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「海のふた」のまりのかき氷

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現在も地域によって公開中の「海のふた」は、作家の吉本ばなながインディーズ・ミュージシャンの原マスミの楽曲に着想を得て書いた小説を原作としている。彼女が家族(父は思想家、詩人の吉本隆明)と毎夏訪れてきた西伊豆の土肥町(現在の伊豆市)を舞台に、若い女性2人のひと夏の出会いを描いた、夏の終わりの今時に相応しい作品である。

かき氷娘と傷付いた娘

 物語は、東京で舞台美術の仕事をしていたまり(菊池亜希子)が、仕事を辞めて故郷の土肥に高速船に乗って帰ってくる場面から始まる。家業の酒屋を手伝っている元カレのオサム(小林ユウキチ)と港で偶然再会した彼女は、彼の配達用の自転車に乗りながら、こう宣言する。

「私ね、この海の傍でかき氷屋を始めることにする。私が本当に誇れるのは、いくら食べてもかき氷を嫌いにならなかったことなんだなあって」

 しかし、久しぶりに戻った故郷は、若年層の流出による過疎化と高齢化がいっそう進み、観光客も減って商店街はシャッター通りと化していた。その町の中をオサムと2人で歩きながら、まりは思わず呟く。

「お金のことを最優先したから、大事なことを忘れちゃったんだよ」

 この土肥の現状がオサムの家を苦しめてもいたのだが、そんなこととは知らない彼女は海岸沿いの古い空き店舗を借り、東京での仕事の経験を生かして自分でペンキを塗り、家具を配置するなどリフォームを進め、着々と開店準備を整えていく。

 まりが母(天衣織女)から、彼女の大学時代の親友の娘だというはじめ(三根梓)の面倒を見るようにと言われたのはそんな時だった。はじめは、一緒に暮していた祖母を亡くしたばかりで、資産家だった故人の遺産を巡る親族の醜い争いを見せたくないという母親の依頼で、まりの母がしばらくの間預かることになったのだった。

 はじめを港まで迎えに行ったまりは、彼女の顔の左半分を占める火傷の跡に一瞬凍り付く。彼女は幼い頃に家が火事になって祖母に助けられたという過去があり、火傷はその時のものだった。その最愛の祖母の死によって彼女は精神的にも傷付いており、朝の習慣であるコーヒーを淹れている最中に突然泣き出したりして、まりを心配させる。

「大丈夫、発作みたいなものなの。哀しみが竜巻みたいに急にやってきて、急に去っていくの。我慢することは出来ないけど、去った後は泣いたことなんて忘れるくらいスッキリ」

 そんな彼女に対し、土肥の海の幸の並んだ朝食を囲むシーンで、はじめの祖母の遺産を狙う親戚を非難するまりの母と、「ここで獲れたものだからうんと食べなさい」としきりに勧める父(ミュージシャンの鈴木慶一)の会話は全く噛み合わないのだが、それぞれに彼女への気遣いが感じられる場面になっている。

糖蜜とみかん水
糖蜜とみかん水のシロップがかかった、まりのかき氷

糖蜜とみかん水のシロップがかかった、まりのかき氷

 まりははじめを元気付けようと、彼女のかき氷店「なぎ堂」にお客さん第1号として案内する。彼女の店のメニューは、いわゆる合成着色料を使ったかき氷シロップではなく、サトウキビから煮出した糖蜜と土肥特産の夏みかんから作ったみかん水のシロップの2種類のかき氷と、エスプレッソコーヒーだけというシンプルなもの。かき氷機も手動で、かき氷オタクの彼女のこだわりを示している。

「おいしい。糖蜜のかき氷なんて初めて食べるのに、懐かしい味がする」

 はじめの感想である。そして彼女も店を手伝うことになっていよいよ開店を迎えるのだが、寂れて閑散とした町ではなかなか客足が伸びず、オサムや両親の協力も焼け石に水であった。

 そんな中、2つの事件が起きる。1つは、店を訪れた小さな女の子の「赤いのください」という氷イチゴの注文に対応できずに女の子を泣かせてしまったこと。かき氷屋として最大のターゲット層である子供の求める“普通のかき氷”に応えられなかったことが、課題として残った。

 そしてもう1つはより深刻なもので、オサムの家の突然の夜逃げであった。地域の衰退の影響をもろに受けてしまった形で、まりは彼を引き止めるものの、こう言うのが精一杯であった。

「いつか帰っておいで。私は変わらずここでかき氷屋をやってるから」

 逆風の中で店を軌道に乗せるためには、従前のやり方に固執していては駄目で、創意工夫による対応力が必要だと悟ったまりは、女の子のニーズに対して自分のこだわりと折り合いをつける形で応え“お子様リピーター”の獲得に成功するのだが、そのソリューションについては映画をご覧いただきたい。

「海のふた」とは

 原作の出典となった原マスミの楽曲では、夏の終わりの海水浴で最後の人が海のふたを閉め忘れたために夏の思い出があふれてくるというような意味で歌われていて、劇中では祖母を想うはじめの好きな歌として登場する。そしてこの夏にさまざまな経験をした2人の女性が別れを前に海に入る場面は、その思い出を大切にしまっておけるように、海のふたを閉めに行ったように読み取れた。

 なお、この映画にはかき氷指導として、鵠沼海岸で真冬でも行列のできるかき氷店「埜庵」(http://kohori-noan.com/)を経営する石附浩太郎がついていて、作品にリアリティを添えている。


【海のふた】
◆公式サイト
http://uminofuta.com/
◆作品基本データ
製作国:日本
製作年:2015年
公開年月日:2015年7月18日
製作会社:『海のふた』製作委員会(バンダイビジュアル=テンカラット=ファントム・フィルム=アサツーディー・ケイ)(制作プロダクション:スローラーナー)
配給:ファントム・フィルム
カラー/モノクロ:カラー
◆スタッフ
監督:豊島圭介
脚本:黒沢久子
原作:吉本ばなな:(「海のふた」(中央文庫刊))
プロデュース・企画:越川道夫
製作:川城和実、小林栄太朗、小西啓介、武田智哉
プロデューサー:西川朝子、狩野直人、佐藤正樹
制作:スローラーナー
撮影:戸田義久
美術:古積弘二
音楽:宇波拓
主題歌:蘭華:(「はじまり色」(avex trax))
音響:菊池信之
照明:山本浩資
編集:菊井貴繁
衣装:宮本まさ江
ヘアメイク:橋本申二
アシスタントプロデューサー:神林理央子
特殊造形:百武朋
挿入歌:原マスミ:(「海のふた」(アルバム『人間の秘密』より))
制作担当:雲井成和
かき氷指導:石附浩太郎
◆キャスト
まり:菊池亜希子
はじめ:三根梓
オサム:小林ユウキチ
お母さん:天衣織女
お父さん:鈴木慶一

(参考文献:KINENOTE)

執筆者

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。