BSE発生後の日本の特殊事情

グローバル化時代の日本の牛肉消費を考える(1)

グループ・グシ社ではICチップ入りの耳票で牛を管理
グループ・グシ社ではICチップ入りの耳票で牛を管理している

外食・流通関係者の間で、「意外においしい」「使えるじゃないか」と注目を集めている肉があります。メキシコ産牛肉です。これが国内で利用され始め、とくに外食産業での利用が広がっているいきさつから、日本の牛肉消費のこれまでとこれからを考えてみます。

メキシコ産牛から日本の牛肉市場の行方を占う

スカルネ社のフィードロット
ラテンアメリカ最大、スカルネ社のフィードロット(メキシコ合衆国ミチョアカン州)

 メキシコ産牛肉の利用が広がっていると言っても、一般のスーパーなどでメキシコ産牛肉を目にすることはまずありません。輸入牛肉と言えば米国産が有名ですが、2003年に米国でBSE(牛海綿状脳症)の感染牛が発見されて以来、日本は米国からの牛肉輸入が一時ストップ。その間、一部の牛丼、ファミリーレストラン、居酒屋などの外食チェーンで米国産以外の輸入牛肉が使われ、外食産業を支えてきたのです。その一つがメキシコ産でした。

 ところが、米国でのBSE感染牛発見から10年経った2013年、米国産牛肉の輸入制限が撤廃され、かつての輸入牛肉の王者・米国産が完全復活。メキシコはじめ迎え撃つ他の国々の牛肉関係者が戦々恐々としていたところ、冒頭のささやきです。「なかなか、どうして、メキシコ産牛肉は強い」との声が上がってきたといます。

 牛肉の輸入を巡る攻防は、最近では環太平洋経済連携協定(TPP)の議論が舞台となっています。この4月のオバマ米大統領来日に際しても、自民党が“聖域”として保護を訴える農産物5項目の1つであり、関税引き下げについて日米で協議しましたが、日米共同声明に「大筋合意」の文言を入れることができず、発表自体も1日保留するという異例の措置となりました。

 ただ、その後牛肉の関税を現在の38.5%から9%に下げることを米国が要求し、その対応について議論されていることなどが明らかになりました。まだ、結着はついていませんが、その少し前にオーストラリアとの二国間経済連携協議(EPA)で牛肉の関税を段階的に20%までに引き下げていくことが決まったことを見ても、TPPにおいても牛肉の関税引き下げがなされないとは考えにくいと言えます。

 今後、海外から日本にどんな牛肉が入ってくるのでしょうか。そして、日本の牛肉消費はどうなるのでしょうか。このほど、TPP交渉国の1つであるメキシコの牛肉産業について現地で取材する機会がありました。グローバル化時代の日本の牛肉消費について考えるため、メキシコの牛肉産業の最前線を今日から4回にわたってレポートします。1回目と2回目は、日本の牛肉市場におけるメキシコ産牛肉についてです。

日本のBSE全頭検査が海外から非難された理由

 まずは、日本の牛肉市場についてざっと振り返ってみます。

 現在の日本国内の牛肉消費量は約90.4万t(2012年)。2000年と比較すると約18%ほど縮小したままです。2001年に日本国内でBSE感染牛が発見され、続いて2003年には米国でBSEが発生、市場が一気にしぼんでしまいました。国産牛の生産は2年ほどで回復しましたが、輸入牛については米国産・カナダ産の輸入がストップし、その後輸入が再開されたものの、輸入可能なのは「20カ月齢以下」(ただし扁桃・回腸遠位部またはこれらの部位を含むものを除く)という制限が付きました。20カ月齢以下ではBSEの発症例がないとされるため、全頭検査をしない米国の牛肉も、その条件ならば日本へ輸入してもよいということになったのです。

 米国産牛肉の主要商材の月齢は平均すると約20カ月齢ですが、19カ月齢もあれば、21カ月齢もあります。出生から屠畜まで1頭ずつ個別に管理する日本で行っているようなトレーサビリティは、米国では行われていません。飼育頭数がケタ違いに多く、月齢を正確に把握・管理することができなかったのです。米国ではそれに代わって歯の成長状況によって月齢を判定する方法が取られており、これはこれで科学的根拠を伴うものなのですが、一頭ごとの管理による月齢把握ではないということで日本はこれを認めず、結果、米国産牛肉の主要商材の輸入が制限されたままとなり、輸入量が回復しなかったのです。

 日本ではBSE発生以来、全頭検査をすることによって安全な牛であることを確認してきました。ただし、検査以前に、他の牛、動物、ヒトへの伝染性海綿状脳症感染の原因となり得る特定危険部位を除去し、肉骨粉を餌として与えないという対策を取っているため、すでに安全であることが科学的に保証されており、むしろさらに検査をすることは科学的には意味がなく徒にコスト高を強いるものとされ、国際的に非難を浴びてきました。それにもかかわらず全頭検査を継続してきたのは、検査をすることが国民に安心感を与えてきたという実績があったからで、輸入先にもそれを求めたのです。

話題にならなかった“牛丼復活の日”

 しかし、食品安全委員会での科学的検証が進み、20カ月齢以下なら検査をしてもしなくても同じと結論づけられ、さらに2013年はそれが30カ月齢に引き上げられることになりました。30カ月齢以下ならば、20カ月齢以下のときにぎりぎり引っかかるかもしれないと控えていた米国産牛肉の主要商材も、堂々と輸入することができます。

 そこで、いよいよかつての輸入牛肉の王者、米国産牛肉の再来かと関係者の注目が集まりました。米国産牛肉と言えば、牛丼チェーンの「吉野家」がこだわって使い続けていた食材。米国でのBSE発生によって輸入がストップした際、在庫を使い切る“牛丼最後の日”には、最後の一杯を食べるお客を大手メディアのカメラがずらりと取り囲みました。「吉野家」ファンに惜しまれながらも米国産牛肉の牛丼の提供を止める「吉野家」のニュースを覚えておいでの方もいらっしゃるのではないでしょうか。

 では、2013年の輸入規制の緩和で「吉野家」の“牛丼復活の日”が全国の注目を浴びたかと言えば、そうはならなかったようです。米国でのBSE発生から10年、日本の牛肉市場の中で輸入牛肉を巡る事情はすっかり様相を変えていました。

《つづく》

About 中野栄子 4 Articles
日経BPコンサルティング プロデューサー なかの・えいこ 慶応義塾大学文学部心理学科卒業。日経BP社『日経レストラン』副編集長、『日経イベント』副編集長、『FoodBiz』コンテンツマネジャー、『BiotechnologyJapan』副編集長、専門ウェブサイト『FoodScience』編集責任者などを経て2010年から日経BPコンサルティングへ出向、メディアプロデュースを手掛ける。専門分野は食、健康、医療。とくに「食の安全」分野では、執筆、講演を多く手掛け、厚生労働省、農林水産省、東京都、埼玉県などの食の安全関連の委員会委員を歴任。現在、農林水産省農林水産技術会議評価専門委員、東京都食品安全情報評価委員。著書は『食品クライシス』(日経BP社、共著)など。●日経BPコンサルティング スタッフルーム http://consult.nikkeibp.co.jp/staffroom/archives/20140116_204/