「グリーンマイル」のコーンブレッド

[60]

コーンブレッドを食べるジョン
おいしそうにコーンブレッドを食べるジョン

11月の第4木曜日(今年は28日)はアメリカの祝日の一つ、サンクスギビングデイ(Thanksgiving Day/感謝祭)。今回はその祝日とゆかりの深い、アメリカ独特の食べ物であるコーンブレッドが重要な意味を持つ「グリーンマイル」(1999)を取り上げる。

 サンクスギビングデイは、新大陸に渡ったピルグリムファーザーズが最初の満足な収穫を得たときに行った祝賀が起源とされている。今日では家族や友人が集まって七面鳥をメインディッシュにした食事会を開くのが通例となっているが、ニューイングランド(アメリカ北西部6州)と南部諸州ではコーンブレッドがこの日の食卓に欠かせない一品となっている。これはトウモロコシの粉(コーングリッツまたはコーンミール)と小麦粉をほぼ当量混合して作るクイックブレッド(ベーキングパウダーで膨らませるパン)の一種で、香料を使わずに焼き、トウモロコシの味と香りを楽しむ。

※参考:コーンブレッド(アメリカ穀物協会)
https://grainsjp.org/recipes/corn_000/

奇跡の御礼のコーンブレッド

 さて、「グリーンマイル」は「ショーシャンクの空に」(1994)に続いてスティーヴン・キングの原作をフランク・ダラボンの監督・脚本によって映画化した作品で、「ショーシャンクの空に」と同じくアメリカの刑務所が舞台となっている。主役のポール・エッジコムを演じるのは「フォレスト・ガンプ/一期一会」(1995、本連載第15回参照)のトム・ハンクスである。

 物語は現代の老人ホームで暮す老ポール(ダブス・グリア)の回想の形で進行する。第二次世界大戦前の1935年、ジョージア州コールド・マウンテン刑務所。看守主任だったポールは、死刑囚監房Eブロックの担当として死刑囚を電気椅子で処刑する執行人の役割を担っていた。タイトルの「グリーンマイル」とは、死刑囚が最後に電気椅子に向かう緑色のリノリウム貼りの通路のことを指している。

 ある日、一人の大男の黒人ジョン・コーフィ(マイケル・クラーク・ダンカン)が幼い姉妹を強姦して殺害した罪で死刑判決を受け、送致されてくる。彼は残虐な犯行を起こしたとは思えないほど優しい性格で、しかも不思議な癒やしの力を持っていた。その奇跡の力によって、ポールがずっと苦しんできた尿道炎は完治し、彼は妻ジャニス(ボニー・ハント)との夫婦生活を取り戻す。その御礼としてポールがジョンに差し入れたのが、ジャニスお手製のコーンブレッドである。

可視化された香り

白い包み
ポールは白い包みをジョンに差し出す

 このシーンの優れた点は、コーンブレッドが放つ甘い芳香があたかも目に見えるような形で提示されているところにある。

 ポールがナプキンにくるまれた包みを手にマイルを歩いて来ると、まずジョンの同房の“デル”ことエデュアール・ドラクロワ(マイケル・ジェッター)がその匂いを嗅ぎ付けてはね起き、彼が飼っている曲芸の達者なネズミ「ミスター・ジングルス」も鼻をクンクンさせながら葉巻の箱の巣から飛び出してくる。

 ポールが寝ているジョンに呼びかけると、彼は見るよりも先に匂いでコーンブレッドの存在に気付く。ポールが包みを彼に差し出し、妻からの御礼だという。「何の御礼?」と聞き返すジョン。

ポール 「だから、私を治してしてくれただろ」

ジョン 「治したって、何を?」

ポール 「分かるだろ」と身振りで股間を示す。

ジョン 「ああ、奥さんは喜んだ?」

ポール 「何回もね」

コーンブレッド
鉄格子越しに渡されるコーンブレッド
コーンブレッドを食べるジョン
おいしそうにコーンブレッドを食べるジョン

 ジョンが鉄格子越しにコーンブレッドを受け取り、柔らかそうな白いナプキンをめくると、4片のコーンブレッドが顔を覗かせる。通路の向こう側からドラクロワが「ここまで匂ってくるぜ」と、もうたまらんといった表情を浮かべる。

「デルとジングルスにやってもいいかい?」とポールに尋ねるジョン。「君のものだ、好きにしていいぞ」と彼は応え、ジョンから2片のコーンブレッドを受け取る。

「おい、俺にもくれよ」と横槍を入れるのは、精神病院から送致されてきた途端に騒ぎを起こした凶悪犯“ワイルド・ビル”ことウィリアム・ウォートン(サム・ロックウェル)。

(やらなきゃ駄目かな)と怪訝な顔のジョンに「君のものだ、好きにしろ」とポールは言い、「じゃあ、残りは俺が食うよ」とジョンは応える。ポールはドラクロワに「お向かいの紳士からです」とコーンブレッドを渡し、彼は「ジョン、ありがとう。ジングルスとお袋の分まで礼をいうぜ」といい、二人はおいしそうにコーンブレッドを食べ始める……。

 映画は視聴覚による表現で、それ以外の嗅覚、味覚、触覚といった感覚については間接的な表現にならざるを得ないが、このシーンは前述の一連の構成によって嗅覚をほぼ可視化の域にまで高めていると言えるだろう。

 劇中、ジョンが起こす奇跡の善のエネルギーは光と電気、悪のエネルギーは虫を表す特撮で具象化されているが、それらよりもコーンブレッドの香りの方がはるかに印象に残るというのも、この映画の一つの奇跡である。

I’m in Heaven

 ネタバレになるので詳しくは書かないが、映画の中ではこのシーン以外にもコーンブレッドをはじめとするパンが効果的に使われている。冒頭の老人ホームのシーンで老ポールが毎朝食堂で冷めたトーストをもらい、散歩に出るのを日課にしていることが示されるが、そこに隠された真の意味であったり、ジョンが殺したとされる姉妹が生前に父母と「もう一人の誰か」と囲む幸せそうな食卓に並ぶパンであったり、最後に何が食べたいかとポールに問われたジョンが答える「奥さんの焼いたうまいコーンブレッド」などである。

 そこに共通しているのは毎日世界中で繰り返される地獄のような出来事とは対称的な“愛”とも形容される自然の力であり、ジョンが観る最初で最後の映画、フレッド・アステア&ジンジャー・ロジャースの名コンビ共演のミュージカル「トップ・ハット」(1935)で、アーヴィング・バーリンの作詞・作曲による “Heaven / I’m in heaven…” で始まるナンバー「Cheek To Cheek」が流れる一場面のような“天国”の象徴なのである。

作品基本データ

【グリーンマイル】

「グリーンマイル」(1999)

原題:The Green Mile
製作国:アメリカ
製作年:1999年
公開年月日:2000年3月25日
上映時間:188分
製作会社:ダーク・ウッズ・プロ作品(キャッスルロック・エンターテインメント提供)
配給:ギャガ・コミュニケーションズ/ヒューマックス・ピクチャーズ
カラー/モノクロ:カラー
サイズ:35mm
メディアタイプ:フィルム
アスペクト比:アメリカンビスタ(1:1.85)

◆スタッフ
監督・脚本:フランク・ダラボン
原作:スティーヴン・キング
製作:フランク・ダラボン、デイヴィッド・ヴァルデス
撮影:デヴィッド・タッターサル
美術:テレンス・マーシュ
音楽:トーマス・ニューマン
編集:リチャード・フランシス・ブルース
衣装デザイン:カリン・ワグナー

◆キャスト
ポール・エッジコム(過去):トム・ハンクス
ポール・エッジコム(現代):ダブス・グリア
ブルータス・ハウエル:デイヴィッド・モース
ジャニス・エッジコム:ボニー・ハント
ジョン・コーフィ:マイケル・クラーク・ダンカン
ハル・ムーアズ:ジェームズ・クロムウェル
エデュアール・ドラクロワ:マイケル・ジェッター
ウィリアム・ウォートン:サム・ロックウェル
パーシー・ウェットモア:ダグ・ハッチソン
メリンダ・ムーアズ:パトリシア・クラークソン

(参考文献:KINENOTE)

アバター画像
About rightwide 336 Articles
映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。