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こども食堂に店の原点を見る

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「こども食堂」という非営利の活動が全国に広がっています。公的な施設を借りたり、有志の一般の住宅の一部を充てたりして場所を確保し、そこに有志が食材を持ち寄るとか寄贈を受けるなどし、有志が集まって調理し、温かい食事を300円などの少額で提供するのです。食べに来るのは小中学生などの子供たちで、1人でやって来てもいいし、小さな子であればその親なども同伴します。

「こども食堂」の活動をしている人たちによれば、「生活保護を受けているまたは年収が生活保護費と変わらないという家庭で育つ子供が6人に1人いる」とのことで、活動の狙いはまずそうした家庭の子の栄養状態を守ることです。しかしそれだけでなく、目の前にいる誰かが作ったものを、誰かといっしょに食べることができる場を作ること、楽しく食事をする場を設けることも重要な狙いであるということです。食事の前後には、子供たち同士が世話をし合ったり、宿題をみたり、遊んだりということもあります。

「こども食堂サミット2016」の資料。前回聴衆の一人だった人が今回は実践報告の発表者となった例もあるなど、即行動に移す人が多いのもこの活動の特徴だ。

「こども食堂サミット2016」の資料。前回聴衆の一人だった人が今回は実践報告の発表者となった例もあるなど、即行動に移す人が多いのもこの活動の特徴だ。

 私の家族がこの連絡会の活動に参加して来たのですが、そこで聞いてきたことによれば、「こども食堂」に来る子たちの声として「ここにいていいんだと思えることがいちばんうれしい」というものが多く報告されたということです。それを聞いて心が揺さぶられる思いでした。さまざまな家庭の事情により、自宅でも居場所がない思いをしている子供がいることが、改めてわかります。

 かつてのムラ社会では、近隣でお互いに気を配る風は強くありました。しかし、近代になるにしたがって、それが薄れてきた。それは誰かがそう仕向けたとかではなく、人間自身が、他者を気にせず、他者からも気にされず、勝手気ままに生きたいという願望をもともと持つようになっていて、それを社会はニーズとしてとらえて応え、さまざまな事柄を段階的に便利にしてきた結果として、誰の目も届かない家庭をそれぞれに築けるようになったということなのでしょう。

 ところが、誰もが人生の達人なのではありません。金銭的にうまくいかないこともあれば、家族の関係を上手に作ることができない場合もある。そういうときに周囲が助けやアドバイスをする機会は、今日では自然発生的に出来るものではなくなってきています。そこで子供が満足な食事ができなくなったり、食べ物があっても親が忙しく独りで食べることが毎日のことになったり、虐待があったりということも生じ得る。いや、生じてるわけです。

 それに対して、自分にできることからと考えた人たちが「こども食堂」のアイデアを発想し、実際に行動に移し、活動を知った人がそれに習って自分でも始め、携わる人たちが経験を伝え合って、この活動のノウハウを蓄積しながら輪を広げています。今、行政としてもこうした活動への支援を考え始めているということですが、もともとは市民が考え、市民が動き、手弁当、手探りで始めたものであるということが、この活動の大きな価値なのに違いありません。

「こども食堂」に食べに行きたい人、手伝いたい人へ向けた情報を伝える連絡会が出来ています。少しでも関心を持たれた方はこちらで調べ、最寄りの「こども食堂」に連絡してみるとよいでしょう。

こども食堂ネットワーク
http://kodomoshokudou-network.com/

 私自身も、個人として何かできることを探ろうと考えています。一方、「こども食堂」には、外食業の忘れたくない原点があるようにも感じています。「ここにいていいんだと思えることがいちばんうれしい」という言葉が、それに気付かせてくれます。それは、子供を対象にした話には限りません。

 何年か前、「デニーズ」が店舗運営とお客様との関係づくりを見直していると聞いた頃に、たまたま朝の早い時間に東京東部の店を利用したときの光景を思い出します。来店したおばあさんを迎えた女性スタッフが、普通の挨拶をするだけでなく、両手を広げておばあさんの姿を愛おしそうに見て、「あらぁ、○○さん、素敵なショール」と言い、それをきっかけに少しおしゃべりをして、今朝は何を食べますかということも、その会話の中で聞いていたのです。そのやりとりは、物と金銭を交換するドライなやりとりではなく、ご近所同士あるいは家族の会話のようでした。

 端でモーニングを食べながらそのやりとりを見ていて、私は胸が熱くなりました。これがレストランだと思ったのです。

 人間同士の心が通うお店では、人は「この店があってよかった」と思うでしょう。そのお店の人のことを「この人がいてよかった」とも思うでしょう。また、お店の人のほうも「このお客さんがいてよかった」と思うでしょう。店舗の設備と食事は、その言葉のやりとりと同じく、心を通わせるための方便、ツール、メディアなのに違いありません。食事は物ですから、管理する際にはその物性と金銭の部分に注目するわけですが、心を表現するものであることは忘れたくないものです。

 あえてもう一歩踏み込んで言えば、「こども食堂」の存在は、今日の小売・外食の商業には世の中のお役に立てていない部分がありますよと教えてくれているように見えるのです。

 ※このコラムはメールマガジンで公開したものです。

執筆者

齋藤訓之
齋藤訓之
Food Watch Japan編集長 さいとう・さとし 1988年中央大学卒業。柴田書店「月刊食堂」編集者、日経BP社「日経レストラン」記者、農業技術通信社取締役「農業経営者」副編集長兼出版部長等を経て独立。2010年10月株式会社香雪社を設立。「FoodScience」(日経BP社)では「食の損得感情」を連載。公益財団法人流通経済研究所客員研究員。亜細亜大学経営学部ホスピタリティ・マネジメント学科非常勤講師。昭和女子大学現代ビジネス研究所研究員。日本フードサービス学会会員。著書に「有機野菜はウソをつく」(SBクリエイティブ)、「食品業界のしくみ」「外食業界のしくみ」(ともにナツメ社)、「農業成功マニュアル―『農家になる!』夢を現実に」(翔泳社)、共著・監修に「創発する営業」(上原征彦編著ほか、丸善出版)、「創発するマーケティング」(井関利明・上原征彦著ほか、日経BPコンサルティング)、「農業をはじめたい人の本―作物別にわかる就農完全ガイド」(監修、成美堂出版)など。※amazon著者ページ → ※齋藤訓之のブログ →