要があります」「『賞味期限』を過ぎた場合であっても、食品の品質が十分保持されていることがありますので、すぐに捨てるのではなく、その見た目や臭い等により、五感で個別に食べられるかどうかを判断してください。調理法を工夫することなどにより、食品の無駄な廃棄を減らしていくことも重要です」とあります。最終的には消費者が個別に判断するのであれば、賞味期限表示をルール化する必要はあるのでしょうか?

 そして、このように消費者の個別の判断を許容する、むしろ推奨する説明をしている一方で、「2. 基本的事項(事業者向け)について」では、「消費期限又は賞味期限前に販売された食品等を購入した消費者が、その期限を過ぎた後に当該食品等を喫食して食中毒が起こった場合、消費者に対する営業者の民事上の責任はあるのですか」という問いに対して縷々説明をした上で、「期限後の食品等であることをもって、直ちに営業者が免責されることにはならないと考えられます」と締めくくっています。

 事業者にとっては恐ろしい話です。

消費の段階でHACCPが破綻することを防ぐ

 消費者庁がことさらに「個別の判断」を言うのは、利用できるものを廃棄することによる不利益を防ぐことと、消費者基本法に言う「消費者が自らの利益の擁護及び増進のため自主的かつ合理的に行動することができるよう消費者の自立を支援すること」(第二条第一項より)が念頭にあるためでしょう。このこと自体は重要で尊ぶべきことであり、消費者行政の柱となる法律の最初の部分にこのような文言があることは、我が国が誇るべきことでしょう。

 しかし、現実には、消費者が自主的であるか、合理的な行動を取っているか、自立しているかについては大いに疑問があります。たとえば、家庭での食中毒は後を絶ちませんし、食品選択で奇妙な広告に惑わされる消費者が多いことは繰り返し問題になっています。これらに関する行政や社会の取り組みは十分でないのではないか。

 我が国では、運用の仕方によっては人の生命や財産を危うくするようなことの多くは、免許制・許可制になっています。たとえば運転免許です。自動車の運転は危険なことであるため、原則として禁止した上で、所定の知識と技能があると認められた人に特別に許可する、というのが運転免許制度です。

 食品の製造や提供に関しても、それぞれの業種ごとに各種の資格保持者の配置を義務づけるなどのルールがあります。これによって、食品が店頭に並ぶまでの安全を確保しようとしています。

 しかし、消費の現場については免許も規制もありません。今、HACCPの普及が急がれていますが、本来、食品製造・提供のすべての段階でハザードを管理することを旨とするHACCPは、この消費の段階ですべてが破綻するのです。なぜなら、一般の消費者は「個別の判断」のためのトレーニングを受けていませんし、判断の基準も提供されていないからです。

 真に、消費者の自主的で合理的に行動し自立した状態を担保するためには、究極的には、すべての消費者にたとえば調理師免許取得を義務づけるないしはせめて食品衛生責任者講習修了を義務づけるぐらいのことが必要でしょう。あるいは義務教育の中でこれらと同等の教育を行って調理師免許を廃止するという方法もあるかもしれません。

 しかし、このような法整備や行政の変革には時間がかかるでしょう。しかしどうでしょう。食品に携わる小売業をはじめとする事業者には、ここに一つの役割があると見ておきたいと思います。つまり、消費者が食品を安全かつ合理的に取り扱うことができるようになるための教育を、民間で行うということです。

 製造物責任法(PL法)以降、また昨今の行き過ぎた「お客様第一主義」の風潮の中、忘れられて久しいことですが、昔から商業に携わる人たちの間では「お客様教育が大切だ」という合い言葉のようなものがありました。お客に得をさせる、お客に間違いを起こさせない、そういうよりよい買い物をしてもらうために、店は積極的にお客に働きかけるということです。

 食品についても、消費者一人ひとりが、食品を安全に取り扱い、おいしくする方法を知り、豊かな食文化も育めるようにするために、店側から働きかけるわけです。「それは食育というやつだ」と思うかもしれませんが、そのような定義さえ曖昧なものではなく、カリキュラムを持った確実な教育を行うのです。それには情報を提供するだけでなく、検定のプロセスも必要です。ステップごとに修了証を発行して、級なり段なりの資格保持者には優待プログラムを用意するなどがあってもいいでしょう。

 これはもちろん、食品による危害を防止することで店を守ることにつながりますが、さらに、ここまでやるとなれば、実はこの顧客教育とは、店とお客の関係を強くし、客数を安定的に確保する政策にもつながるものだと考えられないでしょうか。

※このコラムは日本食農連携機構のメールマガジンで公開したものを改題し、一部修正したものです。

About 齋藤訓之 385 Articles
Food Watch Japan編集長 さいとう・さとし 1988年中央大学卒業。柴田書店「月刊食堂」編集者、日経BP社「日経レストラン」記者、農業技術通信社取締役「農業経営者」副編集長兼出版部長等を経て独立。2010年10月株式会社香雪社を設立。公益財団法人流通経済研究所客員研究員。昭和女子大学現代ビジネス研究所研究員。戸板女子短期大学食物栄養科非常勤講師。亜細亜大学経営学部ホスピタリティ・マネジメント学科非常勤講師。日本フードサービス学会、日本マーケティング学会会員。著書に「有機野菜はウソをつく」(SBクリエイティブ)、「食品業界のしくみ」「外食業界のしくみ」(ともにナツメ社)、「農業成功マニュアル―『農家になる!』夢を現実に」(翔泳社)、共著・監修に「創発する営業」(上原征彦編著ほか、丸善出版)、「創発するマーケティング」(井関利明・上原征彦著ほか、日経BPコンサルティング)、「農業をはじめたい人の本―作物別にわかる就農完全ガイド」(監修、成美堂出版)など。※amazon著者ページ →