映画の中のラーメン「一人息子」「浮雲」「赤線地帯」

「浮雲」(1955)。富岡(森雅之)と再会するゆき子(高峰秀子)(絵・筆者)
「浮雲」(1955)。富岡(森雅之)と再会するゆき子(高峰秀子)(絵・筆者)
「一人息子」(1936)。ラーメンの食べ方を教える良助(日守新一)(絵・筆者)
「一人息子」(1936)。ラーメンの食べ方を教える良助(日守新一)(絵・筆者)

今や日本の国民食とも言えるラーメンは、中国の麺料理を原型として大正時代頃に全国的に広まった。今回は日本を代表する三人の巨匠が、昭和の庶民の歴史と共に描いたラーメンの登場する作品をとりあげる。

「一人息子」――贖罪の夜泣きそば

 1本目は、この連載で最初に取り挙げた小津安二郎の初のトーキー作品「一人息子」(1936)である。

 この作品の5年前の1931年には日本初のトーキー作品「マダムと女房」(五所平之助監督)が公開されていたが、小津はサイレントの表現技法にこだわり、「生まれてはみたけれど」(1932)、「出来ごころ」(1933)、「浮草物語」(1934)等でそのスタイルを完成をさせた。

「一人息子」の製作に当たっても、「マダムと女房」以来の土橋式トーキーではなく、小津組のカメラマンである茂原秀雄が開発した茂原式トーキーを採用するというこだわりを示している。

 物語は1923年の信州の山村から始まる。野々つね(飯田蝶子)は早くに夫と死別し、製糸工場で働きながら女手ひとつで一人息子の良助(子供時代:葉山正雄)を育てていた。成績優秀な良助は大久保先生(笠智衆)の薦めもあって中学校進学を望む。つねは生活の苦しさからそれに反対するが、最終的には田畑を売り払って良助の望みを叶える。

 13年後、大学を出て東京で働いている良助(日守新一)がつねを呼び寄せる。だが出世を期待していたつねの思いとは裏腹に、良助は夜学の教師の職しか得ることができず、妻の杉子(坪内美子)と乳飲み子と共に下町の長屋で貧しく暮らしていた。落胆を隠せないつねに良助は東京の名所を案内したり、映画に連れていったりと精一杯の親孝行を尽くす。

 夜、長屋に帰ってつねの肩を叩いていると外から屋台のチャルメラの音が聞こえてくる。良助がつねに言う。

「支那ソバ食べたことありますか。ちょっと変わってていいものですよ」

 田舎暮らしでラーメンを初めて食べるつねに良助が「おつゆがうまいんですよ」と食べ方まで教える様子からは、母の期待に応えられなかったことに対する息子の心情がしんみりと伝わってくる。

 小津はこの作品で「大学は出たけれど」(1929)、「落第はしたけれど」(1930)等と同様、大恐慌の影響で不況が長く続き、就職難となっていた当時の世相を風刺しているが、彼が繰り返し描いてきたほどほどの幸せに甘んじる諦観というテーマが、今回も色濃く表れている。

「浮雲」――闇市に甦る記憶

「浮雲」(1955)。富岡(森雅之)と再会するゆき子(高峰秀子)(絵・筆者)
「浮雲」(1955)。富岡(森雅之)と再会するゆき子(高峰秀子)(絵・筆者)

 成瀬巳喜男が林芙美子の原作を映画化した「浮雲」(1955)は、小津をして「俺に撮れないシャシンは溝口の『浪花悲歌』と成瀬の『浮雲』だ」と言わしめた日本映画史上屈指の名作である。

 戦時下の1943年、幸田ゆき子(高峰秀子)は農林省のタイピストとして赴任した仏印(ベトナム)で、妻子のいる技師の富岡兼吾(森雅之)と出会って激しい恋に落ちる。やがて終戦を迎え、富岡はゆき子に妻との離婚を約束して一足先に帰国するが、いざゆき子が帰国すると煮え切らない態度で約束を反故にしてしまう。

 失望したゆき子は富岡と別れて米兵のオンリー(囲い者)になるが、ある日姉の夫である伊庭杉夫(山形勲)と偶然再会し、闇市のマーケットで共にラーメンをすする。ゆき子はかつて姉夫婦の家に身を寄せていた時に伊庭に犯された過去を背負っており、それが彼女が外地に出た動機のひとつになっていた。いわば闇市のラーメンが忌まわしい記憶を甦らせるきっかけとなるのである。

 この作品では富岡とゆき子の仏印からラストの屋久島に至る「腐れ縁」の愛憎が中心となっているが、後に新興宗教の教祖となる伊庭等の脇役たちもしっかりと造型されており、作品世界に厚みを与えている。

「赤線地帯」――花街に不似合いな生活臭

「赤線地帯」(1956)。中華そば屋でのハナエ(木暮実千代)とその夫(丸山修)(絵・筆者)
「赤線地帯」(1956)。中華そば屋でのハナエ(木暮実千代)とその夫(丸山修)(絵・筆者)

 最後は溝口健二の遺作となった「赤線地帯」(1956)である。溝口が得意とした花街ものの一本で、この年の5月24日に公布された売春防止法前夜の吉原を舞台とした群像劇となっている。

 溝口といえばベネツィア国際映画祭で国際賞を受賞した「西鶴一代女」(1952)や銀獅子賞を受賞した「雨月物語」(1953)、「山椒大夫」(1954)等でのワンシーン・ワンカットが代名詞のように言われているが、この作品ではカットを割って編集でテンポよく見せている。

 吉原の売春宿「夢の里」には、息子との同居を夢見て働く大年増のゆめ子(三益愛子)、普通の主婦の生活に憧れているより江(町田博子)、客を騙して得た金を娼婦仲間に利子を付けて貸して貯金を増やしているアプレゲール(現代っ子)のやすみ(若尾文子)、不良娘のミッキー(京マチ子)等、さまざまな事情を抱えた娼婦たちが働いていた。

 その中の一人に肺病を病んで失業中の夫と赤子を抱えながら通いで働いているハナエ(木暮実千代)がおり、ある晩赤子を背負って迎えに来た夫(丸山修)との帰り道で中華そば屋に立ち寄るシーンがある。

「おそばふたつ」とラーメンを注文するハナエは地味な服装にメガネをかけ、夫から哺乳瓶を受け取って赤子の世話を焼き、自分が食べ残したラーメンを夫に分け与える。その姿からは、華やかな世界とは対照的な生活臭が強調されている。

 後にハナエの夫は前途を悲観して自殺未遂を起こし、「夢の里」の女たちもそれぞれの運命に翻弄されることになるのだが、詳細は実際に映画を観ていただきたい。

 こうして見ていくと、まだインスタントラーメンのない時代に巨匠たちが描いたラーメンは、貧しい庶民の外食としてどこか哀愁を帯びたイメージがあり、現在のグルメブームで行列を作って激戦区の店に並ぶような明るさとは隔世の感がある。

rightwide
About rightwide 157 Articles
映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。