握りずしが“まがいもの”のそしりを受けなかったことに学ぶ

メニュー虚偽表示のような不正が発生する要因は、店や会社の中だけでなく、需用者/消費者の側にもあります。店や会社には、これを減らしていく努力も必要です。

 前回の後半で、インジェクションビーフの例を挙げましたが、このような技術を知らなかった消費者には、それが食肉の加工法として過剰だとか過激な手法だと感じられるかもしれません。しかし、安価な赤身肉に風味のよい牛脂を合わせることは、ハンバーグやハンバーガーのパティでかなり以前から行われてきた技法であり、実際にその味が評価されてきた歴史があります。

 食に限らないことですが、ある形・性能の品物を得るための方法は一つとは限らず、複数あるものです。

 餅のような食べ物は、大昔は水に浸した米を砕いて加工するシトギが主流でしたが、大陸で柄の付いた杵が発明されると臼と杵で搗く餅が主流となり、さらに電気モーターが発明された後にはボウルの中で羽根を回転させて餅を搗く機械が作られ、普及しました。このように技術は新しいものが開発され、旧式に取って代わったり併存したりするものです。

すしの発明が平成であれば市場は許したか?

 日本の食べ物の中で、近世に最も過激な変化が起こったものの一つと私が考えるものは、すしです。日本に古くからあったすしは、魚と塩と飯を合わせて乳酸発酵させるなれずしでした。ところが江戸時代後半に入って、炊いた飯に食酢を混ぜたシャリを、料理した魚と一緒に握る握りずしが発明されたわけです。これによってすしの加工時間を短縮し、ツーオーダー調理と計画生産が可能になったわけです。

 しかし、すしと言えばなれずしだと思っていた当時の人たちには、何とも奇妙なものが出来たものだと感じられたことでしょう。それを「妖術」に見立てた表現が、川柳や書物のタイトルとして残っています。もしも握りずしの発明が江戸時代ではなく平成の現代であったなら、「すしの偽物」と言われたかもしれません。

 それでも握りずしが悪く言われず、むしろ人気を得ていった一因は、その魔術のような加工がお客の目前で行われることが普通になったためであるように思われます。

 餅も、杵搗きのほうがよいように宣伝されることもありますが、回転する羽根で搗く餅が「餅の偽物」と言われることなく今日の市場で受け容れられているのも、その方式が家庭用の機械として普及し、加工の全行程を自分の目で見た経験のある人が多いことが大きく影響しているのではないでしょうか。

 新しい技術、従来とは異なる製法を採り入れたときは、このように実際の加工法を伝え、可能なら目で見えるようにするコミュニケーションが重要なのです。

 前回のおしまいで「発注者/消費者が、彼ら自身の利益になるような要求を持つよう、適切に働きかける」と記したのは、このことです。ある方法にメリットや合理性があると考えて採用するならば、供給者と需用者とでそのメリットや合理性を共有できるように、それを包み隠さず正確に伝える努力が必要です。それを怠れば「ウソ」「偽物」と見なされてしまうのです。そうなれば、せっかく勝ち取ってきた人気が一瞬にして崩れ、人気の高さに比例するぐらいに大きな反感を買うことになるでしょう。

繁盛店は店の中のウソをなくすことに熱心

 ですから、繁盛店、とくに人気を長く持続させている繁盛店ほど、経営者は正直なものです。

 例として、私が昔アルバイトをしていた店のマスターのお話を披露しておきましょう。

 あるとき「フレッシュジュースをください」と言うお客さんがいました。このときマスターがすかさず答えて言ったのは、こんなことでした――「すみません。ウチはフレッシュじゃないんですよ。パックで仕入れているものです。でもこれ、僕がいちばん好きなジュースなんですよ」。

 またあるときは、お客さん同士が「スパゲティ、歯ごたえがよくておいしいわね。茹で立てね」と話していました。しかし、この店では当時茹で立ては出していませんでした。スパゲティを半分程度の時間ボイルして、サラダ油をからめて冷蔵庫で管理し、注文を受けると短時間の再ボイルで温めて使うというやり方です。このとき、マスターはその方法をお客さんにすっかり説明してしまいました。そして、このお客さんたちは、ちゃんとまた来店してくれたのです。

 このマスターはもともと「ウソをつくなんて気持ち悪くてイヤだ」というタイプの人でしたが、繁盛店の経営者の全員が最初から聖人君子のような人だったとは限りません。経営を続け、いろいろな経験を積む中で正直になっていったという人も多いものです。

 商業界創業者の故倉本長治氏の言葉に「店の中にはウソがある。一日一日、そのウソを一つずつなくしていこう」というものがあります。

 このウソには、もちろん単純なウソも含まれます。しかしその他に、「いちばんよいものを提供しよう」と念じながら、創業初期には資金が足りず、仕入れたり作ったりしたものがいちばんとは言えない状態であるということも「店の中のウソ」の一つです。そういうものを少しずつでもなくしていくよう努力し続け、経営者が考えていること、従業員が考えていること、そしてお客が考えていることのいずれにも差がないようにしていくのです。そうして、表示し、宣伝し、評判になっている事柄と、店や商品の実際が一致するようにしていく継続的な活動が、イメージを傷つけるリスクを減らし、持続可能な繁盛につながるということです。

齋藤訓之
About 齋藤訓之 289 Articles
Food Watch Japan編集長 さいとう・さとし 1988年中央大学卒業。柴田書店「月刊食堂」編集者、日経BP社「日経レストラン」記者、農業技術通信社取締役「農業経営者」副編集長兼出版部長等を経て独立。2010年10月株式会社香雪社を設立。「FoodScience」(日経BP社)では「食の損得感情」を連載。公益財団法人流通経済研究所客員研究員。亜細亜大学経営学部ホスピタリティ・マネジメント学科非常勤講師。昭和女子大学現代ビジネス研究所研究員。日本フードサービス学会会員。著書に「有機野菜はウソをつく」(SBクリエイティブ)、「食品業界のしくみ」「外食業界のしくみ」(ともにナツメ社)、「農業成功マニュアル―『農家になる!』夢を現実に」(翔泳社)、共著・監修に「創発する営業」(上原征彦編著ほか、丸善出版)、「創発するマーケティング」(井関利明・上原征彦著ほか、日経BPコンサルティング)、「農業をはじめたい人の本―作物別にわかる就農完全ガイド」(監修、成美堂出版)など。※amazon著者ページ → ※齋藤訓之のブログ →