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テキーラ日本での今日(1)

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人は2種類に分けられる。ライブが好きな人間と、ライブに一生縁がない人間だ。まばゆい光とスモーク、絶叫と歓声、露わな肌から汗を飛び散らせながら上下に飛び跳ねる入場者。DJの一挙手一投足が合図だったかのようにすし詰めの会場が歓声と叫び声で満たされる――ライブ未経験の筆者が想像する「あの世界」はそういうところであり、自分には一生無縁な場所だった……つい先日までは。

テキーラフェスタ2016・東京

メキシコ桜(ハカランダス)を描いたパンフレット

メキシコ桜(ハカランダス)を描いたパンフレット

 いささか唐突な書き出しになったが、「テキーラフェスタ2016・東京」への招待のお話を主催団体のJUAST(Japan United Ambassadors for Spirits and Tequila)からいただいたときは「……さて、どうしたものか」というのが、偽らざる気持ちだった。テキーラと言う暑い国の酒自体に思い入れが薄いこともあったが、それ以上に出席を躊躇した理由は、有名なDJのライブがセットになっていることだった。

 メキシコに春の訪れを告げるメキシコ桜(ハカランダ、ブラジリアン・ローズウッド)を表紙にあしらった「TEQUILA FESTA 2016 in TOKYO」の公式パンフレットをめくってみよう。タブロイド紙の印刷工場だった名前そのままの浜松町「タブロイド」の会場案内に続くページにはテキーラの話でもカクテルの話でもなく、輝かしい略歴を連ねたDJの方々の紹介ページが続いている。冥王星の紅白歌合戦と同じくらい筆者にとって縁の遠い世界ではあるが、彼らの略歴を一瞥しただけでも本格的なライブになるであろうことは想像に難くない。

 イベントの半月以上前から精力的にFacebookでフェスの情報を更新し続けていたJUAST運営メンバーの方々の何人かとは、2012年2月に豊洲で開催された第1回テキーラフェスタ2012のときにお会いしている。そのときのレポート以来のお付き合いになるが、それ以降テキーラをメインにしたレポートは書いていない。

「タブロイド」の中は熱気に包まれていた。

「タブロイド」の中は熱気に包まれていた。

「このままスルーしていれば忙しくなってJUASTも忘れてくれるはずだから、フェスが終わった後で盛会を祝すメッセージでも送っておけばいいだろう」――そんな筆者の気持ちを知ってか知らずか、JUASTからは「ご招待します。いかがですか?」の連絡が頻繁になってくる。ここまで来て無視するのも悪いし、取ってつけたような用事で断るには期日が迫り過ぎていた。

 こうして、気温が日中でも10℃を超えない肌寒さの2016年3月14日土曜日。最寄駅だと告知ポスターに案内されていたゆりかもめ日の出駅に、インフルエンザの予防注射を待つ小学生のような面持ちの筆者が到着した。駅から見渡しても無表情なビルとコンテナ置場が見えるばかりで、駅前にはつきものの商店街どころかコンビニの一店さえ見当たらない。あまりと言えばあまりの殺風景なビルの下、大きなトラックが行き来する音だけが響く大通りを行き来すること三度、ようやく目立つネオンも看板も出ていない秘密基地のような「タブロイド」を見つけた。

女性誌とテキーラ・マエストロの有名人

人気DJ IMARUさん

人気DJ IMARUさん

 会場の中は、寒々しい外の世界を一瞬で忘れるほど多くの若者たちでひしめいていた。会場スタッフから笑顔でパンフレットを渡される。開いて場内の見取り図を確認したいのだが、どこからやってきたのかと思うほど後から後からやってくる入場者の波に捉われた筆者は、タイタニック号から放り出された乗船客のように、あらがうすべもなく人の波に呑み込まれていく。メイン会場は、トイレに向かう細い廊下を抜けた先に突如現れた。

 テキーラ・マエストロ(旧テキーラソムリエ)であり、海外セレブからパーティーのDJとして御指名も掛かるというIMALUさんがパフォーマンスの真っ最中だった。

 人の波から解放されて2階のテラス席から下のライブ・スペースのエリアを眺めてみる。2012年の第1回は入場者が400人だったが、今回は1450人だという。テキーラの人気を支えている人たちはどの年齢層のどんな感じの人たちなのかを見ようと思うのだが、照明が暗いこともあり年齢も男女の比率も分からない。その後会場を回遊した感触としては、おおむね男女比が6:4〜7:3といったところだろうか。他の洋酒イベントと比較すると20代後半から30代の女性が多かったのは、「CREA」や「DRESS」といった女性ファッション誌でテキーラの特集が組まれていたせいなのかもしれない。

 テキーラ・イベント、ライブ、お洒落な女性たち。いやがうえにも筆者が吸う空気が薄くなっていく。

 今回、有名DJの競演と併せてフェスの目玉となっていたのが、やはりテキーラ・マエストロの資格を取得した2人、元フジテレビの人気キャスターの政井マヤさんと、EXILEのÜSA(ウサ)さんのテキーラ対談だ。

 メキシコ人を父に、日本人を母に持ち、2014年の日墨親善大使を務めた政井さんが、ÜSAさんのテキーラへの熱い思いを聞く形のトークショーだった。ÜSAさんが主宰するダンスプロジェクト「DANCE EARTH」の活動について書かれた彼の著書「地球で踊ろう!DANCE EARTH」にも、メキシコとテキーラへの思いが綴られているという。人間、自分が好きなことを語るときには本当に幸せそうな表情になるものだが、今回のトークショーでもテキーラ好きのÜSAさんがMC役の政井さんに尋ねられるままにテキーラ好きの観衆の前で語っている表情はそれを感じさせた。話したい人の話を聞きたい人たちが固唾をのんで聞いている。ÜSAさんが幸せでないわけがない。そんなÜSAさんの幸せオーラが日本全国から1450人もテキーラ好きが集まった会場全体を包み込んでいく。

テキーラ・カクテル・コンペティション

優勝したBチームのメンバー

優勝したBチームのメンバー

 今回のテキーラフェスタ自体は企画立案から開催まで1年3カ月を要したということだが、全国から結集した10チーム、総勢70人によるテキーラ・カクテル・コンペティションにも6カ月間の準備期間を要したという。優勝チームにはメキシコのリゾート地カンクンの4つ星ホテル「パレス・リゾート」の宿泊券3日分が与えられる。ただの部屋代ではない。このホテルはオールインクルージブと言われるシステムを採っており、ホテル内の食事から滞在中のエンターティンメントに至るまですべて込みという豪華賞品が、チームのバーテンダー7名全員にプレゼントされるというから、A〜Jの10チームも真剣だ。

 今回のカクテルコンペの出品作品には、テキーラをベースとするだけではなく、メキシコへの思いや現地の素材、新技術の盛り込み、テキーラに掛ける情熱を感じさせるカクテルが出品されていることが目を引いた。今回のフェスを主催したJUASTがFacebookや公式パンフレットを通じて丁寧に各チームのコンセプトを伝えているので、それらを元にいくつかのチームの出品作品を見てみよう。

 優勝したBチーム(リーダー:土屋智洋/ホテル椿山荘東京)の「ベレッサ・オリエンタル」はメキシコ料理に多用されるチリのパウダーをスノースタイルの素材に使っているが、単にパプリカパウダーを使っただけではなく、これに柚子胡椒とセロリソルトを蜂蜜で練り合わせるという一手間が加えられていた。

 他にもメキシコの代表的フードの一つワカモレ(トルティーヤ用のアボカドディップ)の緑をメロンで表現したAチームの「メロモレ」。メキシコの家庭で広く使われているライム・フレーバーのチリペッパー「タヒン」を使ったGチームの「宵桜」。パンフの表紙にもなっているメキシコ桜の名前を付けたHチームの「ハカランダス」。ホテルバー所属のチームリーダーらしく、ここ数年都内でも人気のミクソロジー技術を使って紫蘇の香りのフォーム(泡)をカクテルに載せたIチームの「エル・ベッソ・デル・アイレ」など。各チームが半年間にわたって試行錯誤を繰り返して完成させた力作が、入場者に供された。

コンペティターの多彩な顔ぶれ

アガバモス(入場者に出された物)

アガバモス(入場者に出された物)

アガバモス(審査員に出された物。写真提供=屋良事務所)

アガバモス(審査員に出された物。写真提供=屋良事務所)

 通常、カクテルの競技会はNBA(日本バーテンダー協会)やPBO(プロフェッショナル・バーメンズ・アソシエーション)の地区ごとの組織にエントリーして地方予選を勝ち抜くか、洋酒業者の告知に応じてエントリーシートを書き、書類審査を経て実技を大会で披露するというプロセスをたどる。ところがテキーラフェスタのカクテルコンペの場合、JUASTがテキーラフェスタの参加者の中から、これはと思った人に声を掛けてチームリーダーを決めていく一本釣り形式という異例の形を採っている。カクテルの知識はもちろん必要だが、現職のバーテンダーである必要はない。

 たとえば、今回筆者が注目した作品の一つ「アガバモス」は、グラスを1枚のキャンバスに見立ててチョコレート・シロップで模様を描き、アールグレイのリキュールに複数のシトラスとミントで春を表現した意欲作だ。会場でも人目を引いたこの力作でコンペに臨んだDチームのチームリーダーは、西麻布の鉄板焼きレストランの方で、バーにもホテルにも所属していない。

 肩書きよりはテキーラの知識、それ以上にテキーラに掛ける情熱がこのカクテルコンペに選手として参加する資格だというのがJUASTの見解で、リーダーをサポートする6名の肩書きにはそば屋や焼き鳥屋といった異色のジャンルも顔を出す。リーダーが個人的な知り合いに声を掛ける場合もあるが、それ以外はJUAST側が推薦した方が残り6名の枠を埋めることになる。

 フェスは1回限りだが、チームリーダーを含めて7店のバーでは、それぞれチームごとの出品作品の制作経験があるわけだ。JUASTのホームページにアクセスして興味がある作品の制作チームに加わっているバーテンダーが所属する店名を調べ、そこのバーを尋ねてみるのも一興だろう。

 世間では「バーの常連」になることをある種のステータスだと感じる方も多い。「お酒の知識が必要なのでは?」「足しげく通わないと駄目なんでしょ」という声も聞く。しかし、紹介者がいないバーに独りで乗り込んで、テキーラフェスタに来た人しか知らないはずのカクテルを注文したら、どうだろう。一発で読者の顔と名前を覚えてくれるはずだ。

 この“作戦”を実行するために必要なのはカクテル名を覚えておくことだけだというのがミソで、JUAST御指名のバーテンダーのテキーラに掛ける思いをカウンターで聞いてさえいればいいということだ。そのバーを二度目に訪れたときには自分の居場所が確保されていることだろう。

 ちょっとサスペンス小説に出てくる見知らぬエージェントとの暗号のやり取りにも似たこの“作戦”を実行したいと思われた読者には、あらかじめ開店時間を「食べログ」などで調べて、開店早々の騒がしくない時間に行かれるといいことも申し添えておこう。

テキーラのキホンを次回……

 筆者が暑い国の酒のことを書くのが苦手なことは、2012年に開催された日本初のテキーラフェスタのレポートを書いた頃から変わっていない。この次にテキーラをテーマにしたレポートを書くのは2年後になるか、はたまた5年先になることか。

 テキーラと言えばエルテソロのシルバーが冷凍庫で冷えてさえいれば、それ以上のものは望まない。値段に驚くようなプレミアム・テキーラでなくてもそこらのバーに普通に置いてあるエルジマドールやマリアッチ、クエルボ等のスタンダード・クラスでもフリーズしてあれば十分うまいと思う。テキーラに詳しい方々は常温、せいぜいチルド(冷蔵)で飲むことを勧めているから、彼らから言わせればフリーズは邪道なのだが、塩とライムでしっかり冷えたテキーラを飲むと、これがうまいから困る。

 話がそれた。そんなわけで、次にテキーラのことを書くのは随分先になりそうなので、今回のフェスのレポートからはいささか外れるのだが、せっかくテキーラとメキシコに詳しい方々にうかがった話をまとめた内容をお伝えすることとしたい。テキーラフェスタの常連のような方々には周知のことと思われるが「え? テキーラってサボテンから作ってるんじゃないの?」という、筆者とさして変わらないビギナー向けの話になることをご了解いただきたい。

(写真提供:JUAST)

執筆者

石倉一雄
石倉一雄
Absinthe 研究/洋酒ライター いしくら・かずお 1961年北海道生まれ。周囲の誰も興味を持たないものを丹念に調べる楽しさに魅入られ、学生時代はロシアの文物にのめり込む。その後、幻に包まれた戦前の洋酒文化の調査に没頭し、大正、明治、さらに江戸時代と史料をあたり、行動は図書館にバーにと神出鬼没。これまでにダイナースクラブ会員誌「Signature」、「男の隠れ家」(朝日新聞出版)に誰も知らない洋酒の話を連載。研究は幻の酒アブサン(Absinthe)にも及び、「日経MJ」に寄稿したほか、J-WAVE、FM静岡にも出演。こよなく愛する酒は「Moskovskaya」。