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「ノーマ、世界を変える料理」の新北欧料理

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現在公開中の「ノーマ、世界を変える料理」は、デンマークのコペンハーゲンにある2つ星レストラン「ノーマ」とそのスタッフに密着したドキュメンタリーである。

地域と季節を意識させる地産地消の「新北欧料理」

「ノーマ」のオーナー兼料理長を務めるレネ・レゼピはマケドニアからの移民であるが、ネイティブの地元民以上に北欧という地域と季節にこだわり、地元で採れた旬の食材のみを使う新北欧料理という新たなジャンルを打ち立てるべく、2003年にコペンハーゲン港の倉庫跡地で元共同経営者のクラウス・マイヤーと共に12卓、45席の小さなレストランをオープンした。

 彼らが2004年に発表した10項目の「新北欧料理のマニフェスト」は以下のようなものである。

  1. 北欧という地域を思い起こさせる、純粋さ、新鮮さ、シンプルさ、道徳を表現する。
  2. 食に、季節の移り変わりを反映させる。
  3. 北欧の素晴らしい気候、地形、水が生み出した個性ある食材をベースに料理する。
  4. おいしさに、健康で幸せに生きるための現代の知識を結び付ける。
  5. 北欧の食材と多様な生産者をプロモートして、その背景にある文化的知識を広める。
  6. 動物の繁栄と、海、農地、大地における健全な生産をプロモートする。
  7. 伝統的な北欧食材の新しい利用価値を発展させる。
  8. 外国の影響をよい形で取り入れ、北欧の料理法と食文化に刺激を与える。
  9. 自給自足されてきたローカル食材を、高品質な地方産品に結び付ける。
  10. 消費者の代表、料理人、農業、漁業、食品工業、小売り、卸売り、研究者、教師、政治家、このプロジェクトの専門家が協同し、北欧の国々に利益とメリットを生み出す。

(参考文献:「ノーマ、世界を変える料理」パンフレット)

 使用する食材は北欧産のみで、テーブルクロスも銀食器もないという高級レストランらしからぬコンセプトは創業当初は理解されなかったが、北欧の伝統的な食材と「エル・ブリの秘密 世界一予約のとれないレストラン」(2011、本連載42回参照)のフェラン・アドリアのもとで修業した経験もあるレネの調理の斬新性が融合した新北欧料理は徐々に評価を高め、2008年にはミシュランの2つ星を獲得した。

 レネとそのスタッフがどのようにマニフェストを具現化したのか。その手がかりとして、彼らの料理の一部を記す。

コールラビ・イン・コールラビ

コールラビ・イン・コールラビ

野菜ブーケと黒アリのディップ

野菜ブーケと黒アリのディップ

クリスピーなハナゴケとクレームフレーシュ

クリスピーなハナゴケとクレームフレーシュ

ウズラ卵のスモーク

ウズラ卵のスモーク

氷の上のリンゴ

氷の上のリンゴ

パターソンのバラ

パターソンのバラ

コールラビ・イン・コールラビ
コールラビをくり抜いて、その中にコールラビの花の蜜を使ったカクテルを入れ、茎のストローで吸い上げる。自然の素材を活かした食前酒。
野菜ブーケと黒アリのディップ
クレームフレーシュ(サワークリーム)に北欧の森で採れた生きたアリをトッピングしたフラワーブーケ風サラダ。北欧ではレモンのような南国の柑橘類が採れず、それに代わる風味を得るための奇抜なアイデアがアリだった。
クリスピーなハナゴケとクレームフレーシュ
緑色の苔を敷き詰めた器に北欧の森で採れたハナゴケ(地衣類)をカリカリになるまで揚げて乗せ、クレームフレーシュを添えた、これも「ノーマ」ならではのメニュー。
ウズラ卵のスモーク
大きな卵の殻に枯れ枝が入った鳥の巣のような器に、酢漬けのウズラの卵を置き、スモークを焚いて出される様は「産みたて燻製卵」といったところか。
氷の上のリンゴ
スローベリーのジュースで煮詰めたリンゴをクラッシュアイスに埋めた、北国らしいデザート。和食にヒントを得たトッピングの昆布フレークがうまみを添える。
パターソンのバラ
バラの花びらに見立てたルバーブにビーツジュースの甘みを加え、酸味の効いた緑色のスイバのソースに乗せた美しいデザート。

(参考文献:「進化するレストランNOMA(ノーマ)――日記、レシピ、スナップ写真」レネ・レゼピ著、ファイドン)

栄光と挫折、そして再び頂点へ

 これらの創意工夫あふれる料理によって「ノーマ」は、各国の食の専門家や評論家など930余名が選ぶ「世界のベストレストラン50」(The World’s 50 Best Restaurants)で2010、2011、2012年の3回連続1位を獲得し(別表)、年間用意できる2万席に対し100万席以上の予約リクエストが入る人気レストランとなった。また「バベットの晩餐会」本連載61回参照)で描かれたような“料理不毛の地”と思われていたデンマーク(同作品に出てくる料理はフランスの食材を使ったフランス料理だった)に、「ノーマ」はグルメツアーの観光客を呼び込むなど、地元経済に多大な貢献をもたらした。

「世界のベストレストラン50」(The World's 50 Best Restaurants)の歴代上位店

1位2位3位
2002エル・ブリ(スペイン)ゴードン・ラムゼイ(イギリス)フレンチ・ランドリー(アメリカ)
2003フレンチ・ランドリー(アメリカ)エル・ブリ(スペイン)ルイ・キャーンズ(モナコ)
2004フレンチ・ランドリー(アメリカ)ファット・ダック(イギリス)エル・ブリ(スペイン)
2005ファット・ダック(イギリス)エル・ブリ(スペイン)フレンチ・ランドリー(アメリカ)
2006エル・ブリ(スペイン)ファット・ダック(イギリス)ピエール・ガニェール(フランス)
2007エル・ブリ(スペイン)ファット・ダック(イギリス)ピエール・ガニェール(フランス)
2008エル・ブリ(スペイン)ファット・ダック(イギリス)ピエール・ガニェール(フランス)
2009エル・ブリ(スペイン)ファット・ダック(イギリス)ノーマ(デンマーク)
2010ノーマ(デンマーク)エル・ブリ(スペイン)ファット・ダック(イギリス)
2011ノーマ(デンマーク)アル・サリェー・ダ・カン・ロカ(スペイン)ムガリッツ(スペイン)
2012ノーマ(デンマーク)アル・サリェー・ダ・カン・ロカ(スペイン)ムガリッツ(スペイン)
2013アル・サリェー・ダ・カン・ロカ(スペイン)ノーマ(デンマーク)オステリア・フランチェスカーナ(イタリア)
2014ノーマ(デンマーク)アル・サリェー・ダ・カン・ロカ(スペイン)オステリア・フランチェスカーナ(イタリア)
2015アル・サリェー・ダ・カン・ロカ(スペイン)オステリア・フランチェスカーナ(イタリア)ノーマ(デンマーク)
参考文献:「世界のベストレストラン50」発表! 選ばれた日本の店は?」(日経トレンディネット)

 しかし32歳の若さで世界の頂点に立ってしまったレネが、その重圧に悩まされる様子もカメラは映し出している。

 2013年の2月に「ノーマ」で食事をした63人がノロウイルスに感染するという不祥事が起こる。おそらくはその影響で2013年の「世界のベストレストラン50」の1位の座から転落し、客足も遠のいて名声が地に堕ちた「ノーマ」を、レネが「ここからがスタートだ」とスタッフを鼓舞し、立て直していく。その過程を、キッチンとは別に設けたラボで、さらに“進化した料理”の開発に打ち込む彼らの姿と、翌2014年、1位に返り咲いた「世界のベストレストラン50」の授賞式をクライマックスに据え、ドキュメンタリーではあるが作劇のセオリーにのっとった構成で描いている。

 なお、2013年2月の食中毒について、デンマーク食品管理局はノロウイルスに感染していた従業員が洗い場にいたことが感染を拡散させたと結論付けたが、食材のムール貝が感染源との説もあり、映画では原因をそのどちらとも特定していない。そして、失った信用を取り戻すべく店側が行ったであろう改善策への言及がないのも惜しまれる。このあたりは食の安全に関する大事なところなので、映像の作り手の責任としてきっちり記録して欲しかったところである。

チャレンジは終わらない

 その後、「ノーマ」は2015年1月9日から2月14日にかけて東京・日本橋のホテル「マンダリン・オリエンタル東京」に期間限定で一時“移転”した。国内・海外から予約の申し込みが殺到し、1日で3,600人のリストが埋まり、ウェイティングリストは62,000人に達したという。北欧でと同じように日本の食材だけを使用し、長野の森で採れたアリを北海道産のボタンエビの上に乗せた「長野の森香るボタンエビ」等で話題を呼んだ。

 また、2016年1月26日〜4月にはオーストラリアのシドニーに一時“移転”。そして2016年12月31日をもって本店を閉店し、2017年にコペンハーゲン郊外で都市農園に併設したレストランとして再オープンすることがアナウンスされている。この新しいチャレンジに向けたレネの構想と予定地も映画の中で紹介されているので、興味のある方はご覧いただきたい。


【ノーマ、世界を変える料理】

公式サイト
http://noma-movie.com/
作品基本データ
原題:NOMA, MY PERFECT STORM
製作国:イギリス
製作年:2015年
公開年月日:2016年4月29日
上映時間:99分
製作:ドキュメントゥリー・フィルムズ(共同製作:レッドレンタルA/S、グッドローリングフィルムズ、協力:南西ドイツ放送)
配給:ロングライド(提供 KADOKAWA=ロングライド)
カラー/サイズ:カラー/シネマ・スコープ(1:2.35)
スタッフ
監督・撮影:ピエール・デュシャン
プロデューサー:エタ・トンプソン・デュシャン
エグゼクティブ・プロデューサー:マルテ・ウッセン、リカルド・セバロス、マレーネ・ブレンコー、ミケル・ショネマン、エタ・トンプソン・デュシャン
編集:マイク・ブルック
音楽:フランス・バク、ケルド・ハーニング・イプセン
録音:ファン・ディエゴ・サンチェス、ミケル・グルース、マクシミリアン・ホランド
カラリスト:カーステン・ダール
サウンドデザイン:ブライアン・ダービイ、クリストファー・ソルティング
サウンドミックス:トーマス・イェーガー
キャスト
レネ・レゼピ
ハンネ・レゼピ
アリ・ラミ・レゼピ
クラウス・マイヤー
フェラン・アドリア
トール・ノーレットランダーシュ
ポール・カニンガム
セレン・レデット
アナス・セルマ
フィリップ・ウデ
マット・ゴールディング
アンドレア・ペトリーニ
レオナルド・ソウサ
ローランド・リットマン
セレン・ヴィウフ
ロデリック・スローン
ターゲ・レンネ
ダニエル・ジュスティ
ロシオ・サンチェス
ラース・ウィリアムズ
トーマス・フレベル
レストラン「ノーマ」のチーム

(参考文献:KINENOTE、「ノーマ、世界を変える料理」パンフレット)

執筆者

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。