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「団地」――“彼ら”の生命をつなぐ漢方薬

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今回は、阪本順治監督による異色のSFコメディ「団地」をご紹介する。

 先日ご紹介した是枝裕和監督の「海よりもまだ深く」(本連載128回参照)をはじめ、「みなさん、さようなら」(2013、中村義洋監督)や「中学生円山」(2013、宮藤官九郎監督)、「クロユリ団地」(2013、中田秀夫監督)等、昭和に建設された団地を舞台にした作品がここ数年多く公開されている。これは、戦後の高度成長期に労働力の担い手たちのベットタウンとして栄えながら、バブル崩壊、失われた30年といった時代の流れを経て老朽化し活力を失っていった団地の姿が、映画作家たちにとって現代の日本を映し出す格好の舞台装置であるからだと思われる。

「団地」も、そうした作品の1本となる。

“効果きしめん”な漢方薬

 本作の主人公は大阪近郊の団地に最近引っ越して来たばかりの清治(岸辺一徳)とヒナ子(藤山直美)の山下夫妻。彼らは近くの商店街で老舗の漢方薬局を営んでいたが、一人息子の直哉を交通事故で失い、相手が過重労働のトラック運転手であったことから社会問題化してマスコミの恰好の餌食となり、心身共に疲れ切った末に店をたたみ、この団地に移り住んだのだった。

 映画は、そんな彼らの常連客だった真城(斎藤工)が訪ねて来るシーンから始まる。不思議な雰囲気を持つ青年の彼は、廃業した夫妻に対し、こちらで配送から何からすべて手配するからこれまで通りに漢方薬を送ってほしいと半ば強引に頼み込むと、突然貧血を起こして倒れてしまう。驚いた清治が、捨てきれずに団地に持ち込んでいた漢方薬を煎じて飲ませると、彼はまたしても突然元気になり、再び夫妻を驚かせる。

「そんなに効くんかいな、僕の薬」

「はい。効果きしめんです」

「てきめんです」

「勉強になりました。とくに日本語は難しい」

 この辺りの真城の奇妙な立ち振る舞いは後半の展開への大きな伏線となっている。

 ここで漢方薬の定義について一言触れておく。漢方薬とは、原則として2種類以上の生薬を決められた分量で組み合わせて作られたもので、漢方医学に基づいて用いる条件も細かく定められ、日本では治療効果のある医薬品として正式に認められているものをいう。その点、ゲンノショウコ、センブリといった、昔から経験的に使われてきた概して1種類の薬草から作られ、使い方にも一定の基準がない民間薬とは異なる。

 現在日本では148種類の漢方エキス製剤(うち軟膏が1種類)が健康保険の適応となっていて、高齢者の病気や生活習慣病などの慢性疾患や婦人科疾患などに広く使われている(※1)。

 山下夫妻の漢方薬局では昔ながらの器具を使って手作りの漢方薬の丸薬を作っていた。本作では後述のシーンでその製造法について具体的に見ることができる。

生薬と共に死す?

 清治は息子の死にショックを受けたヒナ子への気遣いもあって漢方薬局を廃業したものの、内心では未練たっぷりで漢方薬の材料である生薬をどうしても捨てられずにそのまま団地に持ち込み、棚や床下の収納スペースはタッパーや袋に入った生薬がぎっしりという状態であった。それに加え人に頼まれたことは断れないという性分から彼は真城の依頼を引き受ける。そしてこの性分がもう一つの騒動の発端となるのである。

 団地の山下夫妻が住む地区の自治会長、行徳正三(石橋蓮司)と君子(大楠道代)夫妻。“ゴミ管理人”として影の権力を誇る君子は、夫が別棟の主婦と浮気をしていることへの当てつけで、ゴミ分別の“模範住民”となった清治を次期自治会長選挙に他薦で担ぎ上げる。清治は口では絶対に受けないというものの、生来の断れない性分に加え、緑地化や集会所でのフォークダンスの集い等、自治会長に選ばれた場合の公約作りに余念がなく、実はやる気まんまんであった。

 しかし、開票結果は行徳の再選となって梯子を外された上、君子の「清治さん、思たほど人望がなかったんやな」という陰口を聞くにつけ彼は深く傷付き、ヒナ子に「俺は死んだことにしてくれ」と言い残し、床下の収納スペースに生薬と共に隠れてしまう。

「団地ておもろいなあ、噂のコインロッカーや」とはヒナ子のたとえだが、清治の姿が見えなくなって暇を持て余していた東(竹内都子)、西(濱田マリ)、南(原田麻由)、北(滝裕可里)の団地妻たちはその行方について井戸端会議であらぬ憶測を巡らし始める。ヒナ子が清治を殺して遺体をバラバラにして隠しているというのはその最たるもので、町内会長の行徳に探りを入れるよう迫ったり、報道関係に勤める北の夫を使ってメディアを動員したりと、その妄想は次第にエスカレートしていくのだった。

準備万端バルタン星人

 そんな折、真城から今度は新たに“同郷人”5000人分の漢方薬の依頼が来る。彼の仲間たちは免疫力が落ち、自然に即した薬でないと体が受け付けないため日本全国と本場中国の薬局を訪ね歩いてあらゆる漢方薬を試した結果、清治の薬が最も“彼ら”に適していることがわかったというのだ。法外な要求に、人に頼まれたら嫌とは言えない清治もさすがに断るが、生薬から何からの材料一切は彼らが用意するという。

「準備万端バルタン星人。あ、今のはこの土地特有の言い方を真似ました」

 もし願いを叶えてくれたら恩返しに彼らの死んだ息子の直哉に会わせてあげますという真城の提案に、清治とヒナ子は5000人分の丸薬を2週間で手作りするという無理なミッションに挑むことになる。

山下夫妻が漢方薬の製造に使う切丸器(奥)と成丸器(手前)

山下夫妻が漢方薬の製造に使う切丸器(奥)と成丸器(手前)

 まず甘草をはじめとする生薬を粉砕し、ふるいにかけて粉にする。次にハチミツと粉を手で丹念に練り合わせ、よくこねた薬をノギスできちんとした寸法に測って棒状にする。それを切丸器の溝の上に置き、同じような溝のある棒を前後させて丸剤の大きさに切断する。さらに成丸器に切丸器で切った粗い丸薬を入れ、上の蓋で静かに押さえながらくるくる回すことで、きれいに丸く仕上がった丸薬の完成となる。

 生薬とハチミツの練合等は初老の夫婦にはきつい力仕事で、二人が次第に疲労困憊していく様子をカメラはユーモラスに映し出している。そして何とか5000人分の漢方薬が出来上がった2週間後、死んだと思われていた清治の出現で団地の住民たちが動揺する中、彼らはさらなるサプライズに立ち会うことになる。果たして清治とヒナ子は息子の直哉に会うことができるのだろうか……。

“当書き”が生むリアリティ

 本作で監督を務めた阪本順治は大阪出身で、1989年に「浪速のロッキー」と呼ばれた赤井英和を主人公にした「どついたるねん」で監督デビュー以来、「王手」(1991)、「ビリケン」(1996)等、地元の大阪を舞台にした作品を多く手がけている。ヒナ子役の藤山直美とは、松山ホステス殺害事件をモデルにし、2000年のキネマ旬報日本映画ベストテン1位、主演女優賞、監督賞をはじめとする多数の賞を受賞した「顔」以来のコンビで、今回も藤山は第19回上海国際映画祭で最優秀女優賞を受賞している。

 清治役の岸部一徳、行徳夫妻役の石橋蓮司、大楠道代は原田芳雄の遺作となった「大鹿村騒動記」(2011)をはじめとする阪本作品の常連であり、こうした気心の知れたキャストを想定した脚本の当書きが作品にリアリティを与えていると言えるだろう。

参考文献

※1 ツムラ「漢方情報」
https://www.tsumura.co.jp/kampo/museum/index.htm


【団地】

公式サイト
http://danchi-movie.com/
作品基本データ
製作国:日本
製作年:2016年
公開年月日:2016年6月4日
上映時間:103分
製作・配給:キノフィルムズ
カラー/サイズ:カラー/ビスタ
スタッフ
監督・脚本:阪本順治
製作総指揮:木下直哉
プロデューサー:武部由実子、菅野和佳奈
撮影:大塚亮
美術:原田満生
装飾:栗山愛
音楽:安川午朗
音楽プロデューサー:津島玄一
録音:尾崎聡
照明:杉本崇
編集:普嶋信一
衣装:岩﨑文男
ヘアメイク:小沼みどり
製作担当:松田憲一良
助監督:小野寺昭洋
スクリプター:今村治子
VFXプロデューサー:西尾健太郎
キャスト
山下ヒナ子:藤山直美
山下清治:岸部一徳
行徳君子:大楠道代
行徳正三:石橋蓮司
真城貴史:斎藤工
宅配便の男:冨浦智嗣
東:竹内都子
西:濱田マリ
南:原田麻由
北:滝裕可里
吉住将太:宅間孝行
吉住喜太郎:小笠原弘晃
スーパー主任:三浦誠己
権藤:麿赤兒

(参考文献:KINENOTE)

執筆者

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。