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「東京ジョー」の冷凍ガエル

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【外国映画の中の“勘違い”日本食文化 1】先日、「Food Watch Japan」の齋藤氏から、1948年の東京で撮影された35mmフィルムの映像について記したヒマナイヌ川井氏のブログ(http://himag.blog.jp/45957239.html)が話題になっていると紹介された。

 その記事の内容は、当初はGHQが終戦直後に撮影したフッテージ(映像素材)と思われたものが、時代特定の反響が相次いだ末に、1949年製作のハンフリー・ボガード(以下ボギー)主演のハリウッド映画「東京ジョー」のスクリーンプロセス(俳優の背景に風景の映像を映写して合成する技法)として使われていることがわかったというミステリー仕立てのもので、大変興味深く読ませていただいた。

 と同時に「この映画もそうだけど、今日まで外国映画で描かれる日本は、日本人から見ると随分誤解されてきたな」と改めて思ったのも事実である。前回「和食ドリーム」で出てきた酢飯でないすしや出汁の入っていない味噌汁も、こうした無知や無理解から来る異文化への誤解の一端であろう。

 そこで今回から数回に分けて、外国映画で描かれる日本の食にスポットを当て、その勘違いぶりを明らかにすることで、この問題について考えてみたい。

「東京ヂョー」の「おいしい食事」

 前述のスクリーンプロセスの映像は、戦前に銀座2丁目で自分の名前を付けたキャバレーを経営していたジョー(ボギー)が、終戦で日本に戻ってきて店に向かうまでのシークエンスで焼け跡や闇市の風景として使われている(戦前の東京の外国人経営の酒場については、本サイトの石倉一雄氏の連載「スパイ・ゾルゲが愛したカクテル」が詳しい)。ピントや露出の具合が良好で、ドーリー(移動車)による安定した後退移動に加え、フィルムの保存状態もよく、この当時のハリウッド・スタンダードともいえる鮮明な映像となっている。

 スクリーンプロセスを使っていることからもわかるように、ボギー自身はこの映画のために来日しておらず、東京ロケで映る彼の後ろ姿はボディダブル(吹き替え)で、主だったシーンはハリウッドのスタジオで撮られたものである。スケジュールや製作費などの諸般の事情で、当時はこうした撮影スタイルが当たり前であった。

 この映画はボギーの個人プロダクションであるサンタナプロと大手メジャーのコロンビア映画が共同製作した、どちらかというと低予算で撮られた“B級映画”の部類に属するものである。本作に先立って、戦中は反日、戦後はGHQによる占領政策の正当性を喧伝することを目的に、日本を舞台にした作品が数多く製作されており(表参照)、製作サイドとしてはこのスクリーンプロセス用の映像をこうした他の作品に使い回すことで、効率的に運用しようとしたのではないかと筆者は推測している。

●戦中・戦後に製作された日本を舞台にした主なハリウッド映画

作品名製作年度監督出演
Behind the Rising Sun1943エドワード・ドミトリクマーゴ、トム・ニール、ロバート・ライアン
ディスティネーション・トーキョー1943デルマー・デーヴィスケーリー・グラント、ジョン・ガーフィールド
パープル・ハート1944ルイス・マイルストンダナ・アンドリュース 、リチャード・コンテ
東京上空三十秒1945マーヴィン・ルロイスペンサー・トレイシー 、ヴァン・ジョンソン
東京スパイ大作戦1945フランク・ロイドジェームズ・キャグニー、シルヴィア・シドニー
東京ローズ1946リュウ・ランダースバイロン・バー、ロータス・ロング
東京ジョー1949スチュアート・ヘイスラーハンフリー・ボガード、早川雪洲
東京ファイル2121951ダレル・マックガワン、スチュアート・マックガワンロバート・ペットン 、斎藤達雄
東は東1951キング・ヴィダーシャーリー山口(山口淑子)、ドン・テイラー
頓珍漢スパイ騒動(間諜(スパイ)777、ゲイシャガール)1951J・ブレイクストン、レイ・スタールマーサ・ハイヤー、ウィリアム・アンドリュース
※1942~1951年に製作されたモノクロ作品。参考文献:KINENOTE、IMDb。

 さて、ジョーが人力車で乗りつけた店の看板は「東京ヂョー」となっていて、いきなり脱力させられる。また、店内に貼られた大衆食堂のような御品書きの札には、「おいしい食事」「酒あります」「ダンス」などありそうでない文句が並んでいて、7年ぶりに再会したパートナーのイトー(テル・シマダ)といきなり一部空手が混ざった柔道を始めるのも奇異に映る。

「カサブランカ」と「極上 九州蛙」
「極上 九州蛙」の木箱が荷崩れして、中身の冷凍ガエルが露わになる

「極上 九州蛙」の木箱が荷崩れして、中身の冷凍ガエルが露わになる

 ジョーはイトーから、死んだと思っていたかつての彼の恋人で店の歌手だった白系ロシア人のトリーナ(フローレンス・マーリー)が、今も健在で中野に住んでいることを聞き訪れるが、彼女は占領軍の法律顧問であるマーク(アレクサンダー・ノックス)の妻となっていた。

 この辺の展開はボギーがイングリッド・バーグマンと共演したヒット作「カサブランカ」(1942)の影響を強く受けている。少し異なるのは、彼女が戦時中、生きるために日本軍による連合軍向けプロパガンダ放送に加担していたことで、このエピソードは東京ローズ(戦時下の日本が行った連合軍向けプロパガンダ放送の女性アナウンサー)がモデルと思われる。また彼女はジョーと別れた後に彼の娘アーニャ(ローラ・リー・ミッシェル)を出産して育てており、この2つの弱みが、元秘密警察のトップで現在は裏社会の黒幕として君臨するキムラ男爵がジョーを脅迫する材料となっている。

 キムラ男爵(当時すでに爵位は廃止されていたのだが……)を演じているのは、本連載第106回でセッシュー(役者の身長を高く見せる台)の語源として挙げた往年のハリウッド日本人スター早川雪洲である。戦後の出演作は「戦場にかける橋」(1958)が最も有名だが、日本を舞台にしたアメリカ映画では他に「東京暗黒街・竹の家」(1955)で警部役を演じている(この作品については後日紹介する)。

 彼の演技は、「あ、そう」という昭和天皇の口癖の真似をはじめ、丁寧な言葉遣いがかえって不気味さを醸し出していて、「カサブランカ」のナチスドイツの代わりに、旧体制の復古勢力を敵役に仕立てあげるのに効果を上げている。

 キムラ男爵は、戦争中はパイロットとして働いていたジョーに、航空機による冷凍ガエルの輸送を依頼する。彼曰く、珍味としてアメリカに輸出するというのだが、どこか胡散臭い。「極上 九州蛙」と書かれた木箱に詰められたそれは実際に冷凍ガエルであったが、何か別の目的があるのではないかとジョーはいぶかしむ。その懸念は当たり、韓国からとんでもない「カエル」が三匹持ち込まれるのだが、その正体は実際に映画をご覧になってご確認いただきたい。

 この他にもこの映画には日本人から見ると奇異な描写がいくつかある。

  • ジョーが立ち上げた航空輸送会社に求職に来た元大日本帝国航空隊のパイロットは「カマクラ ゴンゴロウ カゲマサ」。いかにも高貴な家の出という名前で仲間からは「カミカゼ」と呼ばれるが、案の定キムラ男爵の動向を探るためにGHQが送り込んだスパイだった。
  • キムラ男爵をジョーに紹介したイトーの責任の取り方は何とハラキリ。この辺りは先の大戦を戦ったアメリカ人の日本人に対するイメージが端的に表れている。
救世主から悪役へ

 食用ガエルは、フランス料理ではグルヌイユ(Grenouille)と呼ばれ、脚の部分が鶏肉のような淡白な味の食材として珍重されている。

 日本でかつて食用ガエルとして養殖されていたウシガエルは、1918年にアメリカのニューオリンズから持ち込まれたものが全国に広まったものである(※1)。食糧問題を解決する救世主として期待されたが、味はともかくその姿形が日本の食文化に馴染めず利用は限定的で普及しなかったという。

 やがて養殖されていたものが逃げ出して野生化し、現在では在来の生態系を脅かす侵略的外来種として外来生物法で特定外来生物に指定されている。なお、同じく特定外来生物に指定されているアメリカザリガニも、食用ガエルの養殖用の餌として1927年にニューオリンズから導入されたものである(※2)。

 よかれと思って行ったことがかえって問題を引き起こしてしまうという構図。製作者たちが企図していたかはわからないが、現在改めてこの映画を観ると、食用ガエルは当時の混迷する時代を象徴するものとして映ってしまうのである。

 最後に、この記事を書くきっかけとなるブログを執筆されたヒマナイヌ川井氏に感謝の意を表します。

※参考文献

国立環境研究所 侵入生物データベース

※1ウシガエル
https://www.nies.go.jp/biodiversity/invasive/DB/detail/40020.html
※2アメリカザリガニ
http://www.nies.go.jp/biodiversity/invasive/DB/detail/70320.html

【東京ジョー】

「東京ジョー」(1949)

作品基本データ
原題:Tokyo Joe
製作国:アメリカ
製作年:1949年
公開年月日:1993年12月18日
上映時間:88分
製作会社:サンタナプロ=コロンビア映画作品
配給:日本ヘラルド
カラー/サイズ:モノクロ/スタンダード(1:1.37)
スタッフ
監督:スチュアート・へイスラー
脚本:シリル・ヒューム、バードラム・ミルハウザー
原作:スティーヴ・フィッシャー
製作:ロバート・ロード
撮影:チャールズ・ロートン・ジュニア
美術:ロバート・ピーターソン
音楽:ジョージ・アンシール、モリス・W・ストロフ
録音:ロッセル・マルムグレン
編集:ヴァイオラ・ローレンス
助監督:ウィルバー・マックガー
キャスト
ジョー・バレット:ハンフリー・ボガート
マーク・ランディス:アレクサンダー・ノックス
トリーナ:フローレンス・マーリー
キムラ男爵:早川雪洲
イトー:テル・シマダ
アーニャ:ローラ・リー・ミッシェル

(参考文献:KINENOTE)

執筆者

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。