「ごちそうさま」が欲深い経営に役立つ

今回からは、“付加価値の正体”ということについてお話していきます。これは“欲が深い”人のためのお話です。「『ごちそうさま』はなぜ言うのか」ということから、恐らくほとんどの方が聞いたことのないお話をしていきます。

“欲深い経営”とは持続可能な経営のこと

“欲が深い”というのは、私がよく教えを乞うている茨城県牛久市の農家、高松求さんに教わった経営の姿勢です。

 高松さんは、水田や畑に対して、よくたいへんな回り道をしたり、他の人がかけない手間やコストをかけます。たとえば、「農業は収穫からスタートする」と言って、秋には畑に緑肥(ソルゴー)を蒔きます。芽が出て十分生長すると、これを機械で倒していく。倒しても枯れずに生きています。これをグラウンドカバーとして、冬季の風による作土の喪失を防ぎます。これを春先にプラウ(洋鋤)で土の中に鋤き込んでしまう。

 よく、緑肥を化学肥料の対極にあるものとの認識で手放しにほめる人がいますが、農家にとっては手間とコストがかかるばかりで収穫物はありませんから、全くのムダとして嫌う人は多いものです。それを高松さんが行うのは、「オレは欲が深いから」だと言います。足元の売上げとコストだけを気にするのではなく、永続的に穫れる、持続可能な経営を狙う、そのことを高松さんは「欲が深い」と言うのです。

 農業だけでなく、工業、商業、サービス業にも、“欲が深い”経営はあるでしょう。これからお話ししていく“付加価値の正体”は、“欲が浅い”人には何の役にも立たないでしょう。“欲が深い”経営者の方だけ読んでいただければと思います。

お金であがなえないものに「ごちそうさま」

 さて、「ごちそうさま」という言葉、それを口にし、耳にする習慣について考えることから、“付加価値の正体”というものを見破る冒険に出ましょう。

「いただきます」「ごちそうさま」――これらは、日本の美しい言葉の習慣の一つであるということは、まず疑いないことでしょう。多くの家庭で、「いただきます」「ごちそうさま」をきちんと言える子になりなさいと教えていることと思います。これらの言葉は、実はそう古い言葉ではなさそうですが、起源の話をしていると長くなるので、また両方を扱っているとややこしくなるので、その一方の「ごちそうさま」についてだけ、今日の私たちの社会で行われている習慣に沿って考えていきます。

 と言いながら昔話になるのですが、今を去ること三十数年前、私が田舎の中学生だったときのことです。ある日曜日、仲のよい友人と自転車をこいでレコードを買いに行き、その帰りにラーメン屋さんに寄ってラーメンを食べて来ました。それは、自分の小遣いで外食をする、自分の財布からお金を出してお店で食事をする最初の経験でした。

 カウンターについてお店の人に注文をして、するとおじさんがそれを目の前で一生懸命作ってくれる。なんともわくわくするものでした。

 食べ終わった後、割り勘と言うか、銘々で会計をしたのですが、まず友人がレジに向かいます。それで私は、ここで「あっ」と驚いたのです。友人はお金を払うだけでなく、お店の人に「ごちそうさま」と言っている。私は昔から変な子だったのですが、友人がお店の人に「ごちそうさま」と言っているそのことが、私にはうまく頭の中で整理がつかなかったのです。

 愚かなやつだと笑ってください。そのときの私の考えはこうでした。自宅で母が、あるいは友人宅で友人のお母さんが、何かおいしいものを作ってくれて、それは当然に“無料”であるために、そのお礼として「ごちそうさま」を言うのだと思っていたのです。一方、お店の人は商売でラーメンを作っている。その対価はお金で支払う。だから、「ごちそうさま」を言う必要はないのではないか、そう思い込んでいたのです。今思えば、本当にばかばかしく恥ずかしい話ですが、あの頃、実はそうでした。

 でも、その友人のおかげで、私はお店でも「ごちそうさま」を言うものだと教わりましたし、その後は誰かの家だろうとお店だろうと、これを言わないでは落ち着かないというようにもなりました。彼に伝えたい感謝の気持ちはもう一つ、この「ごちそうさま」なる言葉はなんであるか、その後もずっと考えるようになるきっかけをもらったことです。

 みなさんは考えたことがありますか? お店で食事をした後、その対価をお金で支払った上に、お金を支払うことのない相手に対してと同じように「ごちそうさま」を言うのはなぜなのか。

 これはこの先も話題を変えながらいろいろに説明していきますが、お客はお店で食事をしたときに、お金ではあがなえない何かを受け取っているために、「ごちそうさま」という言葉はあるのです。ラーメン1杯を用意して目の前に置いてくれて、後でそれを片づけることについては、お金を払うことができます。しかし、この一連の時間の中に、お金ではあがなえない何かを、お客は別途受け取っているのです。だから、お金とは別に「ごちそうさま」を言うのだと、私は理解しています。

 そして、この「お金ではあがなえない何か」のあたりに、「付加価値の正体」が潜んでいるのです。それをもっと明らかにし、何であるかを理解すれば、必ずや“欲の深い”経営の役に立つのです。

 ここをさらに掘り下げていきます。

齋藤訓之
About 齋藤訓之 289 Articles
Food Watch Japan編集長 さいとう・さとし 1988年中央大学卒業。柴田書店「月刊食堂」編集者、日経BP社「日経レストラン」記者、農業技術通信社取締役「農業経営者」副編集長兼出版部長等を経て独立。2010年10月株式会社香雪社を設立。「FoodScience」(日経BP社)では「食の損得感情」を連載。公益財団法人流通経済研究所客員研究員。亜細亜大学経営学部ホスピタリティ・マネジメント学科非常勤講師。昭和女子大学現代ビジネス研究所研究員。日本フードサービス学会会員。著書に「有機野菜はウソをつく」(SBクリエイティブ)、「食品業界のしくみ」「外食業界のしくみ」(ともにナツメ社)、「農業成功マニュアル―『農家になる!』夢を現実に」(翔泳社)、共著・監修に「創発する営業」(上原征彦編著ほか、丸善出版)、「創発するマーケティング」(井関利明・上原征彦著ほか、日経BPコンサルティング)、「農業をはじめたい人の本―作物別にわかる就農完全ガイド」(監修、成美堂出版)など。※amazon著者ページ → ※齋藤訓之のブログ →