張芸謀作品の中の酒と餃子

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赤く染まるスクリーンにさまざまな意味を込める(絵・筆者)
赤く染まるスクリーンにさまざまな意味を込める(絵・筆者)

今年度のノーベル文学賞は、村上春樹氏優位の下馬評を覆し中国の莫言(モー・イエン)氏が受賞した。私は莫言の小説を読んだことはないが、彼の原作を映画化した「紅いコーリャン」(1987)を観てその作品世界の一端を知った。今回はこの映画の監督で2008年の北京オリンピックで開会式と閉会式の演出を務めた張芸謀(チャン・イーモウ)の作品に登場する酒と料理を紹介する。

中国映画の第五世代

 張芸謀は、第五世代と呼ばれる中国映画のニューウェーブの一翼を担った映画人である。この世代には他に陳凱歌(チェン・カイコー)や田荘荘(ティエン・チュアンチュアン)等がいる。彼らは若い頃に文化大革命の下放政策(都市部の1000万人以上の青少年を地方に徴用した政策)を経験していて、それが作品にも色濃く反映している。

 カメラマンとしてキャリアをスタートした張芸謀は陳凱歌監督の「黄色い大地」(1984)や「大閲兵」(1985)等の撮影監督として注目され、第2回東京国際映画祭でグランプリを受賞した「古井戸」(1987)では主演を務めるなどマルチに活躍した。37歳の時に「紅いコーリャン」で遅咲きの監督デビューを果たすと、いきなりベルリン映画祭金熊賞(グランプリ)受賞という快挙を成し遂げている。

「紅いコーリャン」のコーリャン酒

赤く染まるスクリーンにさまざまな意味を込める(絵・筆者)
赤く染まるスクリーンにさまざまな意味を込める(絵・筆者)

「紅いコーリャン」のコーリャン(高梁)とはモロコシ(ソルガム)のことで、中国では白酒(蒸留酒)の原料として主に利用されている。本来は無色透明である白酒をこの映画(原作)ではあえてワインのような赤にすることで、後述する物語のさまざまなものの象徴として描いている。

 1920年代末から30年代にかけての山東省の農村が舞台。貧農の娘である九児(ジョウアル)は造り酒屋のハンセン病を患う老人、李大頭のもとに嫁ぐことになり、輿に乗せられて嫁ぎ先に向かう。ところがコーリャン畑の中を進む途中、覆面の盗賊に襲われたところを担ぎ手の余占鰲(ユゥー・ジャンアオ)に救われる。

 里帰りの道中で彼女は再び覆面の男に襲われるが、彼が余だと分かると彼女はコーリャン畑に身を横たえ、二人は結ばれる。

 李は謎の死を遂げ、杜氏たちは出て行こうとするが、女主人となった九児のとりなしで酒造りを再開する。仲間外れにされた余が出来たての新酒に小便をかけて邪魔をするが、不思議なことにそれが最高の名酒に仕上がり、九児はそれを十八里紅と名付ける。九児と余の間には豆官(リウ・チー)という男の子が生まれ、幸せな日々が続くが、日本軍の進行によって悲劇の幕が上がる……。

 映像はフィルターをかけてスクリーンを染めるほど赤が強調されている。それは慶事、太陽、抵抗、流血、そして何よりも人々の内に秘めた情熱の象徴としての意味が込められていると思われる。その他にも逆光の撮影や風にそよぐコーリャン畑など、カメラマン出身らしい張監督の技巧が生きた作品に仕上がっている。

 張監督と主演の九児を演じたコン・リー(鞏俐)は、その後も「菊豆」(1990)、「紅夢」(1991)、「秋菊の物語」(1992)、「活きる」(1994)などでコンビを組んでいる。

「初恋のきた道」の餃子

ディはチャンユーのためきのこ餃子を作る(絵・筆者)
ディはチャンユーのためきのこ餃子を作る(絵・筆者)

 張監督の作風は、コン・リーと組んだ初期の映像美を追求した作品と「あの子を探して」(1999)、「初恋のきた道」(1999)、「至福の時」(2000)の“しあわせ三部作”に代表される叙情的な作品と、「HERO」(2002)、「LOVERS」(2004)といったワイヤーアクションやVFXを駆使した武侠映画の3つに大別できる。「初恋のきた道」は、文化大革命時代の華北の田舎を舞台に、農家の少女と青年教師の純愛を描いた中期の代表作である。

 18歳の娘チャオ・ディ(チャン・ツィイー)が盲目の祖母と暮らす貧しい農村に、都会からルオ・チャンユー(チェン・ハオ)という20歳の若者が小学校の教師としてやってくる。彼に一目ぼれしたディは、自分の想いを伝えようと小学校の建築現場で働くチャンユーたちに他の女たちに交じって毎日弁当を届ける。たくさんある食事の中で彼に食べてもらえるとは限らないのに、青い花模様の器にネギのおやき、粟ご飯、炒り卵、きのこ餃子といったメニューを日替わりで詰める彼女の姿は健気そのもので、初恋の人に手料理を食べさせたいという女性らしい愛情表現といえる。

 また、各家が順番にチャンユーを自宅に招いて食事の世話をすることになっていたが、ディの家の番が巡ってくる。家の入り口で彼を出迎える彼女の笑顔に、チャンユーもまた恋をする。食事の後で、彼女は彼に弁当を食べてくれたか確認するのだが、きのこ餃子は食べ損ねたという返事に、ディは次の夕食に出すことを約束する。

 ところが、右派の疑いをかけられた彼を召還するために町からの迎えが現れ、チャンユーはディにしばしの別れを告げる。急いで餃子を届けようとする彼女だったが、彼を乗せた車は一足先に出発してしまう。ディはそれを追って、秋色に染まった野山を必死に走るのだが……。

 この作品でディ役に抜擢されたチャン・ツィイー(章子怡)はその後「グリーン・デスティニー」(2000)、「ラッシュアワー2」(2001)、「SAYURI」(2005)といった作品でハリウッドに進出し、アジアを代表する女優に成長した。

 また張監督は最近作「サンザシの樹の下で」(2010)でこの作品と同じ時代背景で若い男女のラブストーリーを再び手がけている。

国境なき鑑賞で状況に抗う

 昨今の尖閣諸島問題を発端とする日中関係の悪化により、中国が東京国際映画祭のコンペティション部門への出品取りやめを発表するなど、映画界にも影響が及んでいる(映画祭側は尖閣諸島問題との関係を否定/2012年10月22日現在)。

 しかし、たとえば2005年に中国でやはり反日デモが繰り返される中、高倉健を敬愛する張監督は彼を口説き落として「単騎、千里を走る。」(2006年)への出演を実現させた。そのように、本来映画には国境などないのである。我々映画ファンも日本映画であれ中国映画であれ隔たりなく鑑賞することで昨今の流れに抗っていきたいと思っている。

作品基本データ

【紅いコーリャン】

「紅いコーリャン」(1987)

原題:紅高梁
製作国:中国
製作年:1987年
日本公開年月日:1989年1月27日
製作会社:西安映画製作所
配給:ユーロスペース、東光徳間
カラー/サイズ:カラー/シネマスコープ
上映時間:91分

◆スタッフ
監督:チャン・イーモウ
原作:モー・イエン「紅高梁」「高梁酒」
脚本:チェン・チェンユイ、チュー・ウェイ、モー・イエン
撮影:クー・チャンウェイ
美術:ヤン・ガン
作曲:チャオ・チーピン

◆キャスト
九児:コン・リー
余占鰲:チアン・ウェン
羅漢:トン・ルーチェン
豆官:リウ・チー
曾祖父:チェン・ミン
秀三炮:チー・チェンホア

【初恋のきた道】

「初恋のきた道」(1999)

原題:我的父親母親
製作国:中国
製作年:1999年
公開年月日:12月2日
製作会社:広西電影制片廠
配給:ソニー・ピクチャーズ・エンタテインメント
カラー/サイズ:カラー/シネマスコープ
上映時間:89分

◆スタッフ
監督:チャン・イーモウ
脚本:パオ・シー
製作総指揮:チャン・ウェイピン
製作:チャオ・ユイ
撮影:ホウ・ヨン
美術:ツァオ・ジュウピン
音楽:サン・パオ
編集:チャイ・ルー

◆キャスト
チャオ・ディ:チャン・ツィイー
ルオ・ユーシェン:スン・ホンレイ
ルオ・チャンユー:チョン・ハオ
年老いたチャオ・ディ:チャオ・ユエリン

(参考文献:KINENOTE(旧キネマ旬報映画データベース)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。