米国は有機農産物攻勢に出るか

アメリカのトランプ政権に関する最近のニュースは、人事やスキャンダルめいた話ばかりが多く、実際何をやっているのか一般には見えにくくなっています。とくにTPP離脱を正式表明してからは、対外政策がつかみどころのないものになった印象もありました。しかし、輸入を抑え、国内生産を伸ばして輸出を増やす方向は支持者獲得の源泉となるコンセプトでしたし、その中には当然農産物の輸入を抑え輸出を増やすことも含まれます。日本に対しても、今後農産物輸出拡大は継続して迫って来るでしょう。

 その部分について実際に着々と進めているのだとわかる最近の話題の一つは、アメリカ産の米の輸入を中国が受け容れたということでした。中国としてはアメリカ側の害虫防除の体制が不十分だとして門戸を開かず、アメリカはその“非関税障壁”を崩そうとし、双方の協議は10年以上続いていたと言います。

 また、これは4月で少し前のこととなりますが、トランプ大統領は農業振興に向けた大統領令を発しています。新聞等によれば、その内容は、効率的な生産や輸出増のための戦略の指示ということです。

 そういうことから考えると、やはりアメリカは中国に続いて日本へも米輸出の拡大を迫ってくるのではないかという懸念が起こるかもしれません。しかし、そこはアメリカの対日輸出農産物の中でも“目玉”ではないだろうと見ています。アメリカの農産物の品質管理の基本は、文化の異なる同士でも容易に納得できる数値や分類による管理です。穀物については乾物重量で品質を把握することはあっても、日本のように「食味計」を使う発想はほとんどない。その彼らが、全体の米消費量を減らしながら嗜好品化させつつある日本の米市場にわざわざコストをかけて乗り込んで来るようには思えないのです。では加工原料用としてはどうかと言えば、日本以外のアジア諸国に対して価格で優位にあるとは言えません。

日本市場は人口は少ないが食品に金をかける

 それよりも、そもそもアメリカは農産物について日本市場をどう見ているかを考えたほうがいいでしょう。

 たとえば、日本は中国、インド、インドネシアに比べれば人口が少ない。加工食品の生産拠点としても、日本よりは中国が大きく見えているはずです。すると、トウモロコシをはじめ、米も含めて、穀物という単価が低く、量を売りたい作物は日本よりも中国、インド、インドネシアなどをターゲットにしたいはずではないでしょうか。

 それらに比べて消費の絶対量が少ない日本にわざわざプロモーションをかけて何かを売るとすれば、それはより単価の高いジャンルの商品となるでしょう。すなわち、穀物を穀物のまま売るよりは、それを使って生産した畜産品を売り込むほうが合理的です。

 ただし、肉類はすでに相当量入っている一方、2000年代初めのBSE禍以降はオーストラリア産やメキシコ産などに押されています。では、彼らとしては、今後この分野にどのようにテコ入れしてくるか。価格ではオーストラリア産やメキシコ産には対抗しにくいでしょう。すると、品質で売り込んで来るはずだとわかります。

 また、そもそもすでにアメリカから大量に入っている穀物、豆類、油糧等に対して、今後まだ伸ばせそうなのは青果、つまり野菜と果実です。日本人の野菜摂取量、果実摂取量が減っていることは、わが国の厚労省も問題にしているところです。ここに高品質で手頃な価格(それは日本産よりは安いという意味です)の青果をさらに売り込む余地はあると見ているはずです。

安全・安心の要求に応えるGAPと有機農業

ニューヨークの「フェアウェイ」で(記事とは直接関係ありません)。
ニューヨークの「フェアウェイ」で(記事とは直接関係ありません)。

 そして、現在の日本で、肉類や青果の消費を伸ばそうとしたとき、その決め手は、味と価格もさることながら、安全・安心であることを、商業に長けた彼らはすでに見抜いています。それを実際の戦略に落とし込むときのポイントは2つが考えられます。1つは、主にBtoBで重要なことですが、HACCP的な管理に適する農産物すなわちGAP(Good Agricultural Practice)で管理されているもの、したがってISO22000なりFSSC22000なりの工場に納品し得るものです。これは東京オリンピックに向けて、さらに強い攻勢をかけてくるかもしれません。

 いま1つは主にBtoC商品の特徴として重要なものとなりますが、有機農産物であるということです。私個人は有機農産物であることと安全・安心は全く関係がないと考えていますが、現実の市場はそうではありません。事実に反して、有機農産物(オーガニック)が安全・安心であると信じている人、さらに栄養や味でも優れていると思い込んでいる消費者は多い。しかも、これは「この米はおいしい」といった主観ではなく、アメリカ人が好む規格による管理がされています。

 さらに、アメリカの生産地を視察したことのある人なら理解されていることと思いますが、アメリカは概して有機農業に適した土地が多いわけです。とくに肥料を施さなくても良好な収量が期待できるプレーリー、降雨が少ない一方灌漑手段には恵まれ、病害虫のコントロールが容易な乾燥地帯など。しかも、日本では考えられないほど大規模な圃場が多いわけですが、その生産者たちはその規模ゆえに、ケミカルのコストに極めて敏感で、そこをカットするための努力が販売量増にも結びつくということで、オーガニックへの取り組みに非常に熱心です。

 アメリカの官民を挙げて、これらの売り込みをかけてきた場合、その影響は米が入る入らないよりも甚大になるのではないでしょうか。

アメリカの得意分野で日本は勝てるのか

 GAPについては、日本でも国がHACCP義務化に動いているとされるなか、すべての農業生産者にとっても“待ったなし”の課題だと言えるでしょう。悩ましいのは有機農産物攻勢がかかった場合の対処です。日本でも有機農業に力を入れて対抗するという考え方はありますが、それについて言えば、有機JASの整備のみならず、有機農業推進法という法律も作って10年以上が経っていますが、普及が限定的であることは衆知のとおりです。なぜかと言えば、高温で降水量も多く、しかも良質な土壌に恵まれない圃場が一般的な日本で、コーデックス委員会の基準に準拠して作った有機農業の基準は、非常に取り組みにくい厳しいものだからです。果たしてその難しいレギュレーションで、“相手の土俵に乗る”形で突き進むべきなのでしょうか。

 これは、現行の有機農業の規格を批判するということではありません。しかし、それ以外にも環境によく、しかも現実に安全で、品質もよいものを作る方法はあるわけです。そこは、日本発の全く新しい基準として整備し、むしろ世界に問うていってもいいのではないでしょうか。これについては、国内の生産者と販売者とでしっかりと話し合っていく必要があると、いいえ、話し合っていく価値があると考えています。

※このコラムは日本食農連携機構のメールマガジンで公開したものを改題し、一部修正したものです。

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About 齋藤訓之 398 Articles
Food Watch Japan編集長 さいとう・さとし 1988年中央大学卒業。柴田書店「月刊食堂」編集者、日経BP社「日経レストラン」記者、農業技術通信社取締役「農業経営者」副編集長兼出版部長等を経て独立。2010年10月株式会社香雪社を設立。公益財団法人流通経済研究所特任研究員。戸板女子短期大学食物栄養科非常勤講師。亜細亜大学経営学部ホスピタリティ・マネジメント学科非常勤講師。日本フードサービス学会、日本マーケティング学会会員。著書に「有機野菜はウソをつく」(SBクリエイティブ)、「食品業界のしくみ」「外食業界のしくみ」(ともにナツメ社)、「農業成功マニュアル―『農家になる!』夢を現実に」(翔泳社)、共著・監修に「創発する営業」(上原征彦編著ほか、丸善出版)、「創発するマーケティング」(井関利明・上原征彦著ほか、日経BPコンサルティング)、「農業をはじめたい人の本―作物別にわかる就農完全ガイド」(監修、成美堂出版)など。※amazon著者ページ →