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「ジュリー&ジュリア」の「王道のフランス料理」

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今回ご紹介する「ジュリー&ジュリア」(2009)は、フレンチのレシピを巡る2人の女性を時間と場所を越えて並行して描いた作品である。

 1人は、1960年代にベストセラーとなった「王道のフランス料理」(“Mastering the Art of French Cooking”
、初版1961年、共著シモーヌ・ベック&ルイゼット・ベルトール)の筆頭著者で、TV番組「ザ・フレンチ・シェフ」(“The French Chef”)にレギュラー出演し、「ボナペティ!」(Bon appétit、フランス語で「召し上がれ」の意味)の名文句で人気者になったアメリカの料理研究家、ジュリア・チャイルド(1912~2004)。そしてもう1人は、ジュリア・チャイルドがその著書に記した524のレシピを、1年365日で再現してブログに掲載した現代のニューヨーク在住のOL、ジュリー・パウエルの2人の女性である。

舌平目のムニエルとチョコレートクリームパイ
「王道のフランス料理」(Mastering the Art of French Cooking ジュリア・チャイルド、シモーヌ・ベック、ルイゼット・ベルトール著、全2巻)は1961年の初版以来現在も重版を重ねるロングセラーである。

「王道のフランス料理」(Mastering the Art of French Cooking ジュリア・チャイルド、シモーヌ・ベック、ルイゼット・ベルトール著、全2巻)は1961年の初版以来現在も重版を重ねるロングセラーである。

 映画は2人の引越しから始まる。まずは1949年のパリにアメリカ人主婦のジュリア・チャイルド(メリル・ストリープ)が、外交官の夫ポール(スタンリー・トゥッチ)の転勤でやってくる場面から。食べることが大好きな彼女は、早速レストランでバターの効いた舌平目のムニエルを楽しみ、フランス料理の虜になる。第二次世界大戦中はOSS(戦略情報局、現在のCIAの前身)でタイピストとして働いていた彼女は、自分にやれることを探していたが、誕生日に夫から「ラルース料理大事典」(“Larousse Gastronomique”
)を贈られたこともあって、本格的にフランス料理に取り組むことを決意する。

 一方2002年、ニューヨーク・クイーンズのアパートに編集者の夫エリック(クリス・メッシーナ)と共に越してきたジュリー・パウエル(エイミー・アダムス)は、作家志望の夢が叶わず、現在は前年に発生した9.11同時多発テロ事件で崩壊したワールドトレードセンター跡地の処理を進めるLMDC(マンハッタン再開発公社)で電話オペレーターの派遣社員として働いていて、9.11被害者遺族の切実な声に直面していた。気が滅入りそうになる日々の中、家に帰ってチョコレートクリームパイなどの料理を作ることが彼女の気分転換になっていた。

「何もかもうまくいかない日ってあるでしょ? そんな日でも家に帰ってチョコと砂糖と卵の黄身を混ぜると、確実にクリームになってホッとするの」

 思えば、ジュリアも第二次世界大戦という未曾有の惨禍を経た時代に生きていて、2人の置かれている状況には共通点があると言える。人の不変の営みである、料理を作り、食べるという行為が、一種の癒しとして機能しているのである。

 かくしてジュリアは、フランスの名門料理学校であるル・コルドン・ブルー(Le Cordon Bleu)に入学、ジュリーは子供の頃に母が作ってくれたジュリア風ブフ・ブルギニヨン(牛肉の赤ワイン煮込み)の思い出に導かれ、ブログという新たなツールを得て「ジュリー/ジュリア・プロジェクト」と名付けた「無謀な試み」に挑戦することになる。

タマネギのみじん切りとロブスターのテルミドール

 ル・コルドン・ブルーは「麗しのサブリナ」(1954、本連載第58回参照)でもオードリー・ヘプバーンが花嫁修業をする留学先として登場するが、ジュリアはあえてシェフを養成する上級者向けコースを選び、男たちに交じって修業に取り組む。

 まずやらされたのはタマネギのみじん切りで、教官に包丁の持ち方から厳しく指導されるが、彼女は持ち前の負けん気で目から涙を流しながら家でも特訓を続け、その結果誰よりも早く正確に切れるようになる。やがて彼女はシモーヌ・ベック(リンダ・エモンド)とルイゼット・ベルトール(ヘレン・ケアリー)という2人の親友を得て、共同で在留米国人向けの料理教室を始め、アメリカ人向けの英語で書かれたフランス料理のレシピ本の執筆を思い描いていく。

 一方のジュリーは、アーティチョークとオランデーズソースを手始めに、チキンのクリーム煮、ポーチドエッグ等、順調にジュリアのレシピを再現していき、最初は見えなかったネットの先にいる読者も、コメントや食材の差し入れなどを受けることで実感できるようになっていく。なかでも、ロブスターのテルミドールの際のエビとの格闘のコミカルな描写がウケて、ブログサイトでのランキングが3位という人気ブログになっていく。

 劇中、ジュリーとエリックがビデオで「ザ・フレンチ・シェフ」を観る場面があるのだが、そこでのジュリアも、フライパンでオムレツをひっくり返すのに失敗しても気にしない大らかさがユーモアを生んでいて、人気を得るには“笑い”の要素が不可欠なのだと感じさせられた。

ブフ・ブルギニヨンとカモの骨抜き
「ザ・フレンチ・シェフ」(The French Chef)でカモの骨抜きを披露するジュリア・チャイルド。

「ザ・フレンチ・シェフ」(The French Chef)でカモの骨抜きを披露するジュリア・チャイルド。

 ジュリアたちのフランス料理の本は、夫ポールの相次ぐ転勤などで難航する。10年の歳月をかけてやっと書き上げた原稿は700ページ以上あり、当初予定されていた出版社は主婦向きではないと手を引いてしまうが、原稿を読んだ女性編集者ジュディス・ジョーンズがブフ・ブルギニヨンのレシピを試し、その味に魅せられたことで道が開けることになる。

 ある日、ジュリーにそのジュディスから会いたいと連絡が入り、ジュリーはジュリアとの出会いのきっかけになるのではと胸をときめかすが、予定はキャンセルになってしまう。その後、ブログの評判を聞きつけたニューヨーク・タイムズから取材を受け記事が掲載されるが、90歳の誕生日を迎えたジュリアからの反応は思いがけないものだった……。

「ジュリー/ジュリア・プロジェクト」の最後のレシピは「カモのパイ包みパテ」。カモの骨を抜くために「恐れないで。ナイフを持ってカモと対決」というビデオの中のジュリアの言葉は、ジュリーの“心の師”からのこれからの人生への激励のように聞こえてくる。ジュリーがワシントンD.C.にある国立アメリカ歴史博物館(スミソニアン博物館)に展示されているジュリアのキッチンを訪れるところで映画は終わるが、我々はそこでこれまで決して交わることのなかった2人の人生が交錯する光景を目撃することになるのである……。

こぼれ話

 ジュリア・チャイルドは身長が190cm近くある大柄な女性であったが、彼女を演じたメリル・ストリープの身長は168cm。「めぐり逢えたら」(1993)、「ユー・ガット・メール」(1998)等のロマンティック・コメディの名手で、この作品が遺作となった女性監督ノーラ・エフロンは、メリルの足がはみ出てしまうほどの小さいベッドを用意したり、セッシュー(俳優を乗せる踏み台。サイレント時代にハリウッドで活躍した小柄な日本人俳優の早川雪洲が語源)の多用によってメリルの背を高く見せる工夫を凝らしている。

 また、ポールを演じたスタンリー・トゥイッチはアメリカでイタリア料理店を経営するイタリア移民の兄弟を描いた「シェフとギャルソン リストランテの夜」(1996)の監督でもある。こちらもグルメ映画の名作なので機会があればご覧いただきたい。


【ジュリー&ジュリア】
◆公式サイト
http://bd-dvd.sonypictures.jp/julie-julia/
◆作品基本データ
原題:JULIE & JULIA
製作国:アメリカ
製作年:2009年
公開年月日:2009年12月12日
上映時間:123分
配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
カラー/サイズ:カラー/アメリカンビスタ(1:1.85)
◆スタッフ
監督・脚本:ノーラ・エフロン
原作:ジュリー・パウエル
エグゼクティブプロデューサー:ドナルド・J・リー・ジュニア、スコット・ルーディン、ダナ・スティーヴンス
プロデューサー:ローレンス・マーク、エイミー・ロビンソン、エリック・スティール
撮影:スティーヴン・ゴールドブラット
プロダクション・デザイン:マーク・リッカー
音楽:アレクサンドル・デスプラ
編集:リチャード・マークス
衣装デザイン:アン・ロス
メイク:シェリー・バーマン・ローレンス、エイミー・スピーゲル
キャスティング:キャシー・ドリスコル、フランシーヌ・マイスラー
アソシエイト・プロデューサー:J.J. サシャ
ライン・プロデューサー:ジョン・バーナード
◆キャスト
ジュリア・チャイルド:メリル・ストリープ
ジュリー・パウエル:エイミー・アダムス
ポール・チャイルド:スタンリー・トゥッチ
エリック・パウエル:クリス・メッシーナ
シモーネ・ベック:リンダ・エモンド
サラ:メアリー・リン・ライスカブ
ドロシー・マクウィリアムズ:ジェーン・リンチ
ルイゼット・ベルトール:ヘレン・ケアリー
マダム・ブラッサール:ジョアン・ジュリエット・バック
イルマ・ロンバウアー:フランシス・スターンハーゲン

(参考文献:KINENOTE)

執筆者

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。