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「アスファルト」のクスクス

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前回は日本の団地を舞台にした作品を紹介したが、今回はフランスの団地を舞台にした「アスファルト」を取り上げる。

“バンリュー”での愛と絆を描く

 フランスでも日本と同様、1960年代に住宅不足対策としてパリ等の大都市の郊外に公営団地の建設が進んだ。その建設の様子は団地の主婦売春を題材としたゴダールの「彼女について私が知っている二、三の事柄」(1966)でも描かれている。

 その後、バンリューと呼ばれるこれらの団地にはアルジェリアやモロッコといったアフリカ大陸の旧植民地をはじめとする各国からの移民が押し寄せて“人種のるつぼ”となり、スラム化が進んで犯罪や暴動が多発する等社会問題となった。その荒廃ぶりをセンセーショナルに描いた映画は1995年の第48回カンヌ国際映画祭で監督賞を受賞したマチュー・カソヴィッツ監督の「憎しみ」、リュック・ベッソン製作のエンターテインメントアクション「アルティメット」(2004)シリーズ、2015年の第68回カンヌ国際映画祭で最高賞のパルムドールを受賞したジャック・オディアール 監督の「ディーパンの闘い」等数多い。

 これらに対し本作はモロッコ系ユダヤ人の息子として生まれ、パリ郊外のバンリューで育ったサミュエル・ベンシェトリが、人種や宗教や対立ではなく愛と絆をテーマにバンリューを描くことを企図して2005年に著した「Asphalte Chrononicles」(英題)の2本の短編小説に新たなエピソードを加えて自ら脚本・監督を手がけたもので、3組の男女がフランス郊外の架空のピカソ団地を舞台に織りなすグランドホテル方式(本連載第99回参照)のヒューマンドラマになっている。

※2016年9月3日(土)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテ、シネ・リーブル池袋ほか全国順次ロードショー。

スナック菓子が結ぶ偽カメラマンと夜勤看護師

 日本の団地と同様にピカソ団地にも住民の自治会のような組織があり、その寄り合い風景から映画は始まる。老朽化が進み故障続きのエレベーターを住民たちが費用を分担して交換しようという自治会長の提案に、2階の住民のスタンコヴィッチ(ギュスタブ・ケルヴァン)だけははただ一人異を唱え、費用を負担しない代わりにエレベーターに乗ることを禁じられる。

 その直後、間が悪いことに彼は自室でエアロバイクでトレーニング中に倒れ、後遺症で車椅子生活になってしまったためにエレベーターを使わざるを得なくなり、住民たちがエレベーターを使用する時間帯を調べて誰も使わない時間にこっそり昇降するという不自由な生活を強いられる。

 彼は食料を探しに深夜の街に出るがどの店も閉まっていて、ようやく見つけた病院のスナック菓子の自動販売機も故障してしまう。そんな時、彼を入院患者と間違えて呼び止めたのが、夜勤の看護師(ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ)。彼女にこんな時間にこんな所で何をしているのか問われたスタンコヴィッチは、家を出る直前にビデオで観ていたフランス語吹替版の「マディソン郡の橋」(1995、クリント・イーストウッド監督)を思い出し、自分はカメラマンでロケハン中だととっさに嘘をついてしまう。

 いわくありげな看護師に恋をした彼は、彼女の休憩時間が午前1時だと聞き出すと、古いカメラを引っ張り出してTV画面や近所の風景を撮影するなどしてカメラマンになりすまし、逢瀬を重ねていくのだが……。

“落ちぶれた名女優”と“サラブレッド”

“カギっ子”の少年シャルリは、隣に越してきた中年の女性が鍵の閉じ込みをしてしまったところを助けたことがきっかけで彼女と親しくなる。彼女はジャンヌ・メイヤーという女優だと名乗るが、彼は彼女のことを知らなかった。DVDで1982年の若き日の彼女主演のモノクロ映画「腕のない女」を観せてもらった彼は彼女の演技を褒め、落ちぶれてここにやって来た彼女もその言葉を受けて再びやる気を起こし、昔出演した芝居「ネロ」でかつて演じた絶世の美女ポッペア役に再び立候補することを決意するのだが……。

 ジャンヌ・メイヤー役のイザベル・ユペールは、劇中で「腕のない女」として上映されるクロード・ゴレッタ監督の1977年作品「レースを編む女」(実際はカラー)をはじめ、「天国の門」(1981、マイケル・チミノ監督)、「沈黙の女/ロウフィールド館の惨劇」(1995、クロード・シャブロル監督)、「ピアニスト」(2001、ミヒャエル・ハネケ監督)、「眠れる美女」(2012、マルコ・ベロッキオ監督)といった数多の作品で知られ、国際映画祭で多数の受賞歴を誇るフランスを代表する名女優である。彼女が実際のキャリアとは対照的に過去の栄光にすがるダメ女優を演じているところが本作の見どころの一つとなっている。

 またシャルリ役のジュール・ベンシェトリはサミュエル・ベンシェトリ監督と彼の2003年作品「歌え!ジャニス・ジョプリンのように」(2003)の主演女優でこの作品が遺作となったマリー・トランティニアンの間に生まれた子供で、母方の祖父は「男と女」(1966、クロード・ルルーシュ監督)で主演を務めたジャン・ルイ・トランティニアンである。健康上の理由で断念したとのことだが、スタンコヴィッチ役は彼が演じる予定だったという。

“世界一のクスクス”と宇宙飛行士

クスクスの食卓を囲むマダム・ハミダとNASAの宇宙飛行士ジョン・マッケンジー。

クスクスの食卓を囲むマダム・ハミダとNASAの宇宙飛行士ジョン・マッケンジー。

 衛星軌道上に浮かぶ宇宙船でのミッションを終えたNASA(アメリカ航空宇宙局)の宇宙飛行士ジョン・マッケンジー(マイケル・ピット)は、地球への帰還途中に何かの手違いで着陸カプセルが予定のコースを外れ、ピカソ団地のある棟の屋上に不時着してしまう。

 パニックになった彼は階下に住むアルジェリア移民のマダム・ハミダ(タサディット・マンディ)の部屋の扉を叩き、NASAに電話するが、トラブルが発覚して予算を減らされることを恐れたNASAはこの件を秘密裡に処理しようとし、迎えに行くまでの間ジョンを内緒で預かって欲しいとマダムに依頼する。一人息子のマジットが刑務所に服役中で寂しい想いをしていた彼女はこれを快諾。こうして2人の2日間だけの共同生活が始まる。

 ここで登場するのが、マダムが世界一と自慢するクスクス料理。クスクスは硬質のデュラム小麦から作られるご飯粒より小さな粒状のパスタだ。マダムの出身地であるアルジェリア等の北西アフリカではその呼び名が食べ物を示すほどに常食されており、料理のバリエーションも主食、おかず、サラダ、スイーツと数多い。

 最初はかたくなに宇宙服を脱ごうとしなかったジョンが、マダムが腕によりをかけて食卓に所狭しと並べたクスクス料理を前にして次第に打ち解け、終いには宇宙服を脱いでマジットが応援するフランスプロサッカーリーグのオリンピック・マルセイユのユニフォームを着てマダムの料理に舌鼓を打つシーンは本作のテーマである人の絆を体現していると同時に、クスクス料理が食べたくなること請け合いである。

謎の音の正体は?

 この3つのエピソードを通して団地の外のコンテナから聞こえてくる不思議な音は、人々の運命を導いているかのようだ。最後までその音の正体は明らかにされないが、前回紹介した日本の「団地」と同時期にフランスでも団地を舞台にしたSF調の作品が作られているのは興味深いことである。


【アスファルト】

公式サイト
http://www.asphalte-film.com/
作品基本データ
原題:ASPHALTE
製作国:フランス
製作年:2015年
公開年月日:2016年9月3日
上映時間:100分
配給:ミモザフィルムズ
提供:シンカ/ミモザフィルムズ
カラー/サイズ:カラー/スタンダード(1:1.37)
スタッフ
監督:サミュエル・ベンシェトリ
脚本:サミュエル・ベンシェトリ、ガボル・ラソフ
プロデューサー:イヴァン・タイエブ、マリー・サヴァレ、ジュリアン・マドン
撮影監督:ピエール・アイム
美術:ジャン・ムーラン
音楽:ラファエル
編集:トマ・フェルナンデス
衣装:ミミ・レンピカ
特殊効果:アラン・カルスー
キャスト
ジャンヌ・メイヤー:イザベル・ユペール
シャルリ:ジュール・ベンシェトリ
スタンコヴィッチ:ギュスタブ・ケルヴァン
看護師:ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ
マッケンジー:マイケル・ピット
マダム・ハミダ:タサディット・マンディ

(参考文献:KINENOTE)

執筆者

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。