アニサキスから考える店の役割

タレントが相次いで発症したことから、アニサキス症が注目されています。サバ、イワシ、カツオ、サケ、イカ、サンマ、アジなどの魚介類に寄生する線虫の一つアニサキスの幼虫による食中毒です。幼虫は最初魚介の内臓に棲んでいますが、宿主が死ぬと筋肉に移り、ヒトがそれを食べることで発症します。幼虫がヒトの胃に寄生した場合、食事の後十数時間後にみぞおちに激痛を感じ、悪心、嘔吐を生じます。また、腸に寄生することもあります。

アニサキス症の増加は冷凍を避けているためでは

販売されている鮭の切り身に認められた生きたアニサキス。
販売されている鮭の切り身に認められた生きたアニサキス。

 かつて森繁久彌が発症したことで有名になりました。以前は開腹手術をしたようですが、近年は内視鏡的手術で治療が可能ということです。

 厚生労働省によると、最近アニサキス症の患者数は増えており、2014年には79人でしたが、2016年には126人となっています。

 なぜ増えているのか、さまざまな要因・原因がからんでいるものと考えられますが、私が疑っているのは、刺身などの生食で冷凍しないチルドものの増加ということがあるのではないかということです。

 もともと、加熱しない生魚を食べている限り、いずれ必ず何人かに1人はアニサキス症を発症するというものでした。しかし、−20℃で24時間以上冷凍するとアニサキスの感染性が失われるとされています。ですから、刺身を食べるのでも、一度冷凍処理をしていればこのリスクを下げることはできるわけです。

 ところが、最近は冷凍していないことを求める価値観が高まり、冷凍処理によるアニサキス症のブロックの機会が減っているのではないか、と考えるのです。

 一般に、食材は冷凍/解凍の回数が少ないほど味はよいと言えます。冷凍によって組織が壊れ、解凍時に肉汁が出て(ドリップ)、これによって味が抜けたり、併行して臭みが出てしまったりするためです。

 ただし、冷凍が必ずいけないことかというとそうとも言えず、たとえば肉厚のコウイカの類いは一度冷凍をかけると歯切れがよくなり厚く切っても楽しめるようになります。そう見ると、冷凍も必ず常に避けるべきと頭から考えるよりは、ある調理技術としてとらえて、よりよい冷凍/解凍の手順を研究してみるべきかもしれません。

消費者は実際の性能よりもイメージを重視する

 しかし、その場合も障害となるのは、「冷凍していない」という宣伝文句が使えなくなることです。現代のほとんどの消費者は実際に自分で感じる味よりも、その商品にまつわる情報で商品を選ぶものですから、そこで宣伝文句が一つ失われるのは打撃と考える提供者は少なくないでしょう。

 これは魚介類に限ったことではなく、農産物など他の食品についても同様のことはあります。好まれる宣伝文句は、たとえば「保存料不使用」「着色料不使用」「化学調味料(うまみ調味料)不使用」など、「無添加」を強調するものがあります。「無」「不」を冠した表示以外にも、昔の飲料や果物缶詰などでよく使われたものに「全糖」(食品分析上で使う用語とは違って人工甘味料不使用の意味)というものもありました。食品添加物はものによって風味に影響を及ぼすものもありますが、一般には人の味覚で識別されないように使うものですし、安全性が確認されたものしか使うことができないものですから、これらの表示は実際の性能(味や安全性)で選んでもらうためのものというよりも、好ましいイメージを与えることで選んでもらうための情報と言えるでしょう。「有機食品」「遺伝子組換え○○不使用」も同様です。

 こうした情報も、いわば食文化の一つですから、私はそうした表示を行おうとする態度を否定するものではありません。ただ、どのような生産・製造を行うにせよ、どのような表示を行うにせよ、常に消費者の利益を最大限考えてかかるべきだと思っています。

消費者教育も提供者の役割のはずでは

 何が消費者の利益であるか。その考え方もさまざまでしょう。その考察の材料として、プラセンタエキスに関するお話を紹介します。

 プラセンタエキスは動物の胎盤から抽出する成分で、健康や美容に効果があるとされています。これを扱う製薬会社の役員から、こんな話を聞きました。

 この製薬会社は、自社ブランドのプラセンタエキス製剤を製造販売する一方、原料としてのプラセンタエキスを他の製薬会社や健康食品会社に供給するサプライヤーとしてもトップメーカーです。

 自社ブランドの製剤では、最小限のプラセンタエキス配合量で最大限の効果を狙う。そうすればなるべく安価でよく効くものを作ることになる。それが、製薬のプロとしての基本的なスタンスだと、その役員は説明します。ところが、供給先の多くの企業は、最近は逆を行こうとするところが多いということです。つまり、「プラセンタエキス高配合」「最大処方」など、プラセンタエキスの配合量が多いことを訴求するパッケージや宣伝を行おうとする。その裏付けとして、実際にプラセンタエキスをなるべく多く配合しようとする、というわけです(もちろん原料値下げの要求につながるでしょう)。

 多ければ効くかというと、そういうものではないということですが、製剤の素人である消費者は「多ければ効きそう」と考えますし、「多ければトクである」と考えるものです。

 本当は、そのように誤った選び方をしがちな消費者に正しい情報を提供する、むしろ賢い消費者になるように教育をするというのも提供者の役割のはずですが、いかが思われますでしょうか。同じことは、広く食品全般の販売、外食の集客でも起こっていることでしょう。

※このコラムは日本食農連携機構のメールマガジンで公開したものを改題し、一部修正したものです。

アバター画像
About 齋藤訓之 398 Articles
Food Watch Japan編集長 さいとう・さとし 1988年中央大学卒業。柴田書店「月刊食堂」編集者、日経BP社「日経レストラン」記者、農業技術通信社取締役「農業経営者」副編集長兼出版部長等を経て独立。2010年10月株式会社香雪社を設立。公益財団法人流通経済研究所特任研究員。戸板女子短期大学食物栄養科非常勤講師。亜細亜大学経営学部ホスピタリティ・マネジメント学科非常勤講師。日本フードサービス学会、日本マーケティング学会会員。著書に「有機野菜はウソをつく」(SBクリエイティブ)、「食品業界のしくみ」「外食業界のしくみ」(ともにナツメ社)、「農業成功マニュアル―『農家になる!』夢を現実に」(翔泳社)、共著・監修に「創発する営業」(上原征彦編著ほか、丸善出版)、「創発するマーケティング」(井関利明・上原征彦著ほか、日経BPコンサルティング)、「農業をはじめたい人の本―作物別にわかる就農完全ガイド」(監修、成美堂出版)など。※amazon著者ページ →