「怪しい彼女」と4カ国の食

今回は、2014年公開の韓国映画「怪しい彼女」と、それを中国、ベトナム、そして日本でリメイクした4本の映画を通して、アジア各地の食のシーンを比較してみようと思う。

 4作品に共通する概要は、女手一つで一人息子を育てたおばあちゃんが、不思議な写真館で20歳の娘に若返り、得意の歌でバンドのボーカルとしてもう一度青春を取り戻そうとする姿を、音楽プロデューサーとの恋を交えてコメディタッチで描いたものである。

片想いの果物と嫁姑バトルの味

韓国版「怪しい彼女」。オ・ドゥリ(シム・ウンギョン、右)は孫のバンドに誘われる
韓国版「怪しい彼女」。オ・ドゥリ(シム・ウンギョン、右)は孫のバンドに誘われる

 まずはオリジナルの韓国版から。70歳のオ・マルスンおばあちゃん(ナ・ムニ)の近所には、彼女の実家の元奉公人、パクさん(パク・イナン)が住んでいる。彼はずっと彼女に憧れを抱いてきたのだが、彼女は他の男と結婚し、夫が出稼ぎ先のドイツで死んでからは息子を育てることに必死で、パクさんを顧みる余裕はなかった。いつしか彼も結婚し、妻と死別した今では未婚のまま年を重ねる娘と2人暮らし。

 そんな年寄り2人の関係を象徴するのが、おばあちゃんがパクさんにたびたび差し入れる桃。実はパクさんは桃アレルギーなのだが、何も言わずに受け取る。たとえ片想いでも彼女に尽くすという男の心情が透けて見え、若返った後の彼女の正体を知る唯一の理解者として献身的に立ち回る伏線になっている。

 おばあちゃんと息子の嫁との関係も物語の鍵。魚と大根のチョリム(煮付け)を作っている嫁に、大根で魚を挟んで煮れば味が染み込んでおいしくなるとアドバイスするのだが、それが嫁には嫌味に聞こえてしまう。そんなことが積み重なって、ついに嫁はノイローゼで倒れてしまう。それが原因でおばあちゃんが老人ホームに送られることになったことが、ひいては若返りのきっかけになるのである。また、20歳の姿になったおばあちゃんが、孫のバンドに加入したことを口実に、当面の生活資金になるへそくりを回収しようと客のふりをして自宅を訪れる場面では、食事に出されたチョリムに同じことを言うなど、肉体は若返っても心は姑のままで、ちくはぐなやり取りが笑いを誘う。

 ちなみに桃は中国版ではそのままだが、ベトナム版ではバナナ、日本版ではリンゴ、チョリムは中国版では鮒のスープ、ベトナム版ではスープの味付けにパイナップルとマムトム(発酵したエビペースト)のどちらを使うのかといった(日本版はなし。理由は後述)、お国柄を反映したものになっている。

各国で異なる“憧れのスター”

 続いて中国で製作されたのが「20歳よ、もう一度」(2015)。韓国版のシナリオをほとんど踏襲しており、食べ物についても前述のものに加え、おばあちゃんと息子と孫娘との外食が焼肉からレストランでのエビと肉料理になったり、男孫におごるはずだった料理がタッカンマリ(鶏鍋)から栗と鶏の煮物になったりというローカライズの小変更に留まっている。

 しかし、各国で特色が現れる点として、おばあちゃんが若いころに憧れ、若返り後の偽名のヒントにしたスターの違いが挙げられる。

 韓国版では「ローマの休日」(本連載第58回参照)の主演女優、オードリー・ヘップバーン→オ・ドゥリ(シム・ウンギョン)、中国版は日本でも活躍した“アジアの歌姫”、テレサ・テン→テレサ・モン(ヤン・ズーシャン)、ベトナム版は同国の往年の大衆歌劇女優タン・ガーをそのまま(ミウ・レ)、日本版はオードリー・ヘップバーンと「永遠の処女」と呼ばれた原節子に由来する大鳥節子(多部未華子)が、時代を超えてスターダムにのし上がっていく。彼女たちには若さに加え、これまでの人生で苦労を重ねてきた経験があり、実感がこもった歌が歌えるのが強みとなっている。

 中国版で若返ったテレサが老人たちののど自慢大会に飛び入り参加して歌い、音楽プロデューサーの目に留まった歌は、1984年に日本でヒットしたテレサ・テンの「つぐない」を後に「償還」というタイトルで中国語版として発売したものである。

 また、中国版とベトナム版では若返りの舞台となる「青春写真館」の向かいにあるバス停の広告の若い女性モデルが、おばあちゃんの老いと好対照をなしているのだが、中国版ではそのモデルが韓国版のヒロインを演じたシム・ウンギョンというのもお遊びの一つである。

スタミナ料理と戦争の記憶

 3作目となる「ベトナムの怪しい彼女」(2015)もオリジナルに忠実な作りだが、熱帯のベトナム南部で撮影されただけあって、食べ物には南国情緒が感じられる。初の路上ライブを成功させたタン・ガーが孫のバンドのメンバーと打ち上げで訪れる食堂は、ハーブを使った鶏料理で有名な店。ライムで洗い、米酒で蒸した鶏肉にエシャロットを添えたもので、いかにもスタミナがつきそうな料理である。彼女はこの店の開店当時から来てたというが、看板には1968年創業の文字が。慌てて、おばあちゃんに教えてもらったと誤魔化すのだが……。

 印象的なのは、休日に音楽仲間や元奉公人のおじいちゃんと訪れたプールのシーン。若者にナンパされそうになったタン・ガーをおじいちゃんが守ろうとして逆に脅される様子を見て、キレた彼女が啖呵を切る。

「死の恐怖を知ってる? 爆弾の雨や銃口におびえたことは? あんたの年の頃、彼は国のために戦ってた。尊敬すべき相手を脅すなんて。それが“クール”かい。軍隊に入って銃を持って国のために戦ってみな。過去に彼のような人がいなければパーティーもできなかったんだよ」

 これが周囲の人々の共感を生んだのは、未だに残るベトナム戦争の記憶と、その苦難から現代の平和を築いた先達への敬意からだろう。これは他の国の作品でも例外ではなく、おじいちゃんやおばあちゃんは、第二次世界大戦や朝鮮戦争等の惨禍から立ち上がるために苦労を重ねてきた世代なのである。

レトロ色の濃い日本版

 4作目となる日本版「あやしい彼女」(2016)は、前3作とは以下の点で異なっている。

  • おばあちゃんの子供が大学教授の息子ではなく雑誌編集者の娘。
  • おばあちゃんの孫は姉弟2人ではなく草食系男子1人。
  • おばあちゃんの幼馴染のおじいちゃんは元奉公人ではなく、元戦災孤児で現在は銭湯「佐竹湯」の婿養子。

 先に嫁姑の葛藤を象徴する料理が日本版にないと述べたのは、嫁自体が存在しないからである。

 おばあちゃんの子供を息子から娘に変更した理由について、過去に「舞妓Haaaan!!!」(2007)、「なくもんか」(2009)、「綱引いちゃった!」(2012)、「謝罪の王様」(2013)といった数々のコメディを手がけてきた水田伸生監督は、インタビューで自分の生い立ちと重なり過ぎているし、国民性の違いからと述べているが、実際のところは、おばあちゃんが自分の息子に幻想を抱き過ぎていて親子の関係がきれいごとに終わってしまっているオリジナルへの批判があるからではないだろうか。同性にすることで親子の葛藤も入り、母娘を演じた倍賞美津子と小林聡美の演技力もあって人間ドラマに厚みが増している。

 また、70歳のおばあちゃんが突然20歳に若返るという無理な設定の違和感を薄めるためにはレトロ感のある舞台が必要で、その一つとして銭湯を用意したと思える。映画のロケ地となった東京上野の佐竹商店街や秋葉神社は筆者の職場の近くにあるのだが、昭和の風情を残す下町である。なお銭湯のシーンは表と浴場は足立区の「江北湯」のロケ、老人たちの憩いの場となる脱衣所はスタジオのセットで、冒頭の俯瞰の長回しを可能にしている。

 劇中に登場する歌も、おばあちゃんの愛唱歌である笠置シヅ子の「東京ブギウギ」(1947)から、坂本九の「見上げてごらん夜の星を」(1963)、美空ひばりの「真っ赤な太陽」(1967)、ザ・フォーク・クルセダーズの「悲しくてやりきれない」(1968)と、彼女の生きた昭和の戦後を象徴する選曲になっている。見逃せないのはおばあちゃんのライバルを演じた金井克子の存在。バレエダンサーから歌手に転向し、独特の振付が話題になった「他人の関係」(1973)等のヒット曲を出した。本作ではのど自慢大会のシーンで歌と身のこなしを披露し、健在ぶりを見せている。

「ローマの休日」へのオマージュがオリジナルより多いのもポイント。「青春写真館」のホリゾント(背景)の絵がスペイン広場だったり、くじ引きの箱は「真実の口」を模し、手を食われる真似をするシーンも再現。またネタばれになるので詳しくは述べないが、韓国版のある場面に登場する大型バイク/ジェームズ・ディーンの組み合わせが、ベスパ/グレゴリー・ペックへと変更されている。

まだまだ続く“ワンソース・マルチテリトリー”

 さる2017年3月に行われた「第12回大阪アジアン映画祭」では、リメイク5作目となるタイ版「突然20歳 タイの怪しい彼女」が日本で初上映された。この他インド、インドネシア、ドイツでもリメイクを企画中とのことで、このワンソース・マルチテリトリー(1つの話をモチーフに地域毎にローカライズして製作する方式)の試みは、アジアのみならず全世界に拡大していきそうである。

 アジアはじめ世界の各地の緊迫した国際情勢がいろいろ報道されているが、たまにはこうした映画を観て、“所変われど人変わらず”を確認してみるのもよいかと思える。


【怪しい彼女】

「怪しい彼女」(2014)
公式サイト
http://ayakano-movie.com/
原題:수상한 그녀
製作国:韓国
製作年:2014年
公開年月日:2014年7月11日
上映時間:125分
配給:CJ Entertainment Japan
カラー/サイズ:カラー/アメリカンビスタ(1:1.85)
スタッフ
監督・脚色:ファン・ドンヒョク
プロデューサー:イム・ジヨン、ハン・フンソク
撮影:キム・ジヨン
プロダクション・デザイン:チェ・ギョンソン
音楽:モグ
照明:チョ・ギュヨン
編集:ナム・ナヨン
衣裳デザイン:チェ・ギョンファ
ヘアメイク:キム・ドヒ
SFX/VFXスーパーバイザー:チョン・ジェフン
サウンドスーパーバイザー:チェ・テヨン
キャスト
オ・ドゥリ(若返ったおばあちゃん):シム・ウンギョン
オ・マルスン(おばあちゃん):ナ・ムニ
パクさん(幼馴染み):パク・イナン
バン・ヒョンチョル(息子):ソン・ドンイル
バン・ジハ(孫):ジニョン(B1A4)
ハン・スンウ(プロデューサー):イ・ジヌク

(参考文献:KINENOTE)


【20歳よ、もう一度】

「20歳よ、もう一度」(2015)
公式サイト
http://20again-movie.jp/
原題:重返20歳
製作国:中国
製作年:2015年
公開年月日:2015年6月12日
上映時間:132分
配給:CJ Entertainment Japan
カラー/サイズ:カラー/シネマ・スコープ(1:2.35)
スタッフ
監督:レスト・チェン 
主題歌:ルハン「僕たちの明日」
キャスト
テレサ・モン(若返ったおばあちゃん):ヤン・ズーシャン
シュン・モンジュン(おばあちゃん):グァ・アーレイ
タン・ズーミン(プロデューサー):チェン・ボーリン
シャン・チェンチン(孫):ルハン

(参考文献:KINENOTE)


【ベトナムの怪しい彼女】

「ベトナムの怪しい彼女」(2016)
原題:EM LÀ BÀ NỘI CỦA ANH
製作国:ベトナム
製作年:2015年
公開年月日:2016年7月31日
上映時間:127分
配給:CJ Entertainment Japan
カラー/モノクロ:カラー
スタッフ
監督:ファン・ザー・ニャット・リン
キャスト
タン・ガー(若返ったおばあちゃん):ミウ・レ
ミセス・ダイ(おばあちゃん):ハリー・ウォン
クアン(息子):ドゥク・クエ
トゥン(孫):ゴ・キエン・フイ
マン・ドゥク(プロデューサー):ファ・ヴィ・ヴァン

(参考文献:KINENOTE)


【あやしい彼女】

「あやしい彼女」(2016)
公式サイト
http://ayakano.jp/
製作国:日本
製作年:2016年
公開年月日:2016年4月1日
上映時間:125分
製作会社:「あやカノ」製作委員会(日本テレビ放送網、CJエンタテイメントジャパン、CJ E&M、松竹、日活、読売テレビ放送、バップ、小学館、C&Iエンタテイメント、ソニー・ミュージックレーベルズ、STV、MMT、SDT、CTV、HTV、FBS、)(製作幹事 日本テレビ放送網/制作プロダクション C&Iエンタテインメント)
配給:松竹
カラー/サイズ:カラー/アメリカンビスタ(1:1.85)
スタッフ
監督:水田伸生
脚本:吉澤智子
エグゼクティブプロデューサー:門屋大輔
製作:中山良夫
ゼネラルプロデューサー:奥田誠治
プロデューサー:畠山直人、八尾香澄
共同プロデューサー:伊藤卓哉、里吉優也
撮影:中山光一
美術:磯見俊裕
装飾:佐原敦史、大庭信正
音楽:三宅一徳
劇中歌監修:小林武史
主題歌:越野アンナ:(「帰り道」(Sony Music Records))
録音:鶴巻仁
音響効果:松浦大樹
照明:松本憲人
編集:平澤政吾
衣装:篠塚奈美
ヘアメイク:酒井夢月
キャスティング:杉野剛
ラインプロデューサー:毛利達也
制作担当:近藤博
監督補:相沢淳
助監督:蔵方政俊
スクリプター:阿保知香子
VFXスーパーバイザー:オダイッセイ
宣伝プロデューサー:小出わかな
キャスト
大鳥節子(若返ったおばあちゃん):多部未華子
瀬山カツ(おばあちゃん):倍賞美津子
瀬山幸恵(娘):小林聡美
瀬山翼(孫):北村匠海
小林拓人(プロデューサー):要潤
中田次郎(幼馴染み):志賀廣太郎
相原みどり(ライバル):金井克子
カメオ出演:野村周平

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。