「someday――いつか」という日は来ない(3)

(5)胆識

 経営者にとくに求められているのは、「Someday」のタイミングを見極め、迅速に行動として起こすに必要な「胆識」である。

 思想家の安岡正篤は、実務家に必要な三識というものを挙げている。一つは「知識」で、単に知っているというもの。次が「見識」で、これは知識に経験と学問が積まれて生まれるもの。物事の本質を見通す力や判断力が備わったものだと言えるだろう。そして、それに実行力が備わって「胆識」となるというのである。

 経営者は決断を行い、結果を出さなければならない。結果を出せる判断や決断を行うためには、まず「知識」すなわち情報を得た上で、独自の判断力や考え方を加えた「見識」と言う土俵の上に立って物事を迅速・的確に判断し、しかも、その決断に基づいたアクションとして実行、断行できなければならない。そこまでできて「胆識」があるというのである。

 現代社会には、高学歴者が満ちており、「知識」は世の中にあふれている。「見識」を持つ人も多い。これがうまく、一つの目的や理念に基づいてベクトルを合わせられれば、力強く、国際的にも立派にやっていける知恵となるはずである。

 ところが、賢い人たちが集まるときは、まとまった組織や集団になることが必ずしも多くはない。それぞれの“賢い自分”が前面に出過ぎるからである。会社組織でも、何かの委員会でも、有能な人が集まると、話がまとまらないことはしばしばある。今の政治家を見ても、個人的に見れば立派な「知識」「見識」を持つ人も多いと思うが、それゆえに個人的な思いや狙いがあったり、保身として党利党略に走ってしまう。

 それというのも、リーダーに求められる強力な「胆識」が欠けているからだと思えてならない。今の政治の中枢にいる人たちは、まずtimingがつかめない。だから、timingに基づいたstepを踏むこともできない。scheduleも示せない。実効ある実行ができない。

 集まったそれぞれが中途半端に賢い「見識」を持つために、甲がああ言えば乙がこう言うという甲論乙駁に陥り、「知識」のひけらかし合いになる。あるいは、妙な平等意識が働いて、調整へ動いてしまう。結局のところ、必要な決断とは何かを二義的にしか考えない、“自分優先の人間の集団”になってしまい、具体的行動をまとめ上げて行動に移す「胆識」を持つリーダーがいない。

 何も解決できない政治家ばかり。そして会社の経営陣を振り返れば、何かその模型のようになっている。それが現代の日本である。

(6)Get Your Mind Set.

 2005年ころだが、ハーレーダビッドソンジャパンの社長時代にスタッフと米国本社のあるウィスコンシン州ミルウォーキーに出張したときのことだ。そこにある中華料理店で夕食を取った折、最後に出された「フォーチュンクッキー」の中から出てきた紙片に書かれた言葉が、何か今後のビジネスを進めて行く上にきっと参考になるよい言葉だと感じて、大切に持ち帰った。こう書いてある。

Get Your Mind Set … Confidence Will Lead You On.

「覚悟を決めて。自信があなたを導きます」とでもなろうか。

 1912年に26歳で早逝した薄幸の若き天才詩人・石川啄木は、彼の晩年に当たる1910年ごろから強まり行く軍部の台頭、自由主義思想への抑圧傾向がもたらした時代の閉塞感について「時代閉塞の現状を奈何にせむ秋に入りてことに斯く思ふかな」と詠み、また「時代閉塞の現状」なる一文を書きあげている。

※石川啄木「時代閉塞の現状――強権、純粋自然主義の最後および明日の考察」(青空文庫)
http://www.aozora.gr.jp/cards/000153/files/814_20612.html

 現代の日本においても、閉塞感が社会を覆い尽くしている。「グローバル化」「ITの進歩」「新興市場の発展」等、明るい未来を示す言葉が世界中に躍る一方で、若い世代に対しても、高齢者に対しても、共通して社会の全体に広がっている。「失われた20年」の末の「リーマンショック」、そこから立ち直ろうとした矢先の「東日本大震災」であった。それが逆に復興に向けた力として社会に力を与えるかという期待もあったが、さらに周辺国の動向に起因する国際情勢からも不安感はあり、閉塞感からなかなか脱却できずにいる。

 啄木が感じていた「閉塞感」は、彼が「一握の砂」で「はたらけどはたらけど猶わが生活楽にならざりぢっと手を見る」あるいは「友がみなわれよりえらく見ゆる日よ花を買い来て妻としたしむ」と詠った、彼自身の生涯の貧困と失意から直接的に来たものではなかった。

 それが深刻であったとしても、彼が言った閉塞感は、主として軍部の増長、自然主義的な思想の抑圧から来るものであり、それが起こる理由は比較的はっきりしていた。したがって、軍主導の政治の終結によって取り除かれる可能性は大きかった。事実、それから三十余年を経て、戦争という大きな破壊とその挙げ句の敗戦によって日本軍は解体され、戦後の日本は立派に新しい国家を構築できた。

 しかし、現代の閉塞感の要因は複合的であり、一つの主因によるものではない。答えを見つけた者が覚悟をもって当たらなければ、問題は解決されない。

 誰もが今こそ、「Get Your Mind Set.」すなわち覚悟を決めて腹に落として、かからなければならない。「胆識」を持ってこの時代の変革に対応しなければならないときにいる。

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About 奥井俊史 106 Articles
アンクル・アウル コンサルティング主宰 おくい・としふみ 1942年大阪府生まれ。65年大阪外国語大学中国語科卒業。同年トヨタ自動車販売(現トヨタ自動車)入社。中国、中近東、アフリカ諸国への輸出に携わる。80年初代北京事務所所長。90年ハーレーダビッドソンジャパン入社。91年~2008年同社社長。2009年アンクルアウルコンサルティングを立ち上げ、経営実績と経験を生かしたコンサルティング活動を展開中。著書に「アメリカ車はなぜ日本で売れないのか」(光文社)、「巨象に勝ったハーレーダビッドソンジャパンの信念」(丸善)、「ハーレーダビッドソン ジャパン実践営業革新」「日本発ハーレダビッドソンがめざした顧客との『絆』づくり」(ともにファーストプレス)などがある。 ●アンクル・アウル コンサルティング http://uncle-owl.jp/