洋酒文化の歴史的考察
洋酒文化の歴史的考察

IX ジントニックの現在・過去・未来(8)

トニックウォーターと言うと、洒落たバーに入ってきたビジネスマンがジンと合わせて一杯目に頼む、スタイリッシュな飲み物というイメージがある。その延長から、日本に入ってきた時期も戦後になってから……と思う人も多いだろう。筆者も、ジンはともかく、トニックに関しては最近になるまでそんなイメージを持っていた。 幕末に上陸したトニックウォーター  しかし、さまざまな資料に当たってみると、トニックウォーターをはじ […]
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洋酒文化の歴史的考察

IX ジントニックの現在・過去・未来(7)

戦前のバーはさまざまなジンを揃えていた  戦前、とくに昭和10(1935~)年代に入ってからの日本には現在でも驚くほどのバー文化がカフェーやホテルを舞台に花開いており、現代のバーも顔負けのラインナップが亀屋鶴五郎商店(※1)や明治屋(※2)には並んでいたことに拙稿では触れてきたが、ジンのラインナップからもその華やかぶりがわかる。  ゴードン(ギロン商会)、ギルビー(イースタン・トレーディング)、ビ […]
出島時代のオランダのジンボトル
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IX ジントニックの現在・過去・未来(6)

家宝にさえなった“量産品”  コンプラ瓶が江戸時代に日本酒と醤油の輸出に限って使われていた“日本からの輸出限定瓶”だったのに対し、ケルデル瓶は外から日本に持ち込まれる瓶である。また、用途はジュネバに限らず、ロンドン・ドライジンやバーボン、ウイスキー等の輸送にも使われていた。  当時としては近代的な大量生産システムで作られたケルデル瓶だったが、日本では“量産品”としてはとらえられていなかった。そもそ […]
デカイパー社の復刻ジュネバ
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IX ジントニックの現在・過去・未来(5)

 古来、人間は液体を運ぶためにさまざまな道具を使ってきた。筆者は今回ジンについて書くまで「洋酒は現在のガラス瓶と変わらない形の瓶に入っており、例外的に昔のジュネバは茶色い陶器瓶、ウイスキーはストーン・フラゴンと呼ばれる釉薬をかけた陶器瓶に入っていた」くらいの知識しかなかった。それまで何度か博物館などの資料で「昔の洋酒瓶」という写真は見てきたものの、その時代による推移に気付いたことはなかったわけだ。 […]
ヘンドリック・ヅーフ
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IX ジントニックの現在・過去・未来(4)

1803年に長崎のオランダ商館長としてヘンドリック・ヅーフが着任した時代は、オランダという国自体が存亡の危機に立たされた苦難の時代だった。そのなかにあって生活に困窮しながらもオランダ人としての誇りを最後まで失わなかった彼に、当時の日本人も敬意の目を注いでいたことを前回は説明した。 監視役の庭にあった材料 「何かヅーフの力になれることはないか」そう強く思った日本人の一人に茂伝之進がいた。  長崎奉行 […]
洋酒文化の歴史的考察
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IX ジントニックの現在・過去・未来(3)

日本におけるジンの物語を始めるためには、いささか酒の話からは脱線するのだが、江戸幕府時代のオランダ商館長(カピタン)ヘンドリック・ヅーフ(Hendrik Doeff)の話から始めなければならない。 出島に取り残されたヅーフ  アムステルダム生まれの彼は寛政11(1799)年にオランダ東インド会社の書記として日本に着任するのだが、彼が初めて訪れて実際に目にした日本のオランダ商館は沈滞のただ中にあった […]
ジン横丁
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IX ジントニックの現在・過去・未来(2)

ジンの歴史は蒸溜技術を人間が知った頃からさほど時を置かずに始まっているので、その“創世記”には学生時代にしか縁のなさそうなヨーロッパの王様の名前や事件がひょいひょい顔を出して面喰らう。ここで細かいジンの足取りと成長過程を調べていると、いつまでたっても日本にたどり着けなくなるので、19世紀にジンとトニックが邂逅を果たすまでを駆け足で簡単に見ていこう。
ジントニック
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家飲みでうまいジントニックを楽しむ

今年の夏は、本当にジントニックばかり飲んでいた。100円ショップで買ってきた氷から大ぶりのものを選んでパイントグラスに放り込み、顔なじみの八百屋が安くしてくれるライムをたっぷり絞って、タンカレーを目分量で注ぐ。ウィルキンソンのトニックを注いで、アンゴスチュラ・ビタースを数滴垂らせばうまいジントニックが素人でも簡単に出来るから、気が付けば夏の2カ月ほどでジンを4本は空にしていた。
「The World's Drinks And How To Mix Them」(1908=明治41年)
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VIII 日本人の知らないジャパニーズ・カクテル/ミカド(18)

再現したジャパニーズ・カクテルの香りは醸造酒の持つ複雑な香りを持ち、最初の口当たりも紹興酒のそれに似たものを感じさせた。ただし、近さを感じさせる一方、すれ違う部分もある。そこで筆者が気になったのは、ベースとなるブランデーの質だった。J.トーマスのものは、最高級のブランデーが使われていた可能性が高いのだ。
洋酒文化の歴史的考察
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VIII 日本人の知らないジャパニーズ・カクテル/ミカド(14)

サンフランシスコに渡った中国南方の人々が、ふるさとで飲み慣れた酒は蒸留酒の白酒(バイチュウ)ではなく醸造酒の紹興酒だ。だから、J.トーマスの時代のサンフランシスコのチャイナ・タウンには紹興酒があったと推測できる。そして、J.トーマスは当地にいたのである。