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1974年山口県生まれ。1995年エジプト・カイロ大学文学部東洋言語学科セム語専科中退。Sony Gulf(ドバイ)勤務を経て、2000年農業技術通信社入社。日本唯一の農業ビジネス誌「農業経営者」副編集長、ジャガイモ専門誌「ポテカル」編集長、農業総合専門サイト「農業ビジネス」編集長、みんなの農業商品サイト「Eooo!」(エオー)運営責任者。著書に「日本は世界5位の農業大国」(講談社)、「日本の農業が必ず復活する45の理由」
(文藝春秋)、「農業で稼ぐ! 経済学」
(共著/PHP研究所)、「どうなる! 日本の景気」
(同)がある。
1961年北海道生まれ。周囲の誰も興味を持たないものを丹念に調べる楽しさに魅入られ、学生時代はロシアの文物にのめり込む。その後、幻に包まれた戦前の洋酒文化の調査に没頭し、大正、明治、さらに江戸時代と史料をあたり、行動は図書館にバーにと神出鬼没。これまでにダイナースクラブ会員誌「Signature」、「男の隠れ家」(朝日新聞出版)に誰も知らない洋酒の話を連載。研究は幻の酒アブサン(Absinthe)にも及び、「日経MJ」に寄稿したほか、J-WAVE、FM静岡にも出演。こよなく愛する酒は「Moskovskaya」。
宮城県生まれ。東北大学大学院薬学研究科博士課程前期二年修了。薬学博士。専門は薬理学、生化学。「食品安全情報blog」で食品の安全や健康などに関してさまざまな情報を発信している。著書に「ほんとうの『食の安全』を考える―ゼロリスクという幻想」(化学同人)。
1949年生まれ。22歳で家業の菊屋大久保酒店(東京都小金井市)を継ぎ、ワインに特化した経営に舵を切る。「酒販ニュース」(醸造産業新聞社)に寄稿した「酒屋生かさぬように殺さぬように」で注目を浴びる。また、ワインの品質劣化の多くが物流段階で発生していることに気付き、その改善の第一歩として同紙上でワインのリーファー輸送の提案を行った。その後も、輸送、保管、テイスティングなどについても革新的な提案を続けている。
1942年大阪府生まれ。65年大阪外国語大学中国語科卒業。同年トヨタ自動車販売(現トヨタ自動車)入社。中国、中近東、アフリカ諸国への輸出に携わる。80年初代北京事務所所長。90年ハーレーダビッドソンジャパン入社。91年~2008年同社社長。2009年アンクルアウルコンサルティングを立ち上げ、経営実績と経験を生かしたコンサルティング活動を展開中。著書に「アメリカ車はなぜ日本で売れないのか」(光文社)、「巨象に勝ったハーレーダビッドソンジャパンの信念」
(丸善)、「ハーレーダビッドソン ジャパン実践営業革新」
、「日本発ハーレダビッドソンがめざした顧客との『絆』づくり」
(ともにファーストプレス)などがある。
●アンクル・アウル コンサルティング
http://uncle-owl.jp/
1973年日本経済新聞入社。88年3月日経マグロウヒル社(現日経BP社)に出向。「日経レストラン」の創刊準備に携わり、創刊時、副編集長。91年から約9年間編集長を務めた後、「日経レストラン」「日経食品マーケット」発行人を歴任。現在、大正大学、東京栄養食糧専門学校非常勤講師。(社)オープン・フードサービス・システム・コンソーシアム代表理事、電化厨房フォーラム21運営委員長兼フードビジネス部会長、(社)日本アイスクリーム協会・学識理事などを務めている。
1964年生まれ。北海道出身。週刊誌記者、漫画編集者を経て、WEB製作会社で勤務。震災後、通勤困難を経験して、メタボ対策のためにも、自転車通勤をするようになる。おいしいものを食べることが何より好きな健康チューネン。いかにも飲めそうなヒゲ面のくせに下戸。
1988年中央大学卒業。柴田書店「月刊食堂」編集者、日経BP社「日経レストラン」記者、農業技術通信社取締役「農業経営者」副編集長兼出版部長等を経て独立。2010年10月株式会社香雪社を設立。「FoodScience」(日経BP社)では「食の損得感情」を連載。著書に「農業成功マニュアル―『農家になる!』夢を現実に」(翔泳社)、「外食業界のしくみ」
「食品業界のしくみ」
(ともにナツメ社)、「農業をはじめたい人の本―作物別にわかる就農完全ガイド」
(監修、成美堂出版)。
公益社団法人日本消費生活アドバイザー・コンサルタント協会会員。東京都食品安全情報評価委員会委員。日本経済新聞、「FoodScience」(日経BP社)などに執筆。
1964年生まれ。11歳よりギターを始め、15歳でハービー・ハンコック「処女航海」を聴いてジャズに開眼。広告代理店勤務の傍ら、02年アン・ミュージック・スクールで小嶋利勝、直居隆雄、両氏に師事し、07年特待生で修了。この間04年脱サラし、自己のグループ「The Sleek Jazz Trio~Quartet」を中心に、首都圏のライブハウス、カフェ、レストラン、ホテル等で演奏活動中。ブログ「新宿御苑〜荒木町雑記」。
1964年生まれ、新潟県出身。早稲田大学法学部卒業後、日経BP社入社。「日経ビジネス」編集部を経て、1988年の「日経レストラン」創刊に参加。「旅名人」編集部、「日経レストラン」副編集長、「日経ベンチャー」副編集長を経て、2008年12月まで「日経レストラン」編集長。現在日経BPコンサルティングで多彩なメディアを企画する一方、生涯「外食応援団」としてキーパーソンの発掘・交流を続けている。著書に「旅名人ブックス4 ボルドー」「旅名人ブックス13 ブルゴーニュ」
(ともに日経BP社)がある。
農学博士。国立医薬品食品衛生研究所は、医薬品、食品、その他生活環境中に存在する物質について、品質、安全性、有効性を評価するための試験、研究、調査を行う機関。 安全情報部の「食品安全情報」は、食品の安全性に関する国際機関や各国公的機関等の最新情報を伝える。
1961年京都大学農学部水産学科卒業。森永乳業入社。同社研究所、各地の工場勤務を経て91年取締役、本社生産部長。93年常務取締役、99年専務取締役。生産部、エンジニアリング部、資材部所管、食品総合研究所、栄養科学研究所、生物科学研究所、装置科学研究所、分析センターを所管。2001年取締役を退任し技術顧問就任。現在同社参与。著書に「消費者志向の食品包装戦略と技術」(サイエンスフォーラム、編著、2004年)、「現場必携 微生物殺菌実用データ集」(サイエンスフォーラム、編集委員、2005年)、「医薬品、化粧品、食品分野の洗浄・殺菌技術」(技術情報協会、共著、2006年)。
在日米国大使館海外農務局(貿易政策とバイオテクノロジーを担当)、日本モンサント(バイオテクノロジーに関する情報提供プログラムを担当)を経て、2008年8月より現職。
札幌出身のライター。東京で食と旅の専門誌で編集者を務めたあとUターンし、地元北海道の食と農産物を追いかける。レストラン、パン、お菓子のガイドブックを多数編集。食生活の一部はブログ「slowfood + sweet tooth」で公開中。北海道スローフードフレンズ会員。
某ファストフードチェーン勤務。この道20年の現役マーチャンダイザー。仕入れのために日本中、世界中の産地と工場を訪ね、新商品の設計から物流までに知恵を絞る毎日。
1960年生まれ。東京外国語大学卒業。JA全農飼料部、総合企画部、米国全農組貿株式会社勤務等を経て、2006年4月より宮城大学食産業学部フードビジネス学科教授。経営学修士、法学修士。著書に「アグリビジネスにおける集中と環境――種子および食肉加工産業における集中と競争力」(清水弘文堂書房)、「空飛ぶ豚と海を渡るトウモロコシ」
(日経BPコンサルティング)などがある。
1958年北海道長沼町生まれ。大学を1カ月で中退後、新規就農に近い形で農業を始め、現在、麦作、大豆作で110ha近くを経営。遺伝子組換え大豆の栽培・販売を明らかにしたことで、反対派の批判の対象になっている。FoodScience(日経BP社)では「北海道よもやま話」を連載。
1975年生まれ。通常のテレビ番組と通販番組を手がけて12年。ひと昔前、一段下に見られていた感のある通販番組とその市場の成長に驚くばかり。同時に「やっててよかった~」とありがたい食い扶持があることにホッ……。しかし、膨大なグルメ情報、健康情報、お得情報などを発信し続けていながら、本人は全く活用できていない。自分が通販アイテムを買って続けるなら髪関係だろうかと、毛根と〆切が気になる人。
休刊中の日経BP社「FoodScience」に食品技術士Yとして執筆。元ヒゲタ醤油品質保証室長、2010年独立。ブログ「食品技術士Yちょいワク『食ノート』」を執筆中。
1965年生まれ。北海道函館市出身。1985年よりグラフィックデザイナー、コピーライターとして、商品パッケージや書籍の装丁、企業や映画の広告制作に携わる。漫画・アニメの研究はライフワークのひとつ。
1974年から1998年まで生協に勤務し仕入れや商品開発にかかわる。1999年Webサイト「安心!?食べ物情報」を開設し、生協時代の経験を活かした、食に関する情報発信を行う。メールマガジン「安心!?食べ物情報 Food Review」を毎週発行中。また、その前年からWebサイト「宮沢賢治の童話と詩 森羅情報サービス」を運営している。2010年、中国・大連に食品販売会社を設立、総経理となる。著書に「『食の安全』心配御無用!」(朝日新聞社)、「食の安全 裏側の話―元生協仕入れ担当者が明かすつくり手の事情・消費者の言い分」
(カザン)。和歌山市在住。
元米国食品医薬品局(FDA)バイオテクノロジー安全性専門官 1965年 Ohio State University卒業。72年 University Of New Hampshire博士号取得、77年FDA入庁、85年FDAバイオテクノロジー・コーディネーター、99年経済協力開発機構(OECD)への米国代表団代表。06年よりJ.H.Maryanski LLC 農業・食品バイオテクノロジーコンサルタント代表。
埼玉県出身。高校時代に当時の文芸坐や火災前のフィルムセンターに通いつめ、マゼンタ色に耐色した大島渚の「日本の夜と霧」に仰天し、有楽シネマでリヴァイバル公開されたブレッソンの「抵抗」とゴダールの「気狂いピエロ」にとどめを刺され、映画を志すようになるが、すぐに「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされることになる。TV・劇場用映画の美術スタッフを10年、食関連分野の月刊誌の編集を5年務めたのち、現在は各種出版物やITメディアを制作する編集者。2009年、映画検定1級取得。年間映画観賞本数400本以上(映画館のみ)。