科学コミュニケーションはケガレ観を踏まえて

「3秒ルール!」なんていうものがあります。学校で弁当を広げていて、おかずの一つをポロリっと床に落としてしまったとき、パッと拾い上げて口に入れてしまう。「そんなの食べて大丈夫か?」と聞くと「3秒ルール」(3秒以内に拾って口に入れればセーフ)と笑いながらモグモグやっている。そういう友人はいましたよね? あ、あなたでしたか?

 まあ、実際には床に食べ物を落としたら、付着する菌数は3秒だろうがそれを超えようがあまり変わらないでしょう。落ちてから1日も経てば増殖して菌数は増えるでしょうが、秒単位で無害/有害が変わるということはないでしょう。

 一方、サルモネラなどは発症に10万~10億個の菌数を要するようですが、ノロウイルスでは100個とか、O157では10~1000個とか桁違いに少ない菌・ウイルス数で発症しますので、「3秒ルール!」など言わず「ごめんなさい」と言いながら捨てることが、親からもらった体を大事にすることになるはずです。

 おそらくは全く科学的根拠のない「3秒ルール!」ですが、これはこれで不思議な納得感というか、つい「ぷっ」と吹き出してしまうおかしみを伴う説得力のようなものがあって、面白い言葉です。

 これは現代人のケガレ観の一種と見ることができます――床に転がったコロッケは、短時間であればかろうじて清浄を保っている。しかし、それ以上の時間床にあれば、口に入れることが忌避されるケガレを生ずる。そのように感じさせるわけです。

「3秒ルール!」を信じている人が相手でも、食中毒原因菌・ウイルスの恐さや、3秒以内でそれが十分な量付着している可能性を説明して、食べることをあきらめさせることは比較的たやすいでしょう。飽食日本、今日その1個のコロッケを食べなければ死んでしまうなんていうこともないわけですから。

 では、逆はどうでしょうか。ここで一つ突飛な実験を考えてみましょう。床にフィルムを敷いて、無菌状態の床というものを作ります。そこに、友人が見ている目の前でコロッケを2つ落として見せる。そして3秒以上の時間が経過するのを待って拾い上げ、その1つを食べて見せ、もう1つを友人に「あげるから食べろ」と勧める。実際に実験していないので確かなことは言えませんが、かなりの確率で友人は拒絶するでしょう。さらに、「オレがやると言ったコロッケが食えないのか!」とでも言い出せば喧嘩になることは容易に想像できます。

 ばかばかしいと言われるのを承知で、この友人がなぜ床に転がったコロッケを拒絶するのかを考えてみましょう。この場合、このコロッケは無菌状態を保っていることが証明されていて、その友人も理解しているとします。それでも食べたくないと言う理由を考えるのです。

 それは、不適切な方法で提供されたからです。自分が立っている足の裏と同じレベルに裸の状態で置いてから拾い上げて差し出すという行為自体が、我々の文化の中で許容される食品の提供法から逸脱していて、ケガレと見なされるからです。

 ケガレは我々の“未開”な面から作られる“野生の思考”の一種ですが、茶事の作法、神道などの宗教、陰陽道などの魔術といった文化や宗教の中で様式化、体系化されることがあります。一方、歪んだケガレ観は差別の温床にもなり得ますし、あまりにも自然科学とかけ離れたケガレ観は文化的、合理的な生活には有害なものにもなり、「迷信」として扱われます。放置せずに、自然科学との整合性を見出して統合するなり、有害なものは捨て去るように仕向けるなどの努力は必要でしょう。

 しかし、そのためにも、そうしたケガレ観に基づく思考や行動があるということは、直視しておかなければなりません。

 科学的に心配がないと説明できるもの――たとえば農薬、食品添加物、遺伝子組換え作物、所定の手順によって用意された牛肉にBSEの心配がないということなど――に対して、消費者には根強い拒絶反応があります。それは、「3秒ルール!」と同じ根を持つケガレ観に基づく忌避の感覚と言えるでしょう。

 それらについてさらに科学で説明を試み、理解されなければ頑迷さを批判する。あるいは、消費者に選ばれないことを“風評被害”として扱い、供給者が自分たちを“被害者”として規定する。そうした対応をとるのは簡単で、正しいことのようにも考えられるでしょう。

 しかし、それで壁を確かに乗り越えたり完全に壊したりすることは難しいものです。ケガレ観を変えることは文化を変えることだからです。より周到で綿密な計画、結果に対する責任を引き受ける覚悟に基づくリーダーシップ、そしてゆるぎない実行力が必要です。

 少なくとも、我々人間が自然に身に付けている前近代的思考を、愚かしいこととして見下すなり無視しているうちは、世の中を変えることはできないでしょう。

 放射能問題を抱える今の日本の食を考える上でも、ケガレ観を正視した上で対応する姿勢は、さらに重要になっていくでしょう。

※このコラムはメールマガジンで公開したものです。

齋藤訓之
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Food Watch Japan編集長 さいとう・さとし 1988年中央大学卒業。柴田書店「月刊食堂」編集者、日経BP社「日経レストラン」記者、農業技術通信社取締役「農業経営者」副編集長兼出版部長等を経て独立。2010年10月株式会社香雪社を設立。「FoodScience」(日経BP社)では「食の損得感情」を連載。公益財団法人流通経済研究所客員研究員。亜細亜大学経営学部ホスピタリティ・マネジメント学科非常勤講師。昭和女子大学現代ビジネス研究所研究員。日本フードサービス学会会員。著書に「有機野菜はウソをつく」(SBクリエイティブ)、「食品業界のしくみ」「外食業界のしくみ」(ともにナツメ社)、「農業成功マニュアル―『農家になる!』夢を現実に」(翔泳社)、共著・監修に「創発する営業」(上原征彦編著ほか、丸善出版)、「創発するマーケティング」(井関利明・上原征彦著ほか、日経BPコンサルティング)、「農業をはじめたい人の本―作物別にわかる就農完全ガイド」(監修、成美堂出版)など。※amazon著者ページ → ※齋藤訓之のブログ →