トピックス

「起終点駅 ターミナル」の男の手料理

FacebookTwitterHatenaLineYahoo BookmarksMixiLinkedInShare

第28回東京国際映画祭のクロージング作品で、現在公開中の映画「起終点駅 ターミナル」をご紹介する。

 本作は、2013年の「ホテルローヤル」(集英社刊)で第149回直木賞を受賞した桜木紫乃が2012年に発表した短編小説(小学館刊)を原作に、先日紹介した「種まく旅人 くにうみの郷」(本連載第104回参照)の篠原哲雄監督が再びメガホンをとった作品である。

2人の距離を縮めるザンギ
唐揚げの北海道の呼び名であるザンギ。本編に登場する「鶏ザンギ」から「ホルモンザンギ」「鹿ザンギ」「鮭ザンギ」「鯨ザンギ」「たこザンギ」「石炭ザンギ」「そばザンギ」までレパートリーは無限大である。

唐揚げの北海道の呼び名であるザンギ。本編に登場する「鶏ザンギ」から「ホルモンザンギ」「鹿ザンギ」「鮭ザンギ」「鯨ザンギ」「たこザンギ」「石炭ザンギ」「そばザンギ」までレパートリーは無限大である。

 映画は、1990年の北海道・旭川に始まる。主人公の鷲田完治(佐藤浩市)は、旭川地方裁判所の陪席判事として東京に妻子を残し単身赴任していたが、東京高裁への異動が決まった矢先、大学時代の恋人・結城冴子(尾野真千子)と偶然の再会を果たす。“裁判官と覚せい剤取締法違反の被告人”という立場であった。

 彼女は、当時学生運動に傾倒していた完治を司法試験への道に引き戻した恩人であったが、突然姿を消しそれきりになっていたのだった。執行猶予付きの有罪判決を下した後、彼は彼女の勤めるスナックに通い逢瀬を重ねるうち、失われた時間を取り戻すためにすべてを捨てて彼女とやり直そうと決意する。

 しかし、足手まといになりたくない彼女は再出発のために2人で向かった駅で列車に身を投げ、永遠に彼の前から姿を消してしまう。完治は冴子を死に追いやった自責の念から裁判官を辞め、妻子とも別れて最果ての地・釧路で国選の仕事だけを受ける弁護士として第二の人生を歩み始める。

 それから25年、完治は息子の養育費を仕送りするために始めた弁護士の仕事以外はほとんど外出せず、自らを罰するかのような孤独な生活を続けていた。唯一の趣味と言えば新聞の料理記事を切り抜いて、そのレシピを実際に試してみること。その積み重ねで彼は知らず知らずのうちに料理の腕を上げていた。

 そんな彼のレパートリーの一つが「ザンギ」。いわゆる唐揚げの北海道での呼び名だが、東北出身の完治は最初それがわからなかった。釧路ザンギ推進協議会のホームページ(http://946zangi.com/about)によると、釧路市の末広歓楽街の鶏料理店で出されていた、鶏の骨付き肉を唐揚げにしてソースを付けて提供していたメニューを、中華料理で鶏の唐揚げを指す「炸鶏」(ザーチー、ザーギー、ジャージー等と発音)に「運」(ン)がつくようにと「ザンギ」と名付けたのが語源とのことで、今では唐揚げにしたもの全般の意味で使われている。

 本作のザンギは、彼が弁護を担当した女性・椎名敦子(本田翼)が突然彼の住居を兼ねた小さな弁護士事務所を訪ねて来る場面で登場する。

 彼女は覚せい剤を使っていた恋人の罪を被って執行猶予付きの有罪判決を受けた翌朝にその男を探して欲しいと完治に頼みに来たのだった。彼は彼女に25年前に同じ罪で裁いた冴子に似た暗い影を感じ気になっていたが、個人の依頼は受けないと断る。そして台所に去って朝食の支度を始めるが、事務所でずっと待っていた彼女に根負けして朝食を共にする羽目になり、そのメインデッシュが彼が前日から仕込んで1人では食べきれないほど揚げてしまったザンギだった。

 このザンギ、かつて漫画「美味しんぼ」の映画版(1996)で主人公の山岡を演じ、私生活でも料理が趣味という完治役の佐藤浩市が実際に調理したものとのことで、隠し味にウスターソースを使う特製レシピは以下のようなものである。

材料
  • 鶏のもも肉……2枚
  • ◆醤油……大さじ2
  • ◆みりん……大さじ2
  • ◆料理酒……大さじ2
  • ウスターソース……大さじ1
  • 生姜……1かけら
◎タレ(割合)
  • 醤油……3
  • みりん……1
  • 黒酢……1
作り方
  1. ◆を混ぜて、すった生姜を1かけら入れる。
  2. その中に鶏のもも肉を1晩漬け込む。
  3. 漬け込んだ鶏肉を油で揚げる。
  4. ◎の材料を混合したタレを付けていただく。

 映像では味がわからないのが残念だが、ザンギを食べる敦子の表情等でその美味しさは想像できる。そしてこの食事がこれまでギクシャクとしていた2人の距離を縮め、完治が自ら閉じこもっていた殻を破るきっかけとなるのである。

父と息子の絆とイクラごはん
父が息子との記憶を呼び覚まされた「イクラごはん」

父が息子との記憶を呼び覚まされた「イクラごはん」

 数日後、敦子が再び完治のもとを訪れる。今度は先日の食事の際の会話で聞いた彼の料理の経験を見込んで、働いている店の客からもらったという筋子をほぐしてイクラにしてくれないかと頼みに来たのだった。弁護士の仕事ではないので渋々引き受ける完治。

 改めて言うまでもないが、筋子が鮭の腹から取り出した卵巣膜に収まったままの状態の卵のことで、イクラは生筋子の膜を外して一つひとつの卵をバラバラにして味付けしたものである。手間がかかる分もともと高価だが、今年はしかも不漁ということで高値になっている。

 その作り方は以下のようなものである。

材料
  • 筋子……適量
  • 醤油……適量
  • 酒……適量
  • (醤油と酒は半々の割合)
作り方
  1. 生の筋子を40℃くらいの湯につけてほぐす。
  2. ほぐしたら冷水でよく洗う。
  3. 醤油・酒(半分燗冷まし)を、いくらが隠れるくらいまで入れて、1晩冷蔵庫で寝かす。
  4. 瓶に小分けして1週間で食べきる。たくさん漬けた時は冷凍してもよい。

 完治はイクラにある思い出があった。彼が捨てた息子の恒彦(山田悠介)が4歳の頃、イクラを1粒ずつ小さい指でつまんで食べるのを見て父親としての愛情を感じ、冴子とのことがなければイクラを土産に帰京するはずだったのである。折しも釧路地裁に新たに着任した恒彦と大学時代の同窓生だった森山判事(和田雅人)から、恒彦の消息を聞いたところだった。恒彦は現在埼玉の裁判所で事務官をしており、もうすぐ結婚すると聞いて、完治は複雑な心境であった。結婚式の招待状は彼に届いていなかった(後に誤配であることが判明)が、しばらくして恒彦から直接電話がかかってくる。彼は完治に結婚式への出席と25年ぶりに母に会って欲しいと頼むが、父はかつて家族だった息子に対し他人行儀な会話の末に合わす顔がないと言って電話を切る……。

 敦子の恋人の行方やその後のストーリー展開については実際に映画をご覧いただきたいが、本作では原作とは異なる、「『終着駅』はやがて『始発駅』になる」という映画のキャッチコピーを象徴するようなラストが用意されている。ネタバレになるので詳しくは書かないが、ここでは敦子が最後に下す決断が完治の背中を押し、イクラごはんがその引き金を引く役割を果たすとだけ述べておく。

 この他にも朝食用に作る「野菜と卵の炒め物」、イクラを持ってきた敦子と食べる棒棒鶏入りの「冷やし中華」、急な発熱で倒れた敦子のために作った「リゾット」、北海道の名産をシンプルにソテーした「鮭のバター焼き」などの男の手料理も要チェックである。

こぼれ話

 映画の舞台である北海道の地鶏と料理を提供しているチェーン店「北海道シントク町塚田農場」では、12月4日までの期間限定で劇中に登場するザンギを販売している。このザンギは佐藤浩市が考案したウスターソースの隠し味も再現しているとのことである。また渋谷南店、スペイン坂店、八重洲店では本作の映画半券を提示するとハーフザンギがもらえるとのことなので、興味がある方は是非映画を観た帰りにご賞味いただきたい。

参考文献
映画.com「本田翼も絶賛!『起終点駅』」佐藤浩市の“男の手料理”写真公開」
http://eiga.com/news/20151102/2/
「起終点駅 ターミナル」パンフレット

【起終点駅 ターミナル】
◆公式サイト
http://www.terminal-movie.com/
◆作品基本データ
製作国:日本
製作年:2015年
公開年月日:2015年11月7日
上映時間:111分
製作会社:「起終点駅 ターミナル」製作委員会
配給:東映
カラー/モノクロ:カラー
◆スタッフ
監督:篠原哲雄
脚本:長谷川康夫
原作:桜木紫乃:(「起終点駅 ターミナル」(小学館刊))
音楽:小林武史
主題歌:My Little Lover:(「ターミナル」)
◆キャスト
鷲田完治:佐藤浩市
椎名敦子:本田翼
大下一龍:中村獅童
森山卓士:和田正人
堂島恒彦:山田悠介
大村真一:音尾琢真
南達三:泉谷しげる
結城冴子:尾野真千子

(参考文献:KINENOTE)

執筆者

rightwide
rightwide
映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。