「国際ポテト年」の2008年が暮れる

ジャガイモ栽培は簡単だと思われがちだが、ハイレベルな収量を得るには相当な技術を要する
ジャガイモ栽培は簡単だと思われがちだが、ハイレベルな収量を得るには相当な技術を要する

ジャガイモ栽培は簡単だと思われがちだが、ハイレベルな収量を得るには相当な技術を要する
ジャガイモ栽培は簡単だと思われがちだが、ハイレベルな収量を得るには相当な技術を要する

メリー・クリスマス。この原稿が、私の今年の分の最後の担当となる。今年は、もう書くのも読むのもこりごりだが、前年からの食品関連の不祥事の話題を引きずったまま中国産ギョーザ事件で幕を開け、穀物価格の高騰に翻弄され、ついにコメの偽装までと、食品に関する嫌な話題が絶えることがなかった。日本で流通する食品は、量の確保も、質の確保も、完全に保証されたものとは言えないのだと思い知らされる1年だったと言える。

 そして、残念ながら、こうした話題は、来年以降もそう減りはしないだろう。生産、流通、消費のあり方が、大きく変わっていく真っ最中だからだ。昨日まで当たり前だったことが、明日は許されないことになる。

 ある日突然「悪人」に仕立て上げられないためには、先を読んで新しい生産と流通の仕組みを作っていくことと、いったんことある場合には、迅速で正確・誠実な情報開示、改善の宣言と着手、そして適切なパブリックリレーションが肝要だ。とくに、パブリックリレーション、マスコミ対応は、日本のビジネスパーソンには上手と言えない人が多い。これは、体系的な教育が行われる場、機会が少ないためと思われる。

 例えば、米国などなら、大学を終わるまでにこの辺りのことを教える授業はあるだろう。正規の教育以外にも、米国人の好きなクラブなどでも、これを研究する機会はあるようだ。

 例えば、トム・ピーターズが著書でしつこく入会を勧めているトーストマスターズというクラブがある。「ビジネスマンの父より息子への30通の手紙」(キングスレイ・ウォード著、城山三郎訳)
でも触れられているので、名前だけは知っているという方も多いだろう。スピーチとリーダーシップを相互に教え学び合う趣旨の非営利のクラブで、欧米の政治家やビジネスパーソンには会員であるか会員であった人が多い。

 実は私もそのブランチの一つの会員なのだが、入会して舌を巻いた。初級から上級まで各種あるスピーチのマニュアルの中に、記者会見、インタビュー、テレビ出演のマニュアルまであるのだ。こうしたマニュアルが作られたのは、欧米人がこれらをビジネスや社会生活で避けて通れない重要なスキルと考えているからこそのことだと言える。

 記者会見やインタビューについて学習したことがないという人は、まず独学やグループで、適当な本を買って研究したり、練習してみることから始めるべきだろう。明らかに、これは日本人ビジネスパーソンの弱点だからだ。

 話は変わって、世界が穀物価格の高騰、食糧の偏在などで暴動が起こるほどの騒ぎにもなった今年、私にはどうしても理解できないことが一つあった。「国際ポテト年」(International Year of Potato)が黙殺されたことだ。知らない人も多いに違いないが、2008年は「国際ポテト年」であった。またおかしなことを言い始めると笑う向きもあるだろうが、冗談を言っているのではない。「国際ポテト年」は、国連食糧農業機関が提案し、国連総会で採択された、正式な「~年」だ。

 ところが、私はついぞこれに添った各種の催し、キャンペーン、広告、それらについての報道を目にしないまま、2008年が暮れようとしている。「国際ポテト年」では、「ポテトが世界の人々の食生活で主食となっていることに留意し」「食糧安全保障を提供し、貧困を根絶する上で、ポテトが果たすことのできる役割に世界の関心を集中させる必要性を確認」するはずだった。

「食糧自給率が低いのが問題だ」と騒ぐほど、海外から穀物が供給されている日本では、ジャガイモを宣伝する必要はなかったため、日本に住む私が何も知らずにいるだけなのかもしれない。しかし、「世界の関心を集中する必要」があって採択したことなのだから、全く何も伝わって来ないというのもおかしい。

 食糧関連で新聞やテレビで伝えられるのは、いつも「コムギが足りない」「パンをよこせ」といった暴動のことや、「トウモロコシが逼迫しているのはバイオ燃料のせいだ」と断定する勢力の主張などが主流。どこそこの国で、ジャガイモ生産の普及活動が行われたといった話題が伝わってこない。北京オリンピックなどの話題がある中、あまりにも地味な話題だというので、新聞もテレビも伝えてくれなかっただけなのか。それとも、そもそもそうした話題は発生しなかったのか。

 うがってみれば、「国際ポテト年」は“もうかる話”ではない。貧困対策にジャガイモを見直せというのだから、商業的にジャガイモを生産したり輸出したりという話とはちょっと距離がある。ジャガイモを輸出し得る各国のジャガイモ生産者にとって、都合のよい話ではなかったのかもしれない。また、そのほかの穀物生産者にとっても、胃袋に占めるシェアが落ちる話なので、面白くない話であったかもしれない。それで黙殺されたのだろうかと想像してみる。

 しかし、こういう機会に、ある穀物の生産者や団体が、貧しい国でのジャガイモ栽培を支持する、支援する、口だけでも応援するということはあっていいはずだ。食糧の輸出入は、常に攻撃されやすい話題だ。こういう機会に善良な市民であるということをアピールしておくことは、その後のビジネスの展開に多いに役立つことのはずだ。

 日本の食糧(料)自給率をうんぬんする以前に、世界の食糧生産高を高めることに取り組まなければ、「食べ物がない国もあるのに、日本は札びらを切って食糧を買っている」と攻撃の的になりかねない時代に入ってきている。食糧安保とやらは、むしろこうした評判のことを考えるべき段階にシフトしているはずだ。「国際ポテト年」についての、国連や各NGO、関係企業の総括を聞いてみたいものだ。

※このコラムは「FoodScience」(日経BP社)で発表され、同サイト閉鎖後に筆者の了解を得て「FoodWatchJapan」で無償公開しているものです。

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About 齋藤訓之 398 Articles
Food Watch Japan編集長 さいとう・さとし 1988年中央大学卒業。柴田書店「月刊食堂」編集者、日経BP社「日経レストラン」記者、農業技術通信社取締役「農業経営者」副編集長兼出版部長等を経て独立。2010年10月株式会社香雪社を設立。公益財団法人流通経済研究所特任研究員。戸板女子短期大学食物栄養科非常勤講師。亜細亜大学経営学部ホスピタリティ・マネジメント学科非常勤講師。日本フードサービス学会、日本マーケティング学会会員。著書に「有機野菜はウソをつく」(SBクリエイティブ)、「食品業界のしくみ」「外食業界のしくみ」(ともにナツメ社)、「農業成功マニュアル―『農家になる!』夢を現実に」(翔泳社)、共著・監修に「創発する営業」(上原征彦編著ほか、丸善出版)、「創発するマーケティング」(井関利明・上原征彦著ほか、日経BPコンサルティング)、「農業をはじめたい人の本―作物別にわかる就農完全ガイド」(監修、成美堂出版)など。※amazon著者ページ →