「付加価値」が一種類と考えるから間違える

お客と店がやりとりするもののうち“金銭であがなえないもの”について、お客が発する「ごちそうさま」「ありがとう」という言葉で説明してきました。では、店がお客に渡す“金銭であがなえないもの”とはどんなものでしょうか。

一口に「付加価値」と言うが……

 それはたとえば料理の腕前であったり、笑顔であったり、親切な振る舞いであったり、気の利いた心づかいであったり、居心地のよい空間であったりとさまざまに考えられます。

 通常、こうしたものが付加価値であるという風に説明されることが多いものです。付加価値というのは、仕入れたものに手を掛けることで加えられる価値という意味です。たとえば、どの店でも使っている肉に、その店ならではの調理を施して特別な肉料理とし、親切に提供すると付加価値が付いて利益が生まれる。したがって、調理技術、笑顔、親切、心づかい、居心地などなどによって付加価値を付けることができれば商品価格はアップできるとも説明されることがよくあります。

 それ、本当だと思いますか?

付加価値の計算方法の2つ

 付加価値の計算方法としては、いろいろな数式が提案されています。まず、ここが曲者です。「売上高」や「粗利益」(外食産業では荒利益と書くことが多い)や「総資本回転率」などなどは定義がはっきり決まっています。それに対して「付加価値」の定義は一定せず、それがどんなものであるかは意見が分かれているということです。

 であるにもかかわらず、多くのトップは「付加価値を高めろ!」と号令するわけですが、自社なりの定義をはっきりさせないままにこの言葉を連発すれば、会社が混乱して各部署・各人の行動がばらばらになるばかりです。注意してかからなければなりません。

 ここでは、代表的な付加価値の計算方法を2つ取り上げることにしましょう。「中小企業庁方式」というものと、「日銀方式」というものです。

 まず、中小企業庁方式では以下のようになります。

●中小企業庁方式の付加価値の計算

付加価値=売上高-外部購入価値※

※外部購入価値:材料費、購入部品費、外注加工費、運送費などを含む。

 かなりざっくりしています。

 1個20円の鶏卵を熱したフライパンに割り落として目玉焼きにしたところ50円で売れた。その場合、50円から材料費20円といくばくかの光熱費を引けば、それが付加価値額だというわけです。

 さて、これを提供するとき、ウエイター/ウエイトレスがお客に微笑みかけたとします。お客はうれしくなり、その食事の価値が増した。では、この微笑みの価値も、その30円に含まれているでしょうか。

 普通、そうだと思いますよね。

 でも、このお話の前提を思い出してください。私はお客と店がやりとりするもののうち“金銭であがなえないもの”についてのお話をしているのです。“微笑み”というのは、その例の一つとして挙げたものです。つまり、上記の数式の「売上高」に“微笑みの価額”すなわち“金銭であがなえないもの”は含まれてないのです。そこから「外部購入価値」を引いても、そこに突然“微笑みの価額”が湧き出して「付加価値」に含まれると考えるのは非科学的です。

 わが社のA店と、競合B店が並んで営業しているとします。どちらも20円の鶏卵で50円の目玉焼きを提供している。厨房設備も実は同じ。ただし、わが社A店のウエイター/ウエイトレスは微笑むが、B店は愛想がないので有名である。でも、目玉焼き50円は同じです。だとすれば、目玉焼き一皿の売上高は同じで、それが生み出す付加価値も同じということになります。

 笑顔の分の価値はどこへ行ってしまったのでしょう?

 ここで、もう一つの付加価値の計算方法、日銀方式を見てみましょう。

●日銀方式の付加価値の計算

付加価値=経常利益+人件費+貸借料+減価償却費+金融費用+租税公課

 いろいろな要素が並んで、中小企業庁方式に比べてだいぶ長ったらしくなっています。でも、だいたい同じものを指していると言っていいでしょう。野球の「バッテリーを定義せよ」と言われた場合、「ピッチャーとキャッチャーです」と答えるか、「ナインのうち、ファースト、セカンド、サード、ショート、レフト、センター、ライトを除いた残りです」と答えるかの違いのようなものです。

 しかし、この式で見ると、“微笑みの価額”はどうも「人件費」に含まれていそうだと見当が付くでしょう。人件費には、給与、賞与、福利厚生費が含まれ、チェーンストアでは教育訓練費もこれに含めて考えよというところが多いものです。微笑みは、給料をもらい、福利厚生やトレーニングも受けて安心して働いている人の顔に表れるでしょうから、これは納得です。

付加価値には2種類がある

 でも待ってください。この日銀方式の数式の右側に材料費など外部に支払う金額を足せば「売上高」になるはずです。しかし、中小企業庁方式のところで見たように、目玉焼き一皿の売上高に“微笑みの価額”は含まれないはずでした。今度は、せっかく見えていた“微笑みの価額”が消滅してしまいます。これはどうしたことでしょうか。

 ここまで言えば、みなさんは私の説明にズルがあると気づくでしょう。ここまでの説明では「目玉焼きの一皿」だけについてお話ししてきました。しかし、店の売上げは目玉焼き1つだけで成り立つのではありません。売上高がなんであるか、見直しておきましょう。ざっと、以下のように定義できるのが売上高です。

●売上高とは

売上高=商品単価×販売個数

あるいは

売上高=客単価×客数

「目玉焼き50円」というのは、上記の式では「商品単価」、もしも1人のお客がそれしか食べない業態であれば(というのはないでしょうけれど)、それが「客単価」となります。“金銭であがなえないもの”はその定義から言って「商品単価」や「客単価」には含まれないのです。

 そうすると、俄然見えてくるではありませんか。“金銭であがなえないもの”は、「商品単価」や「客単価」には含まれないものの、「販売個数」や「客数」に効いているらしいと。

 一方、“鶏卵を熱したフライパンに割り落として目玉焼きにする”という、微笑みのあるA店でも無愛想なB店でも共通に行っている作業自体の費用は同等であるはずです。これも明らかに付加価値なのですが、こちらは「商品単価」や「客単価」に含まれています。というのは、この種の付加価値は機械メーカーや自動車ディーラーで言えば「工賃」というものに当たります。自動車を修理に出したことがある人ならすぐにわかるでしょう。自動車ディーラーがくれた見積書には「工賃」の単価がきちんと記されていたはずです。こちらは計測可能で“金銭であがなえる”タイプの付加価値です。

 しかと理解してください。よくトップが「付加価値を高めろ!」と号令する「付加価値」には、「商品単価」や「客単価」に含まれる「付加価値」と、「販売個数」や「客数」に効く「付加価値」との2種類があるのです。それを、一つの言葉でいっしょくたにして言ったり考えたり号令したりするために、外食産業のみならず、多くのビジネスがいろいろなしくじりをしでかすのです。

 この違いと、とくに後者について、さらに深掘りしていきます。

齋藤訓之
About 齋藤訓之 289 Articles
Food Watch Japan編集長 さいとう・さとし 1988年中央大学卒業。柴田書店「月刊食堂」編集者、日経BP社「日経レストラン」記者、農業技術通信社取締役「農業経営者」副編集長兼出版部長等を経て独立。2010年10月株式会社香雪社を設立。「FoodScience」(日経BP社)では「食の損得感情」を連載。公益財団法人流通経済研究所客員研究員。亜細亜大学経営学部ホスピタリティ・マネジメント学科非常勤講師。昭和女子大学現代ビジネス研究所研究員。日本フードサービス学会会員。著書に「有機野菜はウソをつく」(SBクリエイティブ)、「食品業界のしくみ」「外食業界のしくみ」(ともにナツメ社)、「農業成功マニュアル―『農家になる!』夢を現実に」(翔泳社)、共著・監修に「創発する営業」(上原征彦編著ほか、丸善出版)、「創発するマーケティング」(井関利明・上原征彦著ほか、日経BPコンサルティング)、「農業をはじめたい人の本―作物別にわかる就農完全ガイド」(監修、成美堂出版)など。※amazon著者ページ → ※齋藤訓之のブログ →