遺伝子組換え大国・米国の今

トウモロコシ畑

視察地略図
視察地略図

わが国では遺伝子組換え(GM)作物への風当たりが依然として強い。法律では栽培が禁止されていないが(※1)、研究機関の実験圃場での栽培を除き、商業栽培は行われていない。消費者の間で健康被害や環境への影響を懸念する意見が根強く、生産サイドがそれに配慮しているからだ。

 GMに危険があるならば、世界的にGM栽培面積が年々拡大されていることをどう説明すべきだろうか(※2)。米国では1990年代半ばにGM作物の商業栽培が始まって以来、健康被害は1件も確認されていない。

 にもかかわらず、なぜ日米でGM作物の受け止め方がこれほど大きく異なるのか。そんな疑問を抱いて、米国のGM作物の栽培現場を視察した。

農薬使用量が減るメリットは大きい

「GM栽培に変えてから同じ面積で2倍の収穫が得られるようになった」と語るマーク・スコットさん(後列中央)一家と視察団。後ろは収穫用の大型トラクター。ミズーリ州ウェンツビルで。
「GM栽培に変えてから同じ面積で2倍の収穫が得られるようになった」と語るマーク・スコットさん(後列中央)一家と視察団。後ろは収穫用の大型トラクター。ミズーリ州ウェンツビルで。

 米国中部ミズーリ州東端のミシシッピ川とミズーリ川の合流点に位置する商工業都市・セントルイス(人口約28万人)を拠点に、ミズーリ、イリノイ両州の穀倉地帯でGM作物を栽培する圃場、穀物エレベーター(穀物の集荷・貯蔵施設。以下カントリーエレベーター)、両州にまたがる世界最大のGM作物開発企業・モンサント社の研究所や開発中のGM作物の試験栽培を行うラーニングセンターなどを視察したほか、著名なバイテク研究者に意見を聞いた。

 セントルイスから北西へ約80㎞。ウェンツビルの農家マーク・スコットさん(49歳)の農場を訪ねた。祖父の代からの専業農家と言い、耕作しているのは1600エーカー(約650ha。1エーカー=0.4047ha)。日本の農家とは規模が違う。半分は自分の農地で、残り半分は引退したが先祖代々の土地を手放したくないという元農家から賃貸契約で借りている。

 650haと言っても想像できないかもしれないが、1985年に茨城県つくば市で開催された科学万博の会場が約100haだから、その6.5倍の農地を一農家が耕作していることになる。それでも、セントルイス近郊では広い方とは言え、同州全体では狭い方だと言う。

 普段はマークさんが中心になって働いているが、播種期や収穫期には大学生と高校生の2人の息子も手伝う。

 現在栽培しているのは、大豆とトウモロコシがほぼ半々。いずれも害虫抵抗性(Bt)と除草剤抵抗性(Ht)の両方の性質を持つスタック品種と呼ばれるGM作物だ。1996年にHtのトウモロコシの商業栽培が始まったときから、マークさんたちも栽培に取り取り組んだ。

「GM作物の種子を使うことに不安はなかったか」と聞くと「以前から除草剤を使っていたので、HtのGM種子をまくことに何の抵抗もなかった」との返事が即座に返ってきた。

「GM作物の栽培を始めてから除草剤の使用量が大幅に減り、雑草を刈る手間も減った。GM品種にすることで不耕起栽培が可能になり、圃場の水分が保持される。25年前と比べると、同じ面積で2倍の収量があるGM品種に変えてから収入は20%増えた」と言う。

 日本ではGM作物の商業栽培が事実上できないことを伝えると「日本が米国産トウモロコシをたくさん買ってくれているのは知っているが、それは初耳だ」とスコットさん。「GM品種も非GM品種も安全性については全く変わりないはずだが……」と戸惑いの表情を見せる。

ビル・ロングさんにGM作物の有用性について話を聞く視察団(左端が筆者)。イリノイ州フランクリンのビル・ロング&ブレイル農場で。
ビル・ロングさんにGM作物の有用性について話を聞く視察団(左端が筆者)。イリノイ州フランクリンのビル・ロング&ブレイル農場で。
ビル・ロングさん(左)の次男ブレイルさんは「父の引退後、経営規模をさらに拡大したい」と夢を語る。
ビル・ロングさん(左)の次男ブレイルさんは「父の引退後、経営規模をさらに拡大したい」と夢を語る。

 セントルイスの北約150㎞、イリノイ州のほぼ中央に位置するフランクリンのビル・ロングさん(58歳)は2500エーカー(約1000ha)を耕作するが、この付近では平均的な広さだ。ビルさんは1980年に化学関係の企業を退職し、2代目として家業を継いだ。次男のブレイルさん(33歳)と2人で取り組む。2014年は1400エーカーにGM大豆、1100エーカーにGMトウモロコシを作付け、BtとHtへの耐性が生じるリスクを少しでも減らすため、毎年大豆とトウモロコシを交互に栽培する輪作を行っている。

「GM作物は15年前から栽培しているが、最初から不安はなかった」と、先のマーク・スコットさんと同様の答えが返ってきた。

 非GM品種からGM品種に変えた理由について、畑に農薬が残留しないことや、収穫が増えることなどの利点を挙げる。

「子どものころはいつも雑草刈りを手伝っていた。今はその必要がなくなり、自由時間が増えた」と喜ぶ。「農業をやめる農家から土地を買い増ししてきたほか、GM品種に変えてから人手がかからなくなったこともあって経営規模が拡大できた」と胸を張る。

 一方、ブレイルさんは「子どものころから農業を手伝っていたので、後を継ぐことに迷いはなかった」と言い、「父の引退後にさらに経営規模を拡大したい」との希望を持っているが、種子の価格が下がっているのに肥料代などの経費が高くなっていることが気がかりだそうだ。

農家人口が減るなかで重要な技術

トウモロコシの生長ぶりを喜ぶデイビッド・バンデラーさん(左)とCGB社のジェームス・スティツラインさん。ミズーリ州ウェスト・アルトンのサール農場で。
トウモロコシの生長ぶりを喜ぶデイビッド・バンデラーさん(左)とCGB社のジェームス・スティツラインさん。ミズーリ州ウェスト・アルトンのサール農場で。

 一方、農業を営むかたわら、他の農家からの農作物を集荷・販売する企業もある。セントルイス北約40㎞、ミズーリ川とミシシッピ川にはさまれたミズーリ州ウェスト・アルトンのサール・ファーム・グレイン社はその一つ。従業員11人の小規模な穀物企業だ。

 社長のデイビッド・バンデラーさん(56歳)によると、周辺の40農家から作物を購入し、出荷している。取り扱う作物のうち98%がGM作物。2%は非GM作物。非GM作物を栽培する農家は、種子の価格が安いというのがその理由だ。集荷した作物は40㎞南のセントルイスへ運んで販売する。

 そして、4代目の農家として自身でも2500エーカーで1980年代からGMトウモロコシと大豆を栽培している。

 GM品種を選択することについてはやはり先の農家と同じように「何の不安もなかった」と話す。「日本でも何世代にもわたって掛け合わせ・選抜の手法を使い、農作物の遺伝子の組み合わせを変えることで品種改良をしてきたはずだ。それを実験室で、他の生物から有用な遺伝子を取り出し、目的とする植物に組み込んでつくるのがGM作物の種子だ。自然に任せて行うか人為的に行うかの違いだ」と強調。「以前に比べ機械化も進んだが、非GM作物の場合、収穫期には25人から30人の人手が必要だったのに対し、今は3人で済む。GM種子を扱い始めてから農作業の効率が飛躍的に上がり、単位面積当たりの収穫量が増え、消費者にも安く提供できるようになった。さらに殺虫剤の使用量を減らし、環境への負担を減らすことができるようになった。私は殺虫剤の販売もしているが、GM作物が普及し始めてから販売量は激減した」と、生産者にとってのGM作物のメリットを説く。

 米国でも若者は都会にあこがれ、農業に就く者は少ない。現在、農業人口は2%に過ぎない。こうした中で「食料を安定的に確保するためにGM作物は今後ますます必要になってくる」と力を込める。ミズーリ大学で農業経済を専攻したというだけに、理路整然とした説明は説得力を感じさせる。

非GMが高くても求められるのなら応える

農家から集荷した穀物を乾燥・貯蔵する巨大な「カントリーエレベーター」。サイロと専用エレベーターから成る。イリノイ州ネープルのCGB社で。
農家から集荷した穀物を乾燥・貯蔵する巨大な「カントリーエレベーター」。サイロと専用エレベーターから成る。イリノイ州ネープルのCGB社で。

 一方、農作物の集荷・貯蔵・販売に特化した巨大な穀物企業が、米国には数多くある。そうした会社が毎年、農家と交渉し、折り合いがついた価格で穀物を買い取って保管し、輸送・販売する。

 同社から北へ約140㎞、イリノイ州ネープルのイリノイ川左岸にあるCGB社(本社・ニューオリンズ)のカントリーエレベーターを訪ねた。巨大なサイロ(貯蔵倉庫)と穀物搬入用エレベーターが遠くからでも目に入った。

 CGB社は穀物の集荷から販売までの物流業務を担い、内陸の河川を利用して、米国内はもとより世界中に穀物を送り出す企業である。1970年に従業員わずか3人でスタートし、現在では従業員2000人を擁するまでに成長した。

 輸出用の集荷は12カ所のカントリーエレベーターで扱い、ネープルはその一つ。150万tの保管スペースがあり、イリノイ州では最大規模を誇る。ここに作物を売る農家の数は2000~3000戸。個々の農家の耕作面積は平均2000~3000エーカー(約800~約1200ha)だが、中には5000~6000エーカー(約2000~約2400ha)の大規模農家もある。

 市場開発部長のジェームス・スティツラインさんは、「扱っている作物のうち非GM作物は5%。非GM作物(Bt品種およびスタック品種)は、保管の際に害虫駆除をしなければならないなど管理費が10~15%余分にかかる。その分は販売価格に上乗せし、最終的には消費者に負担してもらう」と説明する。

 米国で非GM作物を求める人はわずかで、ここで集荷されたGM作物のほとんどは日本と韓国へ輸出される。非GMトウモロコシは日本と韓国、非GM大豆は日本向けだ。同社に出資する4つの会社のうち2つは日本の商社と農業関係団体で、スティツラインさんから差し出された名刺には、名前が英語とカタカナで併記してある。

「私は個人的にはGMへの懸念が早く払拭されることを望んでいるが、GM作物と非GM作物のどちらがいいかという議論に深入りする気はない。どちらでも購入できるよう選択肢を示すことが我々の仕事で、プレミアムを払ってもらえればいつでも非GM作物を提供する用意がある」とビジネスに徹する。

 ただ、管理の煩雑さから、全米の上位24社の穀物会社のうち非GM作物も扱っているのは6社のみだという。

 気になっていたのは、集荷から輸出までの一連の作業の途中で、非GM作物とGM作物が混ざりはしなかということだった。

 GM作物はトラックでカントリーエレベーターに搬入するとき、サンプリングして7種類のタンパク質を検出する検査を行い、GM作物特有のタンパク質が含まれていないかどうかを確認する。サンプルは後日、再検査が必要な事態が起きた場合に備え保存しておく。

 さらに、はしけ(バージ)でイリノイ川からミシシッピ川へと運搬するときには、第三者機関による、より精度が高いポリメラーゼ連鎖反応(PCR)法による厳格なタンパク質検査を受ける。はしけの内部では非GM作物用の貯蔵スペースにGM作物が残っていないように十分にクリーニングするほか、非GM作物とGM作物それぞれの貯蔵スペースの間は50mほど離すなど、両者が混ざらないように工夫している。説明を聞くと、想像していた以上に分別がきちんと行われていると思われた。

リスクはプロセスではなく結果で評価すべき

「過去20年間にGM作物を食べたことによる健康被害は一例もない」と断言するイリノイ大学のロバート・トンプソン教授。セントルイス市内で。
「過去20年間にGM作物を食べたことによる健康被害は一例もない」と断言するイリノイ大学のロバート・トンプソン教授。セントルイス市内で。
GMトウモロコシの根(右)に比べ非GMトウモロコシでは根から茎まで害虫に侵されている。イリノイ州モンマウスのモンサント社ラーニングセンターで
GMトウモロコシの根(右)に比べ非GMトウモロコシでは根から茎まで害虫に侵されている。イリノイ州モンマウスのモンサント社ラーニングセンターで

 いったい、米国社会はどのようにGM作物を受け入れてきたのか。バイテクを中心とした農業技術に詳しいイリノイ大学のロバート・トンプソン教授は「GM作物が最初に登場したとき、新しい育種法の一つということで消費者は反対しなかった。当初、GM作物について最も関心が持たれたのは、安全性や健康問題ではなく価格だった。最初はGM作物の種子代が高かったので消費者ではなく農家が反対した。価格が下がるとともに、最終的に食糧価格が下がり、低所得層にも恩恵があることがわかるにつれ、次第に農家に受け入れられるようになった」と歴史的経緯を解説。日本では消費者の根強い反対があることを伝えると「米国では政府の食品安全規制に対して国民の信頼が高い」と指摘する。

 日本で起きているようなGM作物反対運動を克服したことが現在の普及をもたらしたのではなく、最初から反対運動がなかったというのは意外だった。

 さらに教授は「GMは純粋に科学技術の研究成果であり、それを政府と民間企業のいずれが作物生産に応用し実用化しようと何の問題もない。米国では農業の優先順位が下がってきており、農業への公的資金の投入が減っている。その肩代わりをしているのが民間企業で、特許を取り利益を上げるのがけしからんと言うのなら、政府の資金をもっと農業に投入するよう求めるべきである」と持論を展開。

「安全性については、過去20年間に3億人の米国人のほか、カナダ、オーストラリアなどでGM作物を食べてきているが、それによる健康被害は一例もない」と断言。「私は食べるよりも、GM医薬品を注射することに対して方がよほど敏感になる」と笑い飛ばす。

 また、「世界の人口増加のほとんどは低開発国で起きている。それらの国が農業生産量を増やすために新たな耕作地を確保しようと森林破壊を続ければ地球の温暖化を加速する。人口増に見合う食糧の確保は、GMをはじめとするバイオテクノロジー技術の利用が最も望ましく、先進国は途上国へ支援する必要がある」と熱っぽく語る。

 バイテクの安全性について30年以上を研究してきたカリフォルニア大学のアラン・マクハゲン教授は「潜在的危険ということなら、GM作物でも非GM作物でも同じ。GM作物か非GM作物かという育種のプロセスの違いがリスクを決めるのではない。食品安全の決め方は、含まれるタンパク質、アレルゲン、毒素、抗栄養素などが既存食品と違うかどうかである」と説明。

 米国でも一部の州でGM作物であることの表示義務化を求める動きが繰り返し起きているが、これについては、「私は以前、義務化に賛成だったが、消費者のためにならないことがわかり、意見を変えた。義務化賛成派は無視するが、不必要な義務化をすればコストが増大するからだ。表示義務化はGM作物か非GM作物かで行うべきではない。私の娘がアレルギー体質だから言うわけではないが、表示は、たとえばアレルギーを誘発するような成分が含まれていないかどうかなど、健康と安全にかかわる事項に限定すべきだ」と反論する。(※3)

 現在、全米科学アカデミーをはじめ、米国の科学、医学界でGM作物の安全性に否定的な見解は全くない。過去には安全性を否定するいくつかの論文が発表されたが、その後すべて科学的根拠に欠けるとして否定された」と断言する。安全性をめぐる議論はすでに決着がついているということについて自信を持って話していたのは印象的だった。

米国農業はGMを必要としていた

 短期間ながら米国のGM作物の栽培現場を見て思い出したのは「必要は発明の母」ということわざだった。

 GM技術は農業に先立ち医薬品開発の分野で急速に発展し、今ではこの技術抜きには医薬品開発が成り立たないほど先進国全体に広がった。GM作物の場合、まだそれほどの広がりは見せていない。そのなかで、米国で最初に実用化されたのは、広大な農地を耕作するために、除草、害虫対策を効率的に行う技術が他のどの国よりも強く求められたためだろう。それを実現させるだけの科学技術のバックボーンが米国にはあった。

 言い換えれば、GM作物は米国で最初に生まれるべくして生まれたバイオテクノロジーの成果と言ってもいい。短期間だが、米国の穀倉地帯を駆け足で回ってみただけでも、それを肌で感じ取ることができた。これも大きな収穫だった。


※1 北海道をはじめいくつかの都道府県は遺伝子組換え作物の栽培を事実上規制する条例を定めている。

※2 バイテク情報普及会などによると、2014年にGM作物を100万ha以上栽培した国は米国(73.1、単位百万ha)、ブラジル(42.2)、アルゼンチン(24.3)、インド(11.6)、カナダ(11.6)、中国(3.9)、パラグァイ(同)、パキスタン(2.9)、南アフリカ(2.7)、ウルグアイ(1.6)、ボリビア(1.0)の11カ国。途上国の栽培面積が11年、先進国を超えた。2012年現在、米国のGM作物の導入率はダイズ93%、ワタ94%、トウモロコシ88%、ナタネ93%など。

※3 米国では2012年にカリフォルニア州、2013年にワシントン州でGM作物であることの表示を求める住民投票の結果、いずれも僅差で否定された。しかしバーモント州では2014年5月、表示義務付けの法律が州議会で成立、16年から施行される。他の州でも義務化の動きがある半面、連邦議会では州の立法に制限をかける動きもある。日本ではダイズ、トウモロコシなど8種類の農産物、これらを原料とする33種類の加工食品に表示が義務付けられている。

《当記事はアメリカ穀物協会ニュースレター「NETWORK」No.84(2014年10月)に掲載した記事を加筆修正した》

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About 日比野守男 4 Articles
ジャーナリスト ひびの・もりお 名古屋工業大学卒業、同大学院修士課程修了後、中日新聞社(東京新聞)入社。地方支局勤務の後、東京本社社会部、科学部、文化部などに所属。この間、第25次南極観測隊に参加。米国ワシントンDCのジョージタウン大学にフルブライト留学。1996年~2012年東京新聞・中日新聞論説委員(社会保障、科学技術担当)。2011年~東京医療保健大学教授。