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「奇跡のリンゴ」木村秋則氏に抱く疑問

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奇跡のリンゴ――「絶対不可能」を覆した農家・木村秋則の記録

夜、たまたまテレビをつけてみたら「プロフェッショナル仕事の流儀」(NHK)をやっていた。それでひとつまずいことを思い出した。以前この番組に木村秋則さんという人が出演し、その後この人の生き様を綴った「奇跡のリンゴ」(石川拓治、幻冬舎)という本がベストセラーになった。まずいことと言うのは、旧友から「木村さんのリンゴが手に入らないか」と頼まれていたことだ。きちんとした返事ができていなく、申し訳ないと思う。

 私はこの木村さんという人に会ったことはない。ただ、よく知っている関東の農家の一人が木村さんの農法に心酔し、師とさえ仰ぎ、講演会なども催している。彼に連絡すれば、あるいは噂のリンゴの1個か2個ぐらいは分けてもらえるのではないか。断られても、とにかく連絡さえすれば、友人には「お願いしてみたけど、だめだったよ」と言い訳はできる。

 それでも未だに彼に連絡していないのは、さてと電話を手に持つたび、複雑で憂鬱な気持ちになるからだ。そうして電話することは、彼が木村さんに入れ込んでいることを勇気づけてしまうのではないか。あなたも木村さんの言う通りにすればいいと、私が言っていると思わせてしまうのではないか。まあ、友人の希望を叶えるためなのだから、多少誤解されてもいいではないかとも思う。しかし、私がそれを我慢したとしても、それは彼にとって本当にいいことなのだろうか。また、私の友人にとっても、八方手を尽くしてそのリンゴを入手し、口に入れてみることは本当にいいことなのだろうか。書いているとますます憂鬱になる。

 農業関係でベストセラーだというので、「奇跡のリンゴ」という本は買っていた。ただ、精読はしていなかった。点検読書(点検読書の方法は、「本を読む本」M.J.アドラー他著、講談社を参照)をしてみて、個人的には優先度の高い本にならなかったからだ。しかし、友人のリクエストを受けて、優先度が上がった。今年、友人からの電話の前後には、木村さん本人著で「リンゴが教えてくれたこと」(日本経済新聞社)も出た。これも目を通さざるを得なくなった。

 その読後感がまた複雑だ。ありていに言えば、当惑した。木村さんの人生、その起伏に富む冒険は、素晴らしいと思う。本意ままならずいったんは死を選び、自分の首をくくる縄を掛けに行った山上で、この人にとっての真理をつかみ、豊かな恵みの知恵を授かって下山するなどのくだりは、読者の心を鷲づかみにする英雄譚に必要な重要な要素を網羅していて、これにも感心する。いや、人の人生なのだから点数を付けたり論評したりするものでもないだろう。素直な気持ちとして、なるほどと感じた。

 さて、木村さんの本を読んだと言うと、ベストセラーの常として、たいていの人は目を輝かせて「どうでした?」と感想を聞いてきた。申し訳ないことだけれども、私はそのたびに「木村さんのような農家は、たくさんいますよ」とうそぶいて、場をしらけさせた。とは言え、私の偏屈らしいつぶやきは、別に木村さんの人生の価値をディスカウントしようというつもりで言っているのではない。

 誰の人生も非凡であり、その全体は奇跡だ。だから、人の来し方を聞いたり読んだりするのは面白く、味わい深く、やめられない。「奇跡のリンゴ」の帯に、「ニュートンよりも、ライト兄弟よりも、偉大な奇跡を成し遂げた男の物語」とあるのも、もっともなことだと思う。

 しかし一方で、おかしな言い方になるが、誰もが非凡であるという点で、誰もが凡庸だ。この凡庸さは、ニュートンも、ライト兄弟も、木村さんも、誰も、誰の友人も、誰の父母も、先生も、等しく備えている。「木村さんのような人はたくさんいる」のだ。その誰に心を動かされ、尊敬するかは、それぞれの自由だ。もちろん。

 しかし、木村さんの農法や生産に関する考え方を普及させる企てとなると、ちょっと話は別だ。木村さんがある農法にたどり着き、それを実践し、個人として成功したことには口を挟む気はない。ただし、木村さんの主張には、ある種の農薬の否定、有機JAS認定のものを含む他の栽培法の否定が含まれ、それを裏付けようとするための眉唾な“実験”も著書で紹介している。一方、農薬に指定されていない薬剤を使うことも紹介している。この部分に対する批判なり、公平な論評が世間に十分伝わっていない。そこに疑問を感じる。

 ある種の農薬というのが難しい。木村さんは酢を使う。食酢は特定農薬に指定されているが、木村さんの本では、農薬の使用を避けるために選んだ資材として紹介されている。ほかに、ヒノキチオールや「ワサビの抗菌成分を利用した樹木用の塗布剤」も使うという。前者の資材名は不明。後者は農薬に指定されていないとはっきり書いてあるが、これは違法ではないか。

 また、「有機米(新JAS法認定)と自然栽培米」(自然栽培米は木村さんが生産したコメを指す)をコップに入れて日当たりのよいところに放置する“実験”を紹介し、前者は腐り、後者はアルコール醗酵して酢になったとしている。同様に、「いわゆる新JAS法に基づく栽培の野菜」「一般野菜はスーパーで買ったもの」と木村さん式の方法で生産したキュウリをジャムか何かのビンに入れて放置する実験も紹介している。2週間後、木村さんのキュウリは原形を保ち、「新JAS法に基づく栽培の野菜」は腐り、「なぜかスーパーで買ってきた野菜は腐りが遅い」としている。

 こういった手作りの“実験”をしてみせる農家は、木村さん以外にも多い。しかし、エビデンスとするにはあまりにも粗放なやり方で、何と答えていいのか窮することがしばしばだ。

 意義があり安全な栽培方法として、手放しに受け容れるわけにはいかない。それが木村さんの農法に対する私の考えだ。

 なお、「奇跡のリンゴ」の巻末には、食酢を使う木村さんのやり方を「無農薬」という形で紹介していることについて、著者のエクスキューズが記されている。

 理由の一つは、「法律が酢を特定農薬に指定するのは、農作物の栽培において酢の果たす一定の効果を認め、かつその安全性を保証することが目的であり、取り扱いに専門的な知識および注意の必要な一般的な農薬とは区別していること」としている。しかし、農薬取締法の趣旨は「農薬の品質の適正化とその安全かつ適正な使用の確保」にあり、特定農薬はそのために指定する農薬と同じように使ってもよいとしているのであって、品質や安全性の点で優劣などの区別をしているわけではない。

 また、もう一つの理由は「農薬の使用について現在ではその問題点が様々な方面から提起されているが、この場合の『農薬』が食酢のような特定農薬を意味しているわけではないことが明らかと思われるから」というものだが、これはトリッキーな文章だ。「様々な方面」では、対象が広すぎ、従って「提起されている」問題点も何を指しているかが分からず、「この場合」と絞るには無理がある。

 例えば、農家の農薬の使い方には、人によって上手下手はある。下手であれば、その下手の方向や程度によってそれぞれに問題が出てくるだろう。作物に食酢をどう施すのか、これも木村さんのように上手な人もいれば、下手な人もいる。この両者とも、私には同じ話にしか思えない。

 ただ、木村さんの本がたくさん読まれたということには大いに注意を払うべきだろう。多くの人は、農薬/無農薬について著者と同様の区別の仕方をしているか、その区別の仕方をこれらの本で学んだということだ。それを考えると、一層憂鬱になる。

※このコラムは「FoodScience」(日経BP社)で発表され、同サイト閉鎖後に筆者の了解を得て「Food Watch Japan」で無償公開しているものです。

執筆者

齋藤訓之
齋藤訓之
Food Watch Japan編集長 さいとう・さとし 1988年中央大学卒業。柴田書店「月刊食堂」編集者、日経BP社「日経レストラン」記者、農業技術通信社取締役「農業経営者」副編集長兼出版部長等を経て独立。2010年10月株式会社香雪社を設立。「FoodScience」(日経BP社)では「食の損得感情」を連載。公益財団法人流通経済研究所客員研究員。亜細亜大学経営学部ホスピタリティ・マネジメント学科非常勤講師。昭和女子大学現代ビジネス研究所研究員。日本フードサービス学会会員。著書に「有機野菜はウソをつく」(SBクリエイティブ)、「食品業界のしくみ」「外食業界のしくみ」(ともにナツメ社)、「農業成功マニュアル―『農家になる!』夢を現実に」(翔泳社)、共著・監修に「創発する営業」(上原征彦編著ほか、丸善出版)、「創発するマーケティング」(井関利明・上原征彦著ほか、日経BPコンサルティング)、「農業をはじめたい人の本―作物別にわかる就農完全ガイド」(監修、成美堂出版)など。※amazon著者ページ → ※齋藤訓之のブログ →