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黒船が来て変わる力を活かす

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「黒船が来ないと変わらない」というのは、日本の政治・経済のシステムの短所とされますが、日本人の「黒船が来て変わる力」も評価したいと思います。

 1950年代、コカ・コーラが本格的に上陸すると伝わってきたとき、ラムネやソーダ水を作っていた全国の中小零細の飲料メーカーの間にパニックが起きました。反対運動もあったようですが、その黒い無敵の飲料に対抗して、ガラナ飲料の開発に着手したり、甘味料使用を廃止して砂糖使用をセールスポイントとするマーケティングを行ったり、アルコールと合わせる新しい飲料・新しい飲み方を提案したりという動きが起こりました。後の酎ハイブームを盛り上げる基盤も、この頃に出来たと見ることができるでしょう。

 1971年に「マクドナルド」が日本で展開を始めるとわかったとき、盛岡でハンバーガーの大繁盛店を経営していた青年経営者は、ハンバーガーを売ることをやめる決断をしました。彼はアメリカ視察で「マクドナルド」の仕組みを見ていて、勝ち目はないと考えたのです。しかし、彼がやったことは撤退ではありません。自慢のハンバーグをバンズで挟むのをやめて、ご飯を添えることにしたのです。それがハンバーグプレートというオリジナル商品としてまた人気を博しました。現在の「びっくりドンキー」の発祥です。

 さて、今日黒船は出尽くしてもう押し寄せて来るものはないのでしょうか。外食・食品に停滞を見るとすれば、そこにも原因の一つがあるのかもしれません。

 一方、世界で日本食ブームが起こっているとよく言われますが、我々は“フェアな黒船”として海外のマーケットに健康な刺激を与えているでしょうか。一時、海外で提供されている日本食が日本で作られているものとかけはなれているとして、農林水産省が海外の日本食レストランを認証する制度を検討しました。このアイデアは「すしポリス」として内外の批判を受けて頓挫しましたが、依然として官民ともに「正しい日本食」にこだわる風を持っているようです。

 世界各地のさまざまな人が日本の食にインスパイアされて自由に新しい食を工夫することを、我々も楽しむ。そしてそのことにむしろ力を与えることは、日本の食文化とその紹介者たちの評価につながるはずです。その上で、本式・本格・オリジナルを味わいたい人はぜひ日本に来てくださいと言う、そういうことでいいのではないでしょうか。

※このコラムはメールマガジンで公開したものです。

執筆者

齋藤訓之
齋藤訓之
Food Watch Japan編集長 さいとう・さとし 1988年中央大学卒業。柴田書店「月刊食堂」編集者、日経BP社「日経レストラン」記者、農業技術通信社取締役「農業経営者」副編集長兼出版部長等を経て独立。2010年10月株式会社香雪社を設立。「FoodScience」(日経BP社)では「食の損得感情」を連載。公益財団法人流通経済研究所客員研究員。亜細亜大学経営学部ホスピタリティ・マネジメント学科非常勤講師。昭和女子大学現代ビジネス研究所研究員。日本フードサービス学会会員。著書に「有機野菜はウソをつく」(SBクリエイティブ)、「食品業界のしくみ」「外食業界のしくみ」(ともにナツメ社)、「農業成功マニュアル―『農家になる!』夢を現実に」(翔泳社)、共著・監修に「創発する営業」(上原征彦編著ほか、丸善出版)、「創発するマーケティング」(井関利明・上原征彦著ほか、日経BPコンサルティング)、「農業をはじめたい人の本―作物別にわかる就農完全ガイド」(監修、成美堂出版)など。※amazon著者ページ → ※齋藤訓之のブログ →