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「Mr.ホームズ 名探偵最後の事件」の山椒

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【外国映画の中の“日本食文化” 5】外国映画で描かれる日本の食にスポットを当て、食文化の違いを指摘するシリーズの5回目。今回は現在公開中の「Mr.ホームズ 名探偵最後の事件」で描かれる“世界一有名な名探偵”の“老後”と、彼が来日してまで追い求めた山椒について述べていく。

最も多く映画化された主人公

 1887年の「緋色の研究」で初登場以来世界中でベストセラーとなり、熱狂的な愛好者(シャーロキアン)を生み、ミステリー小説の基礎を築いたアーサー・コナン・ドイル原作の「シャーロック・ホームズ」シリーズは、1900年のサイレント短編「Sherlock Holmes Baffled」をはじめとして今日までパスティーシュ(作風の模倣)やパロディを含めて何度も映画化されており(表)、シャーロック・ホームズは“最も多く映画化された主人公”としてギネスブックに登録されている。

●これまでの主な映像化ホームズ作品

1900年映画“Sherlock Holmes Baffled”(世界初のホームズ映画)※(c)は1903
1916年米サイレント映画『シャーロック・ホームズ』(ウィリアム・ジレット主演、紛失したが2014年にフランス版が発見され、2015年に修復・再公開された)
1929年米映画“The Return of Sherlock Holmes”(クライヴ・ブルック主演、初のトーキーによるホームズ映画)
1931年英映画『眠れる枢機卿』“The Sleeping Cardinal”(アーサー・ウォントナー主演)
1939年米映画“Sir Arthur Conan Doyle's The Hound of the Baskervilles”(バジル・ラスボーン主演、シリーズで1946年まで)
1959年英映画『バスカヴィル家の犬』“The Hound of the Baskervilles”(ピーター・カッシング主演。ヘンリー・バスカヴィル役はクリストファー・リー)
1962年独・伊・英・仏合作映画『シャーロック・ホームズと死の首飾り』“Sherlock Holmes und das Halsband des Todes”(クリストファー・リー主演)
1970年米映画『シャーロック・ホームズの冒険』“The Private Life of Sherlock Holmes”(ロバート・スティーヴンス主演、ビリー・ワイルダー監督)
1975年米・英映画『新シャーロック・ホームズ おかしな弟の大冒険』“The Adventure of Sherlock Holmes' Smarter Brother”(ジーン・ワイルダー主演。シャーロック役はダグラス・ウィルマー)
1976年米映画『シャーロック・ホームズの素敵な挑戦』“The Seven-Per-Cent Solution”(ニコル・ウィリアムスン主演)
1978年英・加映画『名探偵ホームズ/黒馬車の影』“Murder by Decree”(クリストファー・プラマー主演)
1979年露TVシリーズ『シャーロック・ホームズとワトソン博士』(ワシーリー・リヴァーノフ主演、1986年まで)
1984年英TVシリーズ『シャーロック・ホームズの冒険』(ジェレミー・ブレット主演、1994年まで)
1985年米映画『ヤング・シャーロック ピラミッドの謎』“Young Sherlock Holmes”(ニコラス・ロウ主演)
1988年英・米映画『迷探偵シャーロック・ホームズ 最後の冒険』“Without A Clue”(マイケル・ケイン主演)
2009年米映画『シャーロック・ホームズ』“Sherlock Holmes”(ロバート・ダウニーJr主演、第1作)
2010年英TVシリーズ『SHERLOCK』(ベネディクト・カンバーバッチ主演、放映中)
2011年米TVシリーズ『エレメンタリー ホームズ&ワトソンin NY』“Elementary”(ジョニー・リー・ミラー主演、放映中)
2013年露TVシリーズ『名探偵シャーロック・ホームズ』“Sherlock Holmes”(イゴール・ペトレンコ主演)
2015年英・米映画『Mr.ホームズ/名探偵最後の事件』(イアン・マッケラン主演、本作)
参考文献:「Mr.ホームズ 名探偵最後の事件」公式サイト

 最近だけでも「アイアンマン」シリーズ(2008〜、本連載48回参照)のロバート・ダウニー・Jrがワイルドでタフな行動派のホームズを演じたアクション版「シャーロック・ホームズ」シリーズ(2009〜)や、物語の舞台を現代に置き換え、べネディクト・カンバーバッチが“高機能社会不適合者”のホームズを演じた英BBCのドラマの特別篇「SHERLOCK シャーロック 忌まわしき花嫁」(2015)、ゲーム、漫画、ラノベ等のメディアミックス企画のパロディアニメ「劇場版 探偵オペラ ミルキィホームズ 〜逆襲のミルキィホームズ〜」(2016)等々、多種多様な作品が公開されている。

 そんな中にあって本作は、アメリカの作家ミッチ・カリンが2005年に著した後日談「A Slight Trick of the Mind」(原題)を原作に、「ドリームガールズ」(2006)のビル・コンドンが監督し、「ロード・オブ・ザ・リング」三部作(2001〜2003、本連載43回参照)と「ホビット」三部作(2012〜2014)で魔法使いガンダルフを演じたイアン・マッケランが齢93歳のホームズを演じたミステリーである。

頭脳の衰えとローヤルゼリー

 時に第二次世界大戦後の1947年、ホームズは英サセックス州の海辺の丘陵地帯で養蜂を営みながら、家政婦のマンロー夫人(ローラ・リニー)とその息子ロジャー(マイロ・パーカー)と穏やかな引退生活を送っているという設定。

 養蜂といっても「ミツバチのささやき」(1973、本連載33回参照)や「蜂の旅人」(1986、テオ・アンゲロプロス監督)、「蜂蜜」(2010、セミフ・カプランオール監督)等で描かれた、生業としての養蜂業とは異なり趣味的なものだ。ドイルが1917年に著した短編「最後の挨拶」でホームズが彼の相棒であったワトソンに語ったところによると、昼はミツバチを観察し、夜はその研究成果を執筆という晴耕雨読の結果、「実用養蜂便覧」を書き上げたと言い、本作でもその書物が出てくる。

 その研究の真の目的は、かつて数々の難事件を解決した彼の明晰な頭脳が加齢によって日々衰えていくのを抑止することにあった。現役時代から毒物や麻薬に精通していたホームズは、ミツバチが産出するローヤルゼリーの効能に着目した。そして、他にも調査の網を広げた末に、日本の山椒にたどり着いたものと思われる。

 しかしその間にも症状は進行し、とくに記憶力の低下が著しくなっため、物語はホームズの記憶の断片を手繰るように過去と現在を行ったり来たりする展開を見せる。

 ホームズがそこまで脳の活性化にこだわるのは、30年前にトーマス・ケルモット(パトリック・ケネディ)という男が依頼してきた彼の妻アン(ハティ・モラハン)の調査の失敗が心残りになっていたからだ。子供を亡くしたショックでノイローゼになっていた彼女をホームズはついに救うことができなかった。ワトソンの筆によってホームズの冒険譚の一つに仕立てられ映画にもなったが、この件がきっかけでホームズは引退を決意したのだった。名探偵の誇りにかけて、死ぬまでに何としてもこの事件の真相を突き止めることが彼の念願であった。

ヒロシマとヒレザンショウの佃煮

 船での長旅の末に日本に到着したホームズを出迎えたのは、山椒の件で文通していた元外交官の息子ウメザキ(真田広之)。イギリス赴任時に消息不明となった彼の父親とホームズは会ったことがあるはずだとウメザキは言うのだが、今の彼にはそれすら思い出すことができなかった。ウメザキの家に招かれ、夕食を共にしている時に彼の母マヤがホームズにこんな一言を放つ。

「あの有名なお帽子は持参されましたか?」

「正典」の挿絵に描かれたインバネスコートに鹿撃ち帽の出で立ち(右)とは異なり、本作のホームズはフロックコートを着こなしシルクハットを被る

「正典」の挿絵に描かれたインバネスコートに鹿撃ち帽の出で立ち(右)とは異なり、本作のホームズはフロックコートを着こなしシルクハットを被る

 彼女が言っているのはディアストーカー(鹿撃ち帽)のことである。インバネスコートにこの帽子を被り、キャラバッシュ・パイプに虫眼鏡というのがステレオタイプのホームズ像だが、これらはドイル原作の初版本(シャーロキアンは敬意を込めて「正典」と呼ぶ)の挿絵を担当したシドニー・バジェットの創作によるもので、文中にそのような記述があるわけではない。本作でのホームズはソフト帽に三つ揃いの背広、あるいはシルクハットにフロックコートといった当時の英国紳士の主流のファッションを着こなしている。(図1)。

 ホームズとウメザキは、戦後間もない混乱が目立つなか、山椒の産地を目指して旅をする。山椒はミカン科サンショウ属の落葉低木で日本全国と中国と韓国の一部に分布する雌雄異株の植物である。「山椒は小粒でもピリリと辛い」のことわざにもあるように熟した果皮を乾燥させた粉末を鰻の蒲焼きに香辛料としてかけたり、七味唐辛子の材料にしたりするのが一般的な食べ方だが、ホームズはイギリスでヒレザンショウという同属異種の生山椒の実の佃煮をマスタードのように料理に塗って食べていたのが興味深い。山椒の辛さの正体はサンショニオールという辛味成分で、その刺激には脳を覚醒させる機能があるという(※1)。これはまさにホームズが求めていたものである。

 また現在都道府県別で山椒の出荷量が最も多いのは和歌山県(※2)だが、ホームズとウメザキが向かった産地は山口県の下関で、その途中で下車して広島の爆心地を訪れている。先頃G7外相会議でアメリカの閣僚が初めて広島を訪問して話題になったが、もし仮にホームズが実在していれば、ホームズの広島訪問のインパクトは図り知れないものだっただろう。しかし、原爆投下地点で発見した山椒の苗を桐の箱に入れてイギリスに持ち帰り盆栽のように育てる描写は原作にもなく、少々やりすぎの感はある。

 この後映画は、30年前の事件の真相に向け、ホームズの身近に起こった事件を交えて展開していくのだが、そこは本編をご覧になってご確認いただきたい。

こぼれ話

 ウメザキを演じた真田広之は、千葉真一の弟子として「柳生一族の陰謀」(1978)で本格デビューしたアクション俳優であったが、次第に演技の幅を広げ2003年の「たそがれ清兵衛」では日本アカデミー賞の最優秀主演男優賞を受賞している。「ラストサムライ」(2003)以降は活動の場を海外に移して活躍中である。

 また30年前の未解決事件を題材にした映画内映画「SHERLOCK HOLMES AND THE LADY IN GREY」でホームズ役を演じたニコラス・ロウは1985年のバリー・レヴィンソン監督作品「ヤング・シャーロック ピラミッドの謎」で学生時代のホームズを演じていて、製作者の遊び心がうかがえる配役となっている。

  • ※1 NHK「ためしてガッテン」(2012年10月10日放映)http://www9.nhk.or.jp/gatten/articles/20121010/index.html
  • ※2 和歌山県ホームページ http://www.pref.wakayama.lg.jp/prefg/000200/photomuseum/147.html

【Mr.ホームズ 名探偵最後の事件】

◆公式サイト
http://gaga.ne.jp/holmes/
◆作品基本データ
原題:MR. HOLMES
製作国:イギリス アメリカ
製作年:2015年
公開年月日:2016年3月18日
上映時間:104分
配給:ギャガ
カラー/サイズ:カラー/シネマ・スコープ(1:2.35)
◆スタッフ
監督:ビル・コンドン
脚本:ジェフリー・ハッチャー
原作:ミッチ・カリン:(「ミスター・ホームズ 名探偵最後の事件」 (KADOKAWA 訳:駒月 雅子))
製作:アン・ケアリー、イアン・カニング、エミール・シャーマン
撮影:トビアス・シュリッスラー
美術:マーティン・チャイルズ
音楽:カーター・バーウェル
編集:ヴァージニア・カッツ
衣装:キース・マッデン
◆キャスト
シャーロック・ホームズ:イアン・マッケラン
マンロー夫人:ローラ・リニー
ロジャー:マイロ・パーカー
タミキ・ウメザキ:真田広之
アン・ケルモット:ハティ・モラハン
トーマス・ケルモット:パトリック・ケネディ
映画の中のシャーロック・ホームズ:ニコラス・ロウ
バリー医師:ロジャー・アラム
マダム・シルマー:フランシス・デ・ラ・トゥーア
マイクロフト・ホームズ:ジョン・セッションズ

(参考文献:KINENOTE)

執筆者

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。