「Tokyoインターナショナル・バーショー」レポート(4)マスタークラスで見た最新のカクテル事情

インフュージョンを説明する後藤氏
エスプーマを使ったインフュージョンを説明する後藤氏

マスタークラスのチケット
マスタークラスを受講するには、入場料とは別にこのチケットを購入する必要がある

ウイスキーだけでなくカクテルが加わった「Tokyoインターナショナル・バーショー」では、専門的な講義を行うマスタークラスのテーマにもカクテルが加わった。2011年の「アメリカン・バーテンダー・オブ・ザ・イヤー」の後藤健太氏、国際バーテンダー協会主催の世界大会優勝者山田高史氏、ディアジオ主催の世界大会優勝者の大竹学氏の講座で学んだことからお伝えする。

本会場視察を我慢しても受講する価値

 これまでに触れたように、「Tokyo インターナショナル・バーショー」には、別途3000円のチケットを購入して受講するマスタークラスというプログラムがある。これは昨年までの「ウイスキー・ライヴ」単独開催のときからあったもので、特別な愛好家向けに専門的な講義を行ったり、蒸留所で洋酒づくりに携わる人の説明をしたりする、いわばウイスキーの作り手側からのメッセージが、従来のマスタークラスの内容だった。今回、カクテルを取り入れて大幅にモデルチェンジしたマスタークラスはどのようなものになっただろうか。

 スーパーマーケットの酒売り場でマネキンが実演する“手軽に作れる初心者向けカクテル講座”程度のものだったら、「Tokyoインターナショナル・バーショー」(TIBS)入場料5000円に加えて3000円を払う客はいないだろう。しかし、今回設定された3つのカクテル講座はいずれも入場者が60名を超え、中には100名収容の会場がほぼ満席になるクラスもあった。

 これは筆者にとっても大きな賭けだった。会期は2日間、それも11:30から18:00までの半日しかない。限られた時間の中で海外のバーテンダーの方と会ってお話をうかがわねばならないし、日頃は口にすることもできない希少な20年以上の熟成モルトウイスキーも本会場で待っている。特設ステージでは海外から招かれたバーテンダーと、世界大会で優勝した日本人バーテンダーのパフォーマンスが行われるから、そちらの撮影もしなければならない。久方ぶりに会うメーカーの方々への挨拶もあるし、笑顔のコンパニオンと肩を並べて、記念写真だって撮りたい。

 しかし、貴重な初日、半日を費やして参加させていただいたマスタークラスは、非常に価値の高いものだった。

インフュージョンがアメリカのトレンド

後藤健太氏の講義
後藤健太氏の講義の一コマ。スライドではインフュージョン(浸漬)で作られたさまざまな自家製リキュールが紹介された

 まずは、本会場からいったん出て、別棟の4階に設けられたマスタークラスの会場へ向かおう。入口でチケットを提示して入ると、中は100人ほどのキャパだった(ウイスキー系のクラスはもっと広かったかもしれない)。教壇の左側には大きなスクリーンが設置されており、講師用の机の上には病院で使われるような見慣れぬ器具が置いてある。

 ニューヨークのバー「PEGU CLUB」のチーフバーテンダーを勤め、昨年「アメリカン・バーテンダー・オブ・ザ・イヤー」を受賞した後藤健太氏の講義が始まった。真剣に聞き入りながらメモを取る人も目立つ室内は、ついさっきまで筆者が走り回っていた、そこかしこで談笑の声が響き、コンパニオンが微笑みかけている本会場とは全くの別世界になる。

 後藤氏の声だけが響くマスタークラスMC-03会場では、今アメリカのバーで最先端の手法である「インフュージョン」(浸漬)の説明が続く。勉強不足を正直に告白すれば、筆者はこのクラスを受講するまでバー業界における「インフュージョン」なるものが何を指すのか、全く知らなかった。

 後藤氏によれば、アメリカの最近のお客のトレンドとしてスタンダードではなく、そのバーでしか飲めないオリジナル・カクテルを注文する客が増えており、その声に対応するために既存のスピリッツやリキュールにとどまらず、ウォッカやウイスキーにハーブやフルーツ、果てはベーコンに至るまで、ありとあらゆるテクニックを駆使して香りを浸漬させた瓶を店に揃えているという。

紅茶からベーコンまで多彩な材料

インフュージョンを説明する後藤氏
エスプーマを使ったインフュージョンを説明する後藤氏
スモーク香を吹き込むツール
後藤氏が使用しているツールの一つ。本体に木のチップを入れていぶし、スモーク香をチューブを通してボトル内のウォッカやラムに吹き込む

 その手法はさまざまで、たとえばピスコ・サワーの香りにヒントを得てジンにアールグレーの香りを写したものは、ジン1リットルにアールグレーの茶葉をテーブルスプーン(ティースプーンではなく)4杯投入し、それを常温で2日間経ってからストレーナーで漉すというシンプルなものだ。

 最近料理界で広まっているエスプーマという、サイフォン状の器具にガスのボンベを装着して使う道具もアメリカのバー業界では使われ始めているという説明に聴衆からは感嘆の声が上がり、席のそこかしこからデジカメのシャッター音が上がる。後藤氏がさまざまな方法を駆使して作った、ハラペーニョの香りを抽出したスピリッツは清々しささえ感じる出来だった。

 机上に置いてあった“正体不明の医療器具”は、アメリカ人が好むスモーキー・フレーバーを液体に吹き込んで香りを移すためのもので、竹筒を斜めに切ったような形状の器具のくぼみに桜やヒッコリーのチップを入れて点火し、先に付いたチューブから煙を吹き込んで使うという。ベーコンの香りをバーボンに移すときはベーコンをカリカリに揚げて出てきた油をバーボンに注いだものを冷凍して使うとも。ここまで来ると、カクテルの話とは思えなくなってくる。

 使われるフレーバーも日本ではなじみがないものが多い。ホースラディッシュ(西洋わさび)は筆者も青山のアクアビットを揃えたバーで見つけた数年前に試したことがあるが、口に含むとかなり尖った味わいが印象的だったことを思い出した。

 見るもの聞くもの、目新しいことばかりで感心しながら聞いているうちに、話はウェイティング・バーのビジネス論に移ってくる。後藤氏によれば、アメリカのフレンチ・レストランがウェイティング・バーを備える理由は、単にそれがオシャレだから、ではない。まず、満席だった時に入ってきたお客を空席が出来るまで引き留めることでチャンス・ロスを回避できる。また、高級店にはなじみがないお客がバーだけでも使っていれば、結婚記念日や大事な友人を招くためによいレストランを選ぶ必要に迫られたとき、強い選択動機になることが期待できる。しかも、レストランの厨房で不可避的に生じる生鮮食材のロスと比較してロスが出ない洋酒は、粗利が計算しやすい。――といった、通常のカクテル教室では出てこないような話のオンパレードになる。

「雰囲気のいいバー」とか「おいしいカクテル」といった一般ユーザーの視点で語られがちなバーを、全く別の視点で語るのを聞きながら、これが紛れもなくプロ向けの講座なんだな、ということを実感した。

カクテルを建築に見立てて発想

テレビの取材に答える山田高史氏
テレビの取材に答える山田高史氏。世界一の栄冠を勝ち取ったバーテンダーにとって、優勝はゴールではない。日本のバーテンダーを代表する“顔”としてのプレッシャーがのしかかってくる。
大竹氏
大竹氏の受賞カクテルには、ハンドミキサーとボストン・シェーカーを使う。

 山田高史氏(昨年ポーランドで開催された国際バーテンダー協会主催の世界大会で優勝)と大竹学氏(昨年インドで開催されたディアジオ主催の世界大会で優勝)のクラスになるとさらに実務的な内容で、会場の雰囲気も受験予備校のような空気に包まれる。このクラスの正式な名称は「日本人バーテンダーとカクテル大会」だが、「世界大会優勝経験者が語る、カクテル大会必勝講座」に内容は近い。

 とくにお二人が力点を置いたのは技術的なことよりも、カクテルの構成というかコンセプトだった。筆者は他の取材があったために山田氏のお話は残念ながら詳しくうかがえなかったのだが、大竹氏の、新作のカクテルを建築に例えたお話が興味深かった。

 大竹氏によれば、ベース(基酒)を屋根に見立て、それぞれ異なる2種のリキュールで構成された甘みと酸味2本の柱で支えるように創作カクテルを考えるという。さらに、ガーニッシュ(カクテルグラスの飾り)を外装、余韻と深みを内装にたとえてオリジナル・カクテルを「構築」していくプロセスを採るという。

 演壇では調製の実演も行った。ハンドミキサーとボストン・シェーカーを併用するのは、細かい気泡と大きな気泡をカクテルに封じ込めるためだろうか。とにかく世界中の優秀なバーテンダーが覇を競う中で、どんどん制作過程も組み立て方も複雑になっているらしい。

日本人バーテンダーがコンクールで乗り越えるべき壁

 喫煙所で大竹氏に「緩急を押さえた話術を含めて、あれだけのパフォーマンスを行うには、かなり集中力が必要なのでは?」と問いかけると「そうですね」と苦笑しながら続けた。「日本人バーテンダーはどうしても寡黙になりがちなので、実演の間だけは陽気な外国人になりきろうと自分で意識を変えているところがあるかもしれません。終わった後は放心状態になるほど、集中力が要求されます」。

 山田氏も「外国のバーテンダーを見て驚いたことは?」という質問に、「後ろにいる審査員にずっと話しかけながらミキシングをしている方をみたときでしょうか」と答えているので、日本人バーテンダーが世界大会に上り詰めるには、カクテル調製の腕や瓶の取り扱い、正確な計量と言ったこと以外にも、かなり高い壁を克服する必要がありそうだ。

 以上、駆け足だったが「Tokyo インターナショナル・バーショー」のレポートをどうにか終えることができた。

 毎年「ウイスキーライヴ」を楽しみにしていたコアなファンからは、今回の会は“突っ込み不足”という感想もネットでは散見される。しかし筆者としては、居酒屋のハイ・ボールにとどまっていたお客に、洋酒そのものをじっくり味わうことができる「バー」という存在の魅力に気づいてもらう効果はあったと見ている。それは、昨年の入場者数(ウイスキーライブ2011)を上回る約8000人という来場者数にも表れている。準備を進めてきたCCF(カクテル文化振興会)とドリンクス・メディア・ジャパンの方々の努力は、そのように実を結んでおり、その第一歩を確実に歩み始めたと思う。

 最後に、会期中多忙な中で取材に応じてくれた国籍もキャリアもさまざまなバーテンダー諸氏にお礼を述べて結びの言葉としたい。

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About 石倉一雄 129 Articles
Absinthe 研究/洋酒ライター いしくら・かずお 1961年北海道生まれ。周囲の誰も興味を持たないものを丹念に調べる楽しさに魅入られ、学生時代はロシアの文物にのめり込む。その後、幻に包まれた戦前の洋酒文化の調査に没頭し、大正、明治、さらに江戸時代と史料をあたり、行動は図書館にバーにと神出鬼没。これまでにダイナースクラブ会員誌「Signature」、「男の隠れ家」(朝日新聞出版)に誰も知らない洋酒の話を連載。研究は幻の酒アブサン(Absinthe)にも及び、「日経MJ」に寄稿したほか、J-WAVE、FM静岡にも出演。こよなく愛する酒は「Moskovskaya」。