「時計じかけのオレンジ」の中の食べ物と飲み物

人格を矯正されるアレックスのイメージ(絵・筆者)
人格を矯正されるアレックスのイメージ(絵・筆者)

今年もあと一カ月と少し。今回は師走の風物詩であるベートーヴェンの交響曲第九番が劇中で使用された作品の中に登場する食べ物と飲み物をとりあげる。

コロヴァ・ミルク・バーのミルク・プラス

「時計じかけのオレンジ」(1971)はアンソニー・バージェスが1962年に発表した近未来SF小説を「2001年宇宙の旅」第29回参照)のスタンリー・キューブリック監督が映画化した問題作である。劇中には登場しないタイトルのオレンジについてはさまざまな解釈があるが、人格矯正された主人公のことを指していると思われる。

 無秩序に支配された近未来のロンドンの街、白い服に山高帽とステッキ、左目だけのつけまつげという出で立ちのアレックス(マルコム・マクドウェル)は、ディム(ウォーレン・クラーク)、ジョージー(ジェームズ・マーカス)、ピート(マイケル・ターン)の三人のドルーク(仲間※1)を率いる不良少年グループのリーダーである。

 彼らの一日は暗闇の中に浮かび上がる白い裸婦像のコントラストが怪しげな雰囲気を醸し出すコロヴァ・ミルク・バーでのラズードックス(精神集中)から始まる。サーバーでもある裸婦像から注がれるベロセット、シンセメスク、ドレンクロムの三種類のミルク・プラス(ドラッグ入りミルク)でハイテンションとなった彼らは、浮浪者狩りから敵対グループであるビリーボーイズとの抗争、盗んだスポーツカーでの暴走など“ウルトラ暴力”による刹那的な快楽に身を委ねる。そしてその暴力は、裕福な作家であるアレクサンダー(パトリック・マギー)の邸に天狗のような仮面を被って乱入し、縛り上げた彼の眼前で「雨に唄えば」(※2)を口ずさみながら夫人(エイドリアン・コリ)をレイプするという所業に及んで頂点を迎える。

 手の施しようもない悪童に見えるアレックスだが、ベートーヴェンの第九交響曲を愛好するなど独自の美学を持っており、それが災いしてミルクバーでドルークたちと口論になる。アレックスは彼らを力で服従させるが、キャットレディ(ミリアム・カーリン)宅に強盗に押し入った際に裏切りに遭い、殺人犯として刑務所に収監されてしまう。

※1 物語はアレックスの述懐形式で進行し、全体がナッドサッド言葉(英語とロシア語を組み合わせたスラング)で貫かれている。

※2 「雨に唄えば」は1952年公開のMGM製作のミュージカル映画およびその主題歌のタイトル。主演のジーン・ケリーがどしゃぶりの雨の中で歌い踊るシーンはあまりにも有名。

アレクサンダー邸でのスパゲティとワイン

人格を矯正されるアレックスのイメージ(絵・筆者)
人格を矯正されるアレックスのイメージ(絵・筆者)

 刑務所でのアレックスは一日も早く出所するために教誨師に取り入って模範囚を演じていた。彼は新政権が推進する犯罪者の人格を矯正する「ルドヴィゴ療法」を受ければ自由の身になれることを聞きつけ、その被験者となることを強く望む。そしてある日、内務大臣(アンソニー・シャープ)が被験者選びを兼ねて刑務所に視察に来た際にすかさず志願して気に入られ、被験者第一号として研究所に移送される。

 そこでの治療とは、まばたきができないようにまぶたを固定されたうえで暴力やレイプの映像を長時間繰り返し見せられるというもので、最初は楽しんで観ていたアレックスも次第に苦痛を覚えるようになる。そしてナチスのホロコースト映画のBGMにかかるベートーヴェンの第九に彼は強い拒否反応を示すのだった。

 ルドヴィゴ療法の成果としてお披露目されたアレックスは、暴力を受けたり裸の美しい女性に誘惑されても自らの意思とは関係なく吐き気を催す体質になっていた。彼は釈放されるが、映画の序盤をトレースするように、浮浪者や今では警官になったディムとジョージーに復讐の暴行を受けても抵抗ひとつできなかった。そして雨の中たどり着いたのが、かつて押し入ったアレクサンダーの邸である。現政権の批判勢力であるアレクサンダーは、暴行時に仮面を被っていた彼が誰かわからず、人格矯正政策の犠牲者として政府への攻撃材料に利用しようとするが、入浴中のアレックスが思わず口ずさんだ「雨に唄えば」を聞いて、彼が何者であるかを理解し憎悪に打ち震える。

 入浴後、誰もいない部屋でスパゲティを食べていたアレックスのところにボディガードに車椅子を引かれたアレクサンダーが入ってくる。彼はアレックスにワインを勧めるが、その顔は怒りで紅潮しており、ワインのボトルをガラスのテーブルに置く音がフロアに響き渡る。気押されたアレックスにアレクサンダーは事件後の後遺症で自分は半身不随になり、妻も事件が原因で死んだと述べる。

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。