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値下げするとお客が減るのはなぜか?(5)マーケティングでいう「死神」とは――低価格路線が招き寄せる地獄の案内人

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前回までは、アンダーマイニングという現象を説明し、値引き・値下げ(値下げとなる価格改定、割引券等の発行、クーポンプログラム、ポイントプログラムなど)が、得意客を遠ざけることになってしまう可能性についてお話ししました。今回からは、値引き・値下げが、逆に、わざわざ努力してまで来店を促すべきではないお客を集めてしまうというお話をします。

目利きを探していたら死神が見つかった

 2000年代に入った頃、マーケティングの専門家の間では、「目利き」というものについての研究がちょっとしたブームになっていました。

 ヒット商品というものについては、実際に大量に売れ始める(火が付く)よりちょっと前に、ある人たちが使い始め、それを肯定的に評価し、周囲にそれを伝えるということがあります。そのような人たちを「目利き」と呼ぶこととします。そして、予め何らかの方法で目利きを見つけ出し、モニターになってもらえば、ある新商品が売れるかどうか、どの新商品が売れるか、そういったことがわかるようになるだろうというのが、「目利き」発掘というアイデアでした。

 これには、いろいろな研究者がいろいろな方法で取り組みました。何を隠そう、私もそのリサーチに携わった一人です。

 ところが、残念ながら、この夢の計画はうまくいきませんでした。いや、どこかに上手に「目利き」を抽出できた研究者がいて、どこかの企業がこっそり運用している可能性はなくはないでしょうが、どうも「目利き」ははっきりこの人たちとは決められないというのが、だいたいの研究者が認めるところでしょう。特定の時期に特定の商品について、「この場合はこの人たちが『目利き』に該当する」ということは言えても、時期や商品の分野によって、「目利き」と言える人たちは入れ替わってしまうとわかってきたのです。

 ところが、このリサーチをする中で、たいへん面白い発見をされた方がいます。慶應義塾大学商学部教授の清水聰氏です。氏によれば、「目利き」はなかなか特定できなかったが、「死神」がいることはわかったと言うのです。

 さあ、たいへんなものが見つかってしまいました。

「目利き」とは、その人たちが選ぶものならば売れるだろうと予測したものです。「死神」とはその逆で、その人たちが選ぶものならば早晩売れなくなってしまうというものです。そして、「目利き」は時によってモノによって層が変わりやすいのですが、なんと「死神」はいつもだいたい同じ人たちだということです。

「死神」の特徴はおよそこのようなものです。

・情報感度が鈍い。何事にも無関心。

・商品に対する価値観が硬直化している。

・価格に敏感。値引きに対する反応が高い。

・一度その商品を気に入ると固定ファンになる。

流行遅れを安く買って喜ぶ人たち

 私は「『コミュニケーション型生活者』を探せ!」(DNPメディアバリュー研究チーム・清水聰共著、日経BP社)という本の編集を担当した際の打ち合わせのときに、清水氏から直接このお話をうかがったのですが、そのとき、私は(ちょっと申し訳ない話ですが)友人の何人かをまざまざと思い浮かべて「アイツが『死神』だな」などと思ってしまったのでした。

 たとえば、学校・大学のクラスや職場などを見渡せば、自分でいろいろ新しい情報を仕入れて新商品は真っ先に試すという人がいます。これが「目利き」的な人でしょう。いつも何か変わったものを持って来て、友人たちから「それなぁに?」と質問され、聞けばけっこう値段が高いねという話になったりする、そういう人がいたことを思い出しませんか。

 そして、クラスや職場の大半の人たちは、「目利き」的な人よりもちょっと遅れて、その新商品を買ったり利用したりするようになり、気がつくとブームとなっていて、テレビなどでも話題になったりということがあります。

 その後しばらくして、みんながその新商品を空気のように当たり前に感じ始めた頃のある日、「死神」君がその商品を所持していることが周囲によって発見されるのです。「○○君もそれ買ったんだ」と話を振ると、「そうだよ話題の商品だよ」と返してくるのですが、実はもうすでに“話題の”とは言えない時期です。そして、「これ、半額で買えたんだぜ。すごいだろ」と、安く買えたことを自慢するのです。しかし、周囲の人間はもうその商品にすっかり慣れているので、「ああそう」としか言えない。

 そして、「死神」君は、いつも、何についても、「死神」なのです。彼がある商品を買うようになると、その商品は遠からず店のシェルフから姿を消すのです。

死神は店に居着くようになる

 さて、昔話や伝説に登場する死神は人の命を奪う役回りですが、マーケティングで言う「死神」は、直接手を下して店や商品の命を奪うわけではありません。ですから、「死神」らしき人が来店したからと言ってあわてることはありません。しかし、彼らは、店や商品が命を失う条件がそろったときに、集まって来るわけです。ですから、お客に「死神」らしき人が増えてきたら、店や商品に改善の余地がある、あるいは思い切ったリニューアルが必要だと考える時期が来ているということです。

 そして、彼らは一度気に入ると固定ファンになるということに注意しなければなりません。店に「死神」が集うようになった状態で客数を維持するためには、価格に敏感な彼ら「死神」が望むように、低価格を打ち出し続けなければならないでしょう。しかも、「死神」は価値観が硬直化している、すなわち商品に時代遅れの特徴を求めるということです。その彼らに合わせていたら、店や商品は、時代遅れであり続けなければならなくなるということです。

 そうなった場合、「目利き」的な人はおろか、「目利き」でも「死神」でもない一般のお客も、なかなか寄りつかない店になっていくでしょう。

 値引き・値下げで集客することは、このように「死神」を呼び寄せ、固定客にしてしまう危険があるのです。価格以外の魅力を常に意識し、低価格を打ち出すことは、もしやるとしても一時的な行動に留めるべきです。

※参考:「perigee」特集・消費社間の情報格差がマーケティングを変える
http://www.yomiuri-is.co.jp/perigee/feature07.html

執筆者

齋藤訓之
齋藤訓之
Food Watch Japan編集長 さいとう・さとし 1988年中央大学卒業。柴田書店「月刊食堂」編集者、日経BP社「日経レストラン」記者、農業技術通信社取締役「農業経営者」副編集長兼出版部長等を経て独立。2010年10月株式会社香雪社を設立。「FoodScience」(日経BP社)では「食の損得感情」を連載。公益財団法人流通経済研究所客員研究員。亜細亜大学経営学部ホスピタリティ・マネジメント学科非常勤講師。昭和女子大学現代ビジネス研究所研究員。日本フードサービス学会会員。著書に「有機野菜はウソをつく」(SBクリエイティブ)、「食品業界のしくみ」「外食業界のしくみ」(ともにナツメ社)、「農業成功マニュアル―『農家になる!』夢を現実に」(翔泳社)、共著・監修に「創発する営業」(上原征彦編著ほか、丸善出版)、「創発するマーケティング」(井関利明・上原征彦著ほか、日経BPコンサルティング)、「農業をはじめたい人の本―作物別にわかる就農完全ガイド」(監修、成美堂出版)など。※amazon著者ページ → ※齋藤訓之のブログ →