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藤田田の遺産を捨てたマクド

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日本経済新聞が、米マクドナルド社が日本マクドナルドホールディングス株の売却に向けて動き始めたことが21日わかったと報じています。

●日本マクドナルド売却 ファンドなどに米本社打診/株最大33%分 経営権移し、抜本改革(2015年12月22日付日本経済新聞朝刊)
http://www.nikkei.com/article/DGKKASGD21H7Y_R21C15A2MM8000/

 日本マクドナルドを設立した藤田田が2003年に会長を辞任して以来、米マクドナルド社は藤田イズムを日本マクドナルドから消し去ることに躍起だったと筆者は見ています。この報道が事実とすれば、その政策が誤りであったことを認める象徴的な出来事だと言えるでしょう。

 チェーンストアとしてのマクドナルド創業者レイ・クロックが1984年に没して以降、米マクドナルド社は藤田を嫌っているという話はいろいろな場面で耳にしてきました。おそらくそれは、アメリカの取り分が少ないとか、本部の方針に従順でないといったことからだったでしょう。

 本部の方針に従順でないというのは、簡単に言えば、藤田はローカライズに熱心だったということです。それはよく「ベーコンポテトパイ」「チキンタツタ」のような日本向け商品について語られることが多いのですが、藤田はむしろ出店政策やオペレーションマニュアルなどのソフト面についてのローカライズを進めたのです。

 それは、レイ・クロック生前の日本マクドナルド1号店からのことでした。日本1号店はサバブ(suburb/都市周辺地域)のロードサイド店であるべしとする米本部に対し、藤田は銀座それも三越1階路面を主張して譲らず、ついにそれを押し通した。結局それが大当たりし、同時期にサバブのロードサイド店を展開して苦戦していたケンタッキーフライドチキンと好対照をなす結果となったのでした。

 黎明期から藤田のそばで働いていたある人は、藤田が現場で叱咤する口癖の一つが「頭を使え」であったと振り返ります。それは、米本部が作ったマニュアルは日本では完璧ではない、改善の余地が山ほどあるということを指していたのです。

 アメリカ西海岸を訪ねた折、現地の「マクドナルド」のいくつかを訪店して、その意味がわかりました。彼の地の「マクドナルド」の複数の店舗で、店頭のスタッフは仏頂面で決まった言葉以外はほとんど話さず、そして動作も鈍く、商品が滞留するムダも見られ、驚いたものです。もちろん、そうでない店もありましたが。

 同時期の日本の「マクドナルド」は、ご存知のとおり笑顔いっぱい、動作も機敏で競合のどのファストフードよりも提供時間が短く感じられました。それはスタッフ一人ひとりの動きが速いというだけでなく、米本部が決めた1シフトでは1部門の業務だけ行うということから逸脱して、手が空けば横の部門の作業のフォローもするということも許し、むしろ奨励していたからに違いありません。

 メーカー等にTQC(Total Quality Control/統合的品質管理)を指導する専門家は、しばしば日米あるいは日本と諸外国の労働者の違いを指摘します。一般に日本の労働者は、学歴を問わず理解力と応用力があり、マニュアルで型にはめすぎるとむしろ能力と士気を殺ぐと言います。簡単な言葉で言えば「気付きがある」。それは逆にマニュアルを軽視してムダを招いてしまうということにもなりかねないのですが、遵守励行すべき事柄をきちんと定めた上でカイゼン提案をさせるとマニュアルを連続的に高度化していくことができる。製造業でもサービス業でも、それを仕組化できたところが日本では伸びていると。

 藤田の大きな功績の一つは、マクドナルドにそのような仕組みを入れることで、日本市場に根付かせたことだったはずです。2003年以降、その知恵と人材をせっせと削ぎ落としてきた結果が今日の同社の姿だというのが筆者の見立てです。もちろん、当時と市場環境は違うでしょう。しかし、カイゼンは変化に対応するための知恵なのです。

 さて、創業者や敏腕の中興の祖が去った後、その人が信頼し頼みとしていたパートナーが次の経営陣によって追い出され、そのパートナーの息がかかった社員も民族浄化のように放逐されていくというのは産業界でよく見られる動きです。とくにその苛烈さをよく聞くのは、外資系日本法人のトップ経験者の嘆きとしてです。

 それが、マキアヴェリが「君主論」で説いた征服手法の一つであることを教わったのは、鹿島茂「社長のためのマキアヴェリ入門」ででした。世の経営者たちは、マキアヴェリズムをよく心得ているようです。

「社長のためのマキアヴェリ入門」(鹿島茂、中央公論新社)

 日本マクドナルドのこの十数年は、その動きを進めてきたのでしょう。幸か不幸か、藤田没後、藤田が社員たちに求めていた縛り――もしも退職した場合、同業種には就かないこと――はなくなったようです。今、いくつもの外食企業・外食関連企業で、藤田マクドナルド出身者たちが凄腕を振るっている話を伝え聞きます。ある意味で、現在の日本外食産業は、日本マクドナルド迷走の恩恵を受けていると言えるかもしれません。

 結局、マクドナルドは日本でもう一度カイゼンができるトップを探すことになったというのが今日の報道の意味するところでしょう。

 レイ・クロックと藤田田は草葉の陰でどんな顔をしているのでしょうか。

=敬称略=

一時期「スマイル ¥0」の表示をメニュー表から外したことも迷走時代の象徴的な事件だった。

一時期「スマイル ¥0」の表示をメニュー表から外したことも迷走時代の象徴的な事件だった。

※このコラムはメールマガジンで公開したものです。

執筆者

齋藤訓之
齋藤訓之
Food Watch Japan編集長 さいとう・さとし 1988年中央大学卒業。柴田書店「月刊食堂」編集者、日経BP社「日経レストラン」記者、農業技術通信社取締役「農業経営者」副編集長兼出版部長等を経て独立。2010年10月株式会社香雪社を設立。「FoodScience」(日経BP社)では「食の損得感情」を連載。公益財団法人流通経済研究所客員研究員。亜細亜大学経営学部ホスピタリティ・マネジメント学科非常勤講師。昭和女子大学現代ビジネス研究所研究員。日本フードサービス学会会員。著書に「有機野菜はウソをつく」(SBクリエイティブ)、「食品業界のしくみ」「外食業界のしくみ」(ともにナツメ社)、「農業成功マニュアル―『農家になる!』夢を現実に」(翔泳社)、共著・監修に「創発する営業」(上原征彦編著ほか、丸善出版)、「創発するマーケティング」(井関利明・上原征彦著ほか、日経BPコンサルティング)、「農業をはじめたい人の本―作物別にわかる就農完全ガイド」(監修、成美堂出版)など。※amazon著者ページ → ※齋藤訓之のブログ →