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便利な時代は個性を失う時代

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 便利な時代の仕事のあり方について考えさせられる出来事が進行しています。直接には食とは関係ありませんが、今の外食の仕事についても多いに考えさせられることです。

 去る7月25日に発表された2020年夏季オリンピックのエンブレムについて、ベルギーのリエージュ劇場(国王が創立)のエンブレムをデザインしたオリビエ・ドビ氏が盗作だと主張し、このほど同劇場と同氏が五輪エンブレムの使用差し止めを求めて地元裁判所に訴訟を起こしました。

 一方、日本国内では、ドビ氏の主張以降、五輪エンブレムを手がけたデザイナー佐野研二郎氏の過去の作品にも盗作・盗用があるとする指摘が相次いでいます。その中で問題化したのがサントリー「オールフリー」の「夏は昼からトート」キャンペーンの賞品でした。佐野氏のデザインとされる30点のトートバッグのうち何点かに図案や使用している絵や文字について他からの盗作・盗用があると指摘され、8月13日にはサントリーがこれらのうち8点を取り下げ、発送を中止すると発表しました。

 取り下げられたトートバッグのデザインは、他の商品や他の人の作品からの絵が使用されていると指摘されているものでした。ただ、それら以外にも絵や文字の盗作・盗用、あるいは他の独創的な図案の模倣があるとする指摘がされています。

 グラフィックデザインは、好ましい絵、写真、文字などを効果的に組み合わせる仕事です。それらの要素は多くの場合、他のイラストレーターやフォトグラファーやコピーライターなど、他のプロに用意してもらいます。デザイナーが一から作るものとは限りません。

 ところが、他のプロに用意してもらうということが、実はなかなか厄介なものです。まず、思い描いたとおりのものを用意できる人を探さなければならない。その上でアイデアを伝えて、そのとおりに用意してもらわなければならない。これらには手間、時間、費用がかかるものです。

 そのため、デザイナーが求めるものがそれらのプロに作れない場合や、デザイナー自身が手がけたいと熱望した場合や、デザイナー自身が用意したほうが時間的・費用的に考えて合理的な場合には、デザイナー自身が用意することもあります。

 ところが、インターネットが発達した最近はずいぶんと便利になりました。まず、イラストレーターやフォトグラファーやコピーライターたちが情報発信をするようになり、ネット上で見本に触れることができるようになりました。さらに最近は、そうした作例を専門に集めるWebサイトも登場しました。また、一定の条件のもと、あるいは無条件に自由に使用してかまわない素材(いわゆるフリー素材)がCD-ROMやWebで提供されるようにもなりました(メニュー表やWebサイトを自作する方はご存知でしょう)。そしてそれ以外にも、プロとアマチュアを問わず、さまざまな絵や写真がWebにあふれているのが今の時代です。

 デザイナーはそれらの素材をコピーしてきて、手軽に大量のデザインを試作できるようになりました。そして、使ったものがフリー素材で、作ったデザインが使用条件を満たしていれば、それはそのままデザイナーが対価を取る作品とすることもできるようになりました。

 便利な時代です。デザイナーという仕事に就ける人も増えたに違いありません。が、それはつまり、絵が得意でなくともデザイナーにはなり得るということを意味します。そこで、“絵が描けないデザイナー”“絵を描くのが好きでないデザイナー”という人たちが現れてきている懸念、これからも増えていく懸念というものが持ち上がってきました。

 漫画家の江川達也氏はFacebookで、そうしたコピペ(コピー・アンド・ペースト)が一般化した現代について、ネット社会の利点にも理解を示した上で、「最近の若い人は自分で『作る』ことが嫌いみたいな傾向があるような気がする」という懸念を述べられています。

※江川達也氏のFacebookの記事(2015年8月10日)
http://on.fb.me/1E1yfOM

 さて、そこで考えたいのが外食業の商品です。ここ50年間の外食産業の取り組みの主要な部分は、仕事の現場を便利にすることでした。かつては飲食店1店につき最低1人の料理人が必要でした。そこで経営者が自店にふさわしい料理人を探すなり育てた上で、さらに経営者が考えたとおりの商品を理解してもらって実際に作ってもらうというのは、なかなか骨の折れることでした。複数店を持つならなおのことです。

 しかし、難しい調理はある場所で集中して行い、店舗では簡単な仕上げだけで済むようにすれば、プロの料理人は1人でもよいということになります。外注することも可能です。外食チェーンはそのしくみを整えて、店舗では誰でも働けることを目指してきました。そして、当初それは先進的なチェーンだけが持ち得るしくみでしたが、その集中調理をメーカーが行うようになり、やがてそうした加工済みの食品・食材を複数のチェーンや店舗に供給するようになりました。そうした流れが高度化したのが現代の食品と外食のビジネスです。

 この結果、今日ではチェーンも、チェーン以外の店も、メーカーが作っている食品・食材の中から、評判のよいもの、使いやすいもの、安価なものを探してきて、それらを店舗で“それっぽく”組み合わせれば簡単に商品になってしまうようになったのです。

 ところが、店のオリジナルでなければ、商品の特徴や優位性は訴求できません。元の素材がよければ素材のよさを訴求することはできるでしょうが、そのポイントも今では誰もが知っている地名だとか、「有機」だとか、「安全」だとかに絞られてきて、もはや、ある店独自の特徴としては機能しなくなってきています。それで、当然のように、セールスポイントは価格の安さに絞られてきているわけです。これは、チェーンでも、チェーン以外の店でも起こっている事態です。

 また、そこまで便利になった結果、“料理ができない人”“料理が好きでない人”も、外食業で働き得るようになった。のみならず、“料理ができない人”“料理が好きでない人”も、外食業の会社を起ち上げることができるようになった。

 これで生活者に外食の価値を感じてもらうことは至難と言わざるを得ません。今はそういう時代になっているのです。

 そこから脱出するには、誰も見たことがない、誰も食べたことがない食べ物を探して来なければならないでしょう。しかし、メーカーなり農業生産者は製品をマスプロ化することで利益を生み出そうとしていますから、素材やそのまま提供する食品にそれを求めることには限界があります。ということは、究極的にはやはり自店で新しい料理を創造するしかないのです。

 今、そのことがわかっていて、そのことに熱心に取り組んでいるのは、客単価が2万円ほどになる専門店に携わる人たちが中心です。外食産業が伸び悩むなかにあって、しかも個人消費が伸び悩むと言われるなかにあって、このグループには活発で話題豊富な店が多くあります。

 それが可能なのは、高価格帯の商品を提供する店だからでしょうか? そうだと考えてあきらめる前に、今一度、人気の専門店の一つを選んでお客として訪ねてみてはいかがでしょう。料理をすること、料理を考えることが好きでしかたがない、そういう人たちのきらきらした目を見れば、変わるきっかけはつかめるように思います。

 自店でもそのような人たちを確保して、存分に力を発揮してもらうためにはどのような予算配分、時間配分をしたらいいのか。それを考え始めることから、「ウチでしか出せない」ものを作る体勢を作っていくのです。

 メーカーから加工済みの食品・食材を仕入れることをやめる必要はありません。そうしたものを適度に使いながら、自店ならではの商品を考えることは可能なはずです。

 パソコンとインターネットを便利に使っているグラフィックデザイナーのすべてが独創性や創造性を失っているわけではないのです。使い方があるのです。

※このコラムはメールマガジンで公開したものです。

執筆者

齋藤訓之
齋藤訓之
Food Watch Japan編集長 さいとう・さとし 1988年中央大学卒業。柴田書店「月刊食堂」編集者、日経BP社「日経レストラン」記者、農業技術通信社取締役「農業経営者」副編集長兼出版部長等を経て独立。2010年10月株式会社香雪社を設立。「FoodScience」(日経BP社)では「食の損得感情」を連載。公益財団法人流通経済研究所客員研究員。亜細亜大学経営学部ホスピタリティ・マネジメント学科非常勤講師。昭和女子大学現代ビジネス研究所研究員。日本フードサービス学会会員。著書に「有機野菜はウソをつく」(SBクリエイティブ)、「食品業界のしくみ」「外食業界のしくみ」(ともにナツメ社)、「農業成功マニュアル―『農家になる!』夢を現実に」(翔泳社)、共著・監修に「創発する営業」(上原征彦編著ほか、丸善出版)、「創発するマーケティング」(井関利明・上原征彦著ほか、日経BPコンサルティング)、「農業をはじめたい人の本―作物別にわかる就農完全ガイド」(監修、成美堂出版)など。※amazon著者ページ → ※齋藤訓之のブログ →