土を食べる人――「奇跡のリンゴ」と「約束の葡萄畑」

ソブラン
「約束の葡萄畑 あるワイン醸造家の物語」。ソブランは土を口に含んで味見する

現在公開中の映画「奇跡のリンゴ」(2013)について語るのは少々複雑な心境だ。と言うのも、当サイトの「よく読まれている記事」にランクインしている「『奇跡のリンゴ』木村秋則氏に抱く疑問」で、FoodWatchJapan編集長の齋藤訓之氏が、ベストセラーとなった原作「奇跡のリンゴ――『絶対不可能』を覆した農家・木村秋則の記録」(石川拓治著、幻冬舎刊)で紹介されたこの映画の主人公のモデルである木村秋則氏の農法について、多くの人々に農業に対するある種の予断を与えるのではないかという危惧を表明しているからである。

 しかし、当連載は映画の中に登場する印象に残る食べ物を紹介するものであり、農薬/無農薬の優劣や正当性について論ずる場ではない。この映画についても、あくまでも作中の人間ドラマと食べ物の関わりという観点から取り上げていくことにする。

わさびをリンゴに撒くとどうなるか

阿部サダヲ
映画「奇跡のリンゴ」で木村秋則氏を演じた阿部サダヲ

 映画は「アヒルと鴨のコインロッカー」(2006)や「チーム・バチスタの栄光」(2008)などで井坂幸太郎や海堂尊といった人気作家の原作の映画化を多く手がけている中村義洋が監督を務め、主人公の秋則は、現在放映中のNHK連続テレビ小説「あまちゃん」の脚本家宮藤官九郎が参加する劇団「大人計画」の一員で「舞妓Haaaan!!!」(2007)などに主演した阿部サダヲが扮している。

 物語は秋則の妻美栄子(菅野美穂)のナレーションで進行する。

 標高1625mの岩木山を臨む青森県中津軽郡岩木町(現弘前市)のリンゴ農家に生まれた秋則は、幼少の頃から研究心が旺盛で機械いじりの好きな少年だった。高校を卒業した彼は上京して家電メーカーのコストカットを担当する部署に配属されるが、台風によるリンゴの落果で被害を受けた実家に呼び戻される。やがて中学校の同級生だった美栄子との縁談が持ち上がり、彼は彼女の家に養子に入って家業のリンゴ作りに従事することになる。

 日々の農作業の中でも防除暦に沿った年十数回に及ぶ農薬の散布作業は重労働であった。出来上がったリンゴは安全でも、作業者にとっては、目がしみる、皮膚がかゆくなるといった健康への影響があることを映画では秋則の入浴シーンで繰り返し描いている。とりわけ農薬に過敏な妻の体調を心配した秋則は、農薬散布作業の軽減を狙い、サラリーマン時代の経験から農薬コストの削減は経営的にも採算が合うと考え、部会の仲間たちと減農薬に取り組む。さらに一冊の本(福岡正信の「自然農法――緑の哲学の理論と実践」)と出会った彼はリンゴでは不可能と言われる無農薬栽培への挑戦を決意する。

 義父の征治(山崎努)の許可を得た彼は、4つある畑のうちの2つを実験圃場にし、化学合成された農薬の代わりにわさびや食酢、焼酎、にんにくといった虫の嫌がりそうな食品を葉面に散布するのだが、その作業は一般の農薬を撒くよりも大変そうに見え、阿部サダヲのコミカルな演技と相まって思わず笑ってしまう。

クルミとドングリ

 うまくいったのは最初の数カ月だけで、“無農薬”の畑は病害虫の大量発生を招いてしまう。収穫のない年が何年も続き、周囲の畑にも悪影響が出て秋則は近隣の農家から「かまど消し」と呼ばれ、疎まれる。借金がかさんで一部の畑を手放すことになり、「笑いは人間だけが持つ性能」と言っていた秋則の顔から笑顔が消える。前半がコメディタッチで進むだけに、状況の悪化による精神的な落ち込みようが余計に強調されている。

 思いつめた秋則は自殺を決意して、ねぷた祭りの夜に岩木山に登る。

 ところが、その森の中で彼は1本の自生したリンゴらしき木を見つける。虫に食われずに健康な葉を繁らせたそれは、近付いてみるとクルミの木だった。思わず根本の土を取って口に含んだ彼は、作物自身が持つ力を活用できる環境作りが大事なのだということに改めて気付かされるのだった……。

 このシーンに登場する木は原作ではドングリとなっているのだが、リンゴの木に似ていないとの理由から映画ではリアリティを重視しクルミに変更されている()。

※ インタビュー『奇跡のリンゴ』中村義洋監督、どん底の時代を演じる阿部サダヲの顔が見たかった
http://www.nikkei.co.jp/category/offtime/eiga/interview/article.aspx?id=MMGEzu000027052013

土を食べさせる天使

ソブラン
「約束の葡萄畑 あるワイン醸造家の物語」。ソブランは土を口に含んで味見する

 秋則が土を口に含むエピソードで思い出したのが、「約束の葡萄畑 あるワイン醸造家の物語」(2009年・フランス)だ。19世紀初頭のブルゴーニュ地方を舞台に、醸造家志望のブドウの小作農家ソブラン(ジェレミー・レニエ)が、ザス(ギャスパー・ウリエル)という天使と出会い、彼のアドバイスに従って人生を切り開いていく不思議な物語である。

 ザスはソブランを荒れ果てた斜面に案内して、そこの土を「味わえ」と言う。土を口に含んだソブランは石灰質で痩せた土地であることを見抜き、ブドウの栽培には向いていないと言うが、ザスは痩せた土地の方が作物が必要な養分を必死に吸収しようとしていいワインができるのだと教え、彼にブドウの苗木を与えて、1年に1回、同じ夜にここで会うことを約束する……。

 ソブランは紆余曲折を経て、妻のセレスト(ケイシャ・キャッスル・ヒューズ)や子供たちの献身にも支えられ、自分の畑で収穫したブドウから最初のヴィンテージワインを造ることに成功する。

 人生の喜びや苦悩をワインの熟成に例えた隠れた名作で、ソブランのワイン作りに賭ける夢と情熱は、時代や国籍を越えて木村氏のリンゴ作りのそれと相通じるものがあると感じた。

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。