映画の中のうまそうなラーメン

今回から新シリーズとして、映画の中の“うまそうなもの”に焦点をあて、数本をセレクトして紹介していく。まずは日本の“国民食”であるラーメンから。

「ラーメン大使」の温かさ

 1967年の大映東京製作、島耕二監督作品「ラーメン大使」は、当時東宝で「駅前シリーズ」(1958~1969)や「社長シリーズ」(1962~1967)のレギュラーとして活躍中だったフランキー堺を主演に迎えた喜劇映画である。

 広東省から来日した王さん(フランキー)は、戦時中に日本陸軍の山川伍長(星ひかる)から受け取った23円50銭のおかげで男児を出産できた母親の遺言で恩人を探しに来たのだった。彼は麻薬密輸団の陰謀に巻き込まれながらも、彼を保護した長嶋巡査(船越英二)をはじめとする周囲の人々の協力を得て山川さんを探す――。

 王と長嶋という役名は、当時プロ野球のスター選手であったON(王貞治と長嶋茂雄)にあやかっている。ちなみにフランキーは「喜劇 駅前飯店」(1962)でも片言の日本語を話す中華街の華僑を演じているが、同作品には王貞治がゲスト出演している(王の生家が中華料理店というのは有名な話)。

 王さんが来日中に宿泊したのが、長嶋巡査の下宿先であるラーメン店「万来軒」。王さんが泊めてもらったお礼にと店の仕事を手伝うと、彼が作るラーメンがおいしいと評判を呼ぶ。このラーメン、具はチャーシュー1枚、ナルト2枚、シナチクに青菜とごく一般的なものだが、彼が手打ちする麺や本場仕込みのスープに違いがあるのだろう。

 出前先の幸薄い家政婦、ユキ(高毬子)を励ますために王さんがラーメンを作る場面では、なぜかポップコーンが弾ける映像が挿入されている。これは隠し味ということではなく、恐らく調理シーンに迫力を付けるためだと推察する。

 手をけがしたユキに王さんがラーメンを食べさせてやる場面では、ラーメンのおいしさ以上に王さんの心の温かさが感じられる。この親切が恩返しにつながることになるのだが、詳しくは映画を御覧いただきたい。

「東池袋大勝軒」のお客の笑顔

「ラーメンより大切なもの 東池袋大勝軒 50年の秘密」は、東京・東池袋にあった伝説のラーメン店「東池袋大勝軒」で、1961年の創業から2007年の閉店まで店を守り続け、数多くの弟子を育てた創業者、山岸一雄氏(1934~2015)の姿を、2001年から引退後の2012年まで追ったフジテレビのドキュメンタリー番組「ザ・ノンフィクション」を再構成した劇場版である。

 つけ麺(商品名「特製もりそば」)の元祖としても知られ、行列のできるラーメン店として知られた旧東池袋本店の特徴はそのボリューム。普通盛りでも260gある醤油味の東京風ラーメンである。これは安くて満足いく量をお客に食べさせたいという山岸氏の方針からであった。

 本作では早朝のチャーシュー作りからスープ作り、麺作りに至るまで店の裏側を隠すことなく見せているが、これには見ただけではまねできないという自負があるのだろう。

 本物のラーメンの味の迫力は映像からも伝わってくるが、行列に並んだ末にやっと一杯にありつけたお客たちの笑顔が何よりもそれを物語っている。

 そんな山岸氏であったが、仕事での無理がたたって膝の関節炎を悪化させ、医者からはあと1年で立てなくなると宣告されてしまう。それでも倒れるまで働き続けたのには彼が封印してきたある思いがあったのだが、それについては実際に映画を御覧いただきたい。

「タンポポ」の改善プロジェクト

正しい食べ方を指南するラーメンの先生の台詞によって、ラーメンの見え方まで変わってくる。
正しい食べ方を指南するラーメンの先生の台詞によって、ラーメンの見え方まで変わってくる。

※注意!! 以下はネタバレを含んでいます。

 伊丹十三監督の1985年作品「タンポポ」は、食べ物をテーマにした映画として真っ先に名前が挙がる名作である。

 子持ちの未亡人、タンポポ(宮本信子)が経営する街道沿いの寂れたラーメン店「来々軒」を、野牛の角がトレードマークのタンクローリーの運転手、ゴロー(山崎努)と相棒のガン(渡辺謙)をはじめとする仲間が、町一番のラーメン店「タンポポ」に立て直して去っていく――。そのプロット(あらすじ)は「シェーン」(1953)を想わせ、演出は「駅馬車」(1939、本連載第46回参照)や「荒野の決闘」(1946、)等の名作を残した西部劇の巨匠ジョン・フォードのパロディのよう。マカロニ・ウエスタンをもじった公開時の宣伝コピー“ラーメン・ウエスタン”が示す通りである。

 一方、食を生と性と死に重ねて生き急ぐやくざの白服の男(役所広司)らのさまざまな食に関する13のエピソードがメインストーリーの途中途中に唐突に挿入され、逸脱に次ぐ逸脱で観る者を“食の迷宮”に誘い込む。この手法は「ブルジョワジーの秘かな愉しみ」(1972、本連載第6回参照)等のルイス・ブニュエル&ジャン・クロード・カリエールから学んだと思われるが、作品が空中分解しそうな危険をはらみながらも、“食”という一つのカギのもとに奇跡のような調和を保っている。

 伊丹監督の映画的記憶を総動員したこの傑作の全貌を語るのは別の機会に回し、今回はメインのラーメンのエピソードに絞って見ていこう。

 まず夜の街道を疾走するタンクローリーの車内でガンがゴローに読み聞かせる本について。東映時代劇で活躍した往年の“剣豪”大友柳太朗がラーメン歴40年の先生に扮し、感情移入で本の世界に入って来たガンにラーメンの正しい食べ方を指南する。ラーメンをよく観察してその美しさを愛で、一つひとつの所作にラーメンへの愛情のこもった先生の作法は、“食べる側のラーメン道”と呼ぶに相応しく、頭の中を駆け巡る“飯テロ効果”に耐えられなくなったゴローとガンが車を止めてラーメン店に飛び込むきっかけとなり、物語を動かしている。

 その店「来々軒」で地元の荒くれ者のピスケン(安岡力也)一味と一悶着あったことがきっかけでゴローたちはタンポポと知り合うのだが、亡き夫の店を素人同然で引き継いだ彼女の作るラーメンはスープがぬるくてまずい上に、食べる客を観察していないなど、ラーメン店としては致命的な欠陥があった。

 ゴローは仕事柄あちこちの店を食べ歩いてきた経験から厳しい意見をし、彼女は弟子にしてくれと言い出す。「来々軒」を“本物のラーメン屋”にしたくなったと言うのだ。ゴローは渋るが、彼女の作る朝飯のうまさにつられて引き受けてしまう。

 体力作りに始まって基本的なオペレーションのトレーニングを重ね、さらに他店の偵察を通してゴローがタンポポに教えたよいラーメン店の条件は、以下のようなものである。

  • 動きに無駄がなく、無言。
  • 客が食べた後のどんぶりを必ず見てスープを飲んでくれたか確認する。
  • 客の順番と注文を全部覚えている。

 ゴローはラーメン作りは本職ではないので、繁華街の一流店が出す残飯で舌が肥えているホームレスたちのリーダーで元病院長のセンセイ(加藤嘉)に、スープ作りの指導を仰ぐ。

 ゴローたちはそば屋でお汁粉の餅をのどに詰まらせた老人(大滝修治)を助ける。そのお礼に、彼の運転手兼料理人のショーヘイ(桜金造)を店の新装オープンまで貸してもらえることになった。彼が麺をツルツルのシコシコにグレードアップする提案をする。

 そして、ゴローとの「静かなる男」(1952、ジョン・フォード監督作品)のような殴り合いの末に友情が生まれたピスケンが内装担当として加わる。

 演出担当のゴローを中心に期間限定でそれぞれの専門職が集い、町一番のラーメン店“タンポポ”を目指すプロジェクトは、どこか映画作りにも似ている。

 彼らが目指す理想のタンポポラーメンとは以下のようなものであった。

  • 味の基本は綺麗に澄んだ醤油味のスープで、コッテリした迫力のあるコクを狙う。
  • 具はチャーシューとシナチクとネギだけ。
  • メニューはラーメンとチャーシューメンの2品で勝負する。

 メニューは後にピスケン考案のもう1品が加わるのだが、それが何かは実際に映画をご覧いただきたい。

 デビュー作「お葬式」(1984)や「マルサの女」(1987)に始まる「女シリーズ」(~1997)と共通する伊丹監督のうんちく趣味が出た作品であるが、麺のツルツルシコシコの効果音や、タンポポラーメンができた時の照明効果等、ラーメンをおいしく見せる工夫が凝らされている。


【ラーメン大使】

「ラーメン大使」(1967)
作品基本データ
ジャンル:コメディ
製作国:日本
製作年:1967年
公開年月日:1967年2月11日
上映時間:83分
製作会社:大映東京
配給:大映
カラー/サイズ:カラー/シネマ・スコープ(1:2.35)
スタッフ
監督:島耕二
脚色:舟橋和郎、花登筐
原作:花登筐
企画:藤井浩明
撮影:渡辺徹
美術:高橋康一
音楽:大森盛太郎
録音:三枝康徐
照明:泉正蔵
編集:鈴木東陽
スチール:沓掛恒一
キャスト
王さん:フランキー堺
長島巡査:船越英二
山川ユキ:高毬子
山川洋介:星ひかる
マヤ:渚まゆみ
日森:市村俊幸
ノブ:丸井太郎
サブ:人見きよし
城:津田駿
ルートの男:原田玄
六さん:三角八郎
ユリ:春川ますみ
大野咲子:若水ヤエ子
蛭川:中村是好
山川老人:杉狂児
谷村老人:高村栄一
ハナ子:紺野ユカ
泰吉:佐伯勇
トン公:高見国一
肇:松山新一
新聞記者:大庭健二
船員:井上大吉

(参考文献:KINENOTE)


【ラーメンより大切なもの 東池袋大勝軒 50年の秘密】

「ラーメンより大切なもの 東池袋大勝軒 50年の秘密」(2013)
公式サイト
http://ramen-eiga.jp/
作品基本データ
ジャンル:ドキュメンタリー
製作国:日本
製作年:2013年
公開年月日:2013年6月8日
上映時間:90分
製作会社:フジテレビジョン
配給:ポニーキャニオン
カラー/モノクロ:カラー
スタッフ
監督:印南貴史
構成:岩井田洋光
エグゼクティブプロデューサー:味谷和哉
企画:堤康一
製作統括:塚越裕爾
プロデューサー:西村朗、山田敏弘
撮影:山岸恵史
音楽:高田耕至
エンディングテーマ曲:久石譲「ふるさとのメロディー」
キャスト
出演:山岸一雄
ナレーション:谷原章介

(参考文献:KINENOTE)


【タンポポ】

「タンポポ」(1985)
作品基本データ
ジャンル:ドラマ
製作国:日本
製作年:1985年
公開年月日:1985年11月23日
上映時間:115分
製作会社:伊丹プロ、ニュー・センチュリー・プロデューサーズ
配給:東宝
カラー/サイズ:カラー/アメリカンビスタ(1:1.85)
スタッフ
監督・脚本:伊丹十三
製作:玉置泰、細越省吾
撮影:田村正毅
美術:木村威夫
グラフィック・デザイン:佐村憲一
音楽:村井邦彦
録音:橋本文雄
照明:井上幸男
編集:鈴木晄
キャスティング・ディレクター:笹岡幸三郎
助監督:白山一城
スチール:目黒祐司、宮本一郎
キャスト
ゴロー:山崎努
タンポポ:宮本信子
ガン:渡辺謙
ピスケン:安岡力也
センセイ:加藤嘉
ショーヘイ:桜金造
老人:大滝秀治
白服の男:役所広司
白服の男の情婦:黒田福美
白服の男の子分:長江英和
白服の男の子分:加藤善博
白服の男の子分:深見博
映画館のアベック:村井邦彦
映画館のアベック:松本明子
ラーメンの先生:大友柳太朗
ターボー:池内万平
いじめっ子:田村淳一郎
いじめっ子:竹内直人
いじめっ子:大沢博
ピスケンの手下たち:粟津號
ピスケンの手下たち:榎木兵衛
ピスケンの手下たち:大屋隆俊
ピスケンの手下たち:瀬山修
マナー教室の先生:岡田茉莉子
マナー教室の生徒:坪井木の実
マナー教室の生徒:根本里生子
太った外人:アンドレ・ルコント
専務:野口元夫
常務:嵯峨善兵
課長:成田次穂
部長:田中明夫
課長:高橋長英
ヒラ:加藤賢崇
ボーイ:橋爪功
ルームサービス:小竹林義一
大三元のおやじ:久保晶
その弟子:兼松隆
その弟子:大島守三郎
その弟子:川島祐介
日の出ラーメンのおやじ:里木佐甫良
その職人:都家歌六
味一番のおやじ:MARIO ABE
中華街のおやじ:高木均
その隣のおやじ:二見忠男
小さい乞食:辻村真人
太った乞食:松井範雄
ひげの乞食:ギリヤーク尼ヶ崎
赤鼻の乞食:佐藤昇
丸い乞食:高見映
合唱する乞食たち:日本合唱協会
守衛:福原秀雄
牡蠣の少女:洞口依子
海女たち:安達久美子
海女たち:新谷絵子
海女たち:中田佳子
海女たち:松渕麻美
海女たち:小笠原睦子
歯の痛い男:藤田敏八
ヤムチャ売りの少女:鈴木美江
歯医者:北見唯一
女助手たち:南麻衣子
女助手たち:柴田美保子
人参をさげた男の子:海野喜一
老人のおめかけさん:篠井世津子
そばやの女中:伊藤公子
スタイリストたち:関山耕司
スタイリストたち:入江正夫
スタイリストたち:沖佐々木範幸
スタイリストたち:石岡博夫
中華そば屋のコック:横山あきお
カマンベールの老婆:原泉
スーパーのマネージャー:津川雅彦
老紳士:中村伸郎
連れの男:林成年
刑事:田武謙三
走る男:井川比佐志
その妻:三田和代
その子供たち:関菜穂子
その子供たち:石井孝明
その子供たち:横田真洋
医者:大月ウルフ
タンポポの客:上田耕一

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。